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第十話

やっと終わりです。

「そなたが魔王? どういう意味だ?」

「そのままの意味でございます、陛下」


陛下も父も言葉通りに信じられないようで、首を傾げている。

特に父は信じたくないだろう。

自分の娘が王女を攫ったなどと。

しかし私は決めたのだ。全て話すと。

お父様、ごめんなさい。

心の中で父に謝り、全て話そうと口を開いた。が横からの声の方が早かった。


「そのことについては俺が説明します」


勇者が口を挟む。

あれ?

静観してくれるのではないの?


勇者を見上げると、にっこり微笑まれた。

自分で説明しますと言おうとした口が、勇者の微笑みに屈して開かなくなった。

勇者の微笑み、凶器。


「彼女から聞いた話や他の方から聞いた話を総合してですが、俺の方がうまく説明出来ると思います」


それはなにか? 私の説明が下手で伝わらないとでも?

失礼な勇者だ。


「彼女は人の幸せの為に、自分が傷つくことを厭わない方ですから」


慈愛とも言うべき微笑みを向けられて、私は絶句した。

勇者、私の事を買い被りすぎではないかしら?

私はそんな笑顔を向けられる人間ではないのよ。


勇者は陛下に向き直ると、話し始めた。


「まずはこちらに、リディアーヌ様を唆した者を呼びます」


そう言って勇者が指差したのはテーブル横の空間。

え?

呼ぶって、神様? 違った精霊様?


勇者が指差した先が淡く光り、次の瞬間には背の高い男が立っていた。

白いゆったりとしたローブを纏った二十代後半ほどの男。

腰まである長い金髪。整った面差しは厳格に引き締められている。

精霊の年若いはどういうものかは分からないが、言われて見れば、彼は魔王城が出来上がった時は子供のようにはしゃいでいた。


今は引き締められている顔がこちらを向くと、精霊は途端に笑み崩れた。


「リディ、惜しかったなー。ばれちゃった! 僕すごく怒られたー」

「・・・・」


か、軽い!

