領主夫妻の愛娘とお抱え画家と小説家
朝食の最中に、ルディウスが知らせを持ってやってきた。
「お食事中、失礼いたします。ロラン・メディナリー氏とジェニウス・カラバ女史がお見えになり、エヴァンジェリン様に面会を申し込んでおられます。サリーナ様にも同席願いたいと仰っています」
「あら、どんなご用かしら」
「また、画期的なものを書かれたそうで。ぜひご覧に入れたいと」
「そう。では、お食事が終わるまで待ってもらってちょうだい。きっと彼らの朝食もまだでしょうから、何か出してあげてくれるかしら、ハンナ」
恐らく、徹夜明けの興奮状態でやってきたのだろう。かしましい上に、収拾が付かなくなるかもしれない。そうすると、怯えた娘の、夜泣きの原因になる。
「私も同席する」
「ええ。心強いわ」
サリーナが、冗談半分、本気半分で返してきて、私たちは目を見交わして、くすりと笑った。
食事を終えて、娘を抱えて応接室に入っていくと、がしゃんとフォークとナイフを置いたジェンが先に、続いて、あわてて立ち上がって紙束を掴んだメディナリーが突進してきた。
「エヴァ様、おはようございまちゅ~! 今日もなんて可愛いんでしょう! おいしそうなほっぺでちゅね! ぷにぷにしてもいいでちゅかー!?」
ジェンがすごい勢いで顔を寄せて、手を伸ばしてくるのを、体でさえぎる。
「やめろ、驚かせるな。幼児言葉も控えろ。娘の言葉遣いが悪くなる」
「まああああっ! この頃、あなた、ますます意地悪になったわね!
だいたい、自分を『とーとー』なんて呼ばせて脂下がっている人に、そんなこと言われたくないわね!」
「幼児に完璧な発音を求めてもしかたないだろう」
「ああ言えば、こう言う! もう、あなたには頼まない!
サリーナ様! エヴァ様を抱っこさせてください!」
「お話をうかがってからね」
「サリーナ様までー! エディアルド様の悪い影響を受けてしまったんですね!? ああ、嘆かわしい!
でも、どうしても抱っこさせてくれないとなりませんよ。ほら、これを見てください!」
ジェンは後ろを向いて、口を挿めなくて右往左往していたメディナリーから紙束を取り上げた。
「子供用の本です! ロランが文章を書いて、私が絵を付けたんです!」
サリーナは受け取り、ソファへ行って、見はじめた。
こうなると、制作者はおとなしくなる。審判を受けているも同じだからだ。二人ともサリーナの前のソファに座り、固唾を呑んで感想を待っている。
私もサリーナの横に座り、じっとしていられないエバンジェリンをあやした。
「うん。面白いわ。ロラン、読んで聞かせてあげて」
「えっ!? 私は!?」
「文章を書いたのはロランでしょう? 読み方もロランが一番わかっているんじゃないかしら」
ジェンは残念そうな顔で黙り、私は嬉しそうな表情になったメディナリーに、娘を渡した。
彼は娘を膝にのせ、絵を見せながら、穏やかな声で語りはじめた。
「誰の手? 猫の手。にゃーん。にゃーん。
誰の手? 犬の手。ばう。ばう