私は呆気に取られた。

今までは、たまに子供のような言動をとることがあってもすぐにそれはなりを潜め、威厳に満ちた神様らしい神様だったのに、すっかり気が抜けてる。

これが素? 詐欺だ。


「リディアーヌ様に軽々しく声をかけるな。反省していないのか」


勇者が睨むと、精霊はぺろっと舌を出した。


「反省してるよー。だからちゃんと後始末をしにきたんだよ」

「まったく」


普通に会話する勇者と精霊。

しかし、私は呆気に取られていたし、陛下も父の目の前の存在が人ではないのが分かるのだろう、唖然としている。

しかしさすが陛下。すぐに顔を引きしめ、勇者に問いかける。


「そちらの方はどなただ?」

「彼はリディアーヌ様を騙した精霊です」

「騙した、とは?」

「神をかたり、リディアーヌ様に悪役を押し付けたのです」



✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎



勇者は説明を始めた。


ある日、私の前に神様だという精霊が現れた事。

その精霊は勇者を主役にした英雄伝を作りたかった事。

精霊により私の隠れていた膨大な魔力が目覚めたが、ばれないように精霊の用意した魔具で封印していた事。

勇者と王女が結ばれるように私がいろいろ動いていた事、英雄伝に色を添える為に私が嫌な令嬢を演じていた事。

ーーこの辺りで勇者から冷気が発せられたが、思いとどまったらしく、やがて冷気は収まった。


私が度々城を抜け出し、魔王城でいろいろ準備をしていた事。

ーー城を抜け出すのは精霊様に転移させてもらった。勇者に気づかれぬよう、抜け出す時は勇者が城にいない時だったと言うと、皆からため息をつかれた。


そしていよいよ本題。

話の流れから嫌な予感はしていただろうが、私が魔王の着ぐるみを被り、アンジェリーヌを攫ったと聞いた時、陛下と父は目を見開き、次いで眉間に皺をよせ押し黙った。


「わたくしと精霊様がアンジェリーヌ様を攫ったのです」

「ほとんど僕の力だけどねー。

だってリディってば、絶対に誰も傷付けるなって言うくせに力のコントロール下手なんだもん。

アンジェリーヌちゃんを眠らせて、護衛を動けなくしたのも僕だもん。

リディは「わっはっはっは、王女は貰っていくぞ。救いたければ我が城に来るがよい。歓迎するぞ!」って、下手な演技をしただけ」

「・・・・」


私は居た堪れなくなって目を伏せた。

真剣に話しているのに、横から精霊がぶち壊す。

下手な演技って。

精一杯魔王らしく言ったのに。


「今回の件、魔王襲撃という大事が起きたのにも関わらず、一人の死傷者も出ていないのはリディアーヌ様が精霊を諌めたからです」


勇者の言葉に、私は確かに、と頷いた。

この精霊、結構酷いのだ。なにも考えてないというか。

アンジェリーヌを攫ってしばらく放置しようとしたり、派手に攫おうとか言って王城を半壊させようとしたり。

そんな事をすればどれだけの被害が出るか考えていないのだ。


「もし、リディアーヌ様が断って、今回の件を精霊だけにやらせていたら、今頃この国は混乱の最中にいるでしょう」

「リディアーヌがうまく精霊をコントロールして、被害を最小限に抑えたということか」

「そうです」


勇者と陛下の言葉を聞いて精霊が口を尖らせた。


「コントロールってなんだよ。

僕はリディのお願いを聞いてやったんだぞ。

リディは僕が言う事、全部ダメダメって言うんだ。

リディが血は見たくないし大きな音も嫌だと言うから、城を壊すのはやめてやったんだぞ」


精霊様、年若いというか子供ですか。

どんどん幼くなっている。


「リディアーヌ、よくやった。大変だったな」

「え?」


陛下から褒め言葉を貰って、私は面食らった。


「いえ、あのわたくしはアンジェリーヌ様を攫ったので・・」

「精霊が神を騙ったと言うのなら断れなかっただろう。

誰にも言う事も出来ずに苦しんだのであろうな」

「いえ、あの、えー、まあ」


すごく悩んだのは本当だ。誰にも相談できなかったのも確かに。

しかし私は私の意思でアンジェリーヌを攫う事を選んだ。


「陛下、確かにわたくしは精霊様の計画の為に動きました。

でも最終的に止めずに攫ったのは私の意思でした。

どうぞ、ご処罰くださいませ」


私は深く頭を下げる。


「その代わり、というのはおこがましいのですが、警備の者たちには罰を与えないでいただきたいのです。

わたくしは攫われておりませんし、アンジェリーヌ様の時は・・精霊様という強大な力相手ですから」

「・・・・」


陛下が重い息を吐いた。


「処罰なしとはいかんな」

「陛下・・」


顔を上げると陛下は渋い顔をしていた。


「敵がどんな相手であれ、護衛対象を攫われたのは失態だ。

幸い王女は無事に戻って来たから、降格ぐらいで済ませられるだろう」

「・・・わたくしの護衛は・・」

「同じく、だ。そなたが攫われたということは城中に広まっている。

むしろアンジェリーヌの件は緘口令かんこうれいが敷かれていた為、

噂が捻れて、攫われたのはそなただったということになっている」


それは、アンジェリーヌの名誉の為にはいいことだが私の護衛には濡れ衣だ。

どうにかならないだろうか。

私はぎゅっと手を握り、目を瞑った。

握った手の上に温もりが乗った。

目を開ければ、勇者の手が私の手に乗っていた。


「リディアーヌ様、大丈夫ですよ。俺に任せてください。

あなたを悲しませる事はありません」


勇者を見ると、勇者は優しく微笑んでいた。


「陛下、その件ですが、精霊が責任を取ります」

「どういうことだ?」

「今回の件、精霊の試練だったということにし、我々はその試練に打ち勝ったということにしてはいかがですか?

実際に精霊の仕業なのですから語弊はないでしょう」

「確かに。

その方が魔王が関わるよりいいだろう。

そこの精霊様がひと芝居打ってくださると?」

「ひと芝居でもふた芝居でも好きなだけ使ってください」

「ひどーい、僕精霊だよ。人間に使われるなんて言い方しないでよ。

優しい僕が人間のフォローをしてやるんだろ?」


精霊が文句を言うと、勇者は精霊を睨んだ。


「自分の尻拭いだろ。

ちゃんとやらないと、大精霊にまた叱られるぞ」

「う・・」


精霊は呻いて押し黙った。よっぽど大精霊が恐いらしい。

しかし、トントン拍子に話が進んでついていけない。


「えと、わたくしの罰は・・」


私が呟くと、勇者が私の手をぎゅっと握った。


「罰とは?

国外に追放されるとでも?

でもそれでは罰にならないですよね。あなたはそれを望んでいるのだから」


私は息を飲んだ。


「わたくしはそういうつもりで言ったわけでは・・」

「そうですか。

しかしあなたが罰を受けるというのなら、俺はあなたを連れて逃げますよ」

「なっ、なにを言っているのですか?」

「どんな罰だとしても、俺はあなたを連れて逃げます。

そんなことになったら皆悲しむでしょうね」


勇者は眉根を下げ、いかにも悲しげな顔をした。

たちが悪い、この勇者。

自分がこの国に必要な人間だと知っていてそう言うのだから。

勇者を睨んでいると、陛下がこほん、と咳をした。

私はそちらに向き直る。


「私はもとよりリディアーヌに罰を与える気はない。

そなたは国の混乱を未然に防いだ。

アンジェリーヌを気遣い、アンジェリーヌが健やかに戻って来れたのもそなたのおかげだ。

アンジェリーヌの恋路の応援もしたのだろう? 見当違いであったようだが」


陛下はいたずらっぽく、ウインクする。

私は言葉に詰まった。


「もし、そなたがなにか償いたいというのなら、いつまでもアンジェリーヌと仲良くしてやってくれ。

アンジェリーヌはそなたを姉として慕っている。

あとは、そうだな。そなたが笑って過ごすことだな。

そうなれば皆が喜ぶ。

そなたが幸せになる事。私はそれを望む」


甘すぎると思った。

陛下は私に甘すぎる。

父もそれでいいと笑っている。

勇者を見れば、勇者も笑っている。


みんな甘い。

みんな甘くて優しい人たちだ。

私は涙が出そうになるのを堪えて下を向いた。




✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎




その後。

計画通り、精霊は皆の前で今回の件は自分が与えた試練だと宣言した。

王城の広場に人々を集めて派手に行われたそれに、精霊は大変満足したそうだ。

私のところに嬉しそうに来て、またなにかやろうねと言っていた。

精霊は私の横にいた勇者に即座に怒られ、泣きながら帰って行った。


そして、私は勇者と婚約した。


陛下は私と勇者を結婚させたいみたいだし、それもいいかと思えたから了承したのだけど、しかし勇者は政略結婚のようなものは嫌だと言い出した。

国の為の結婚は嫌だと。

だから待つのだそうだ。

私の気持ちが自分に向くまで。

私がフランシス殿下を思い出にできるまで。


それなら婚約もしなくていいのではと思ったが、私を誰かに取られてしまうのも嫌だと言って、婚約の運びになった。

そうでなければ片時も私の側を離れないらしい。


勇者は我儘だ。

でも私の気持ちを考えてくれている。

私の気持ちと自分の想いの間でせめぎ合っている。


そんな勇者の気持ちは嬉しいと思う。

愛おしいと思う。

いつかその想いに応えてあげたいと思う。


でも何年か経ってーー


「ごめんね、やっぱり無理!」


私がもしそう言ったら勇者はどうするだろう?

また魔王降臨しちゃう?



終わり。










お読みいただきありがとうございました。


軽い気持ちで始めたこの話、最後にまとめるの大変でした。

もっとさらっと終わるはずだったのに。

この時はこうだからこうなのよーっていう裏設定色々ありますが、今回はこれでおしまいとします。ありがとうございました。


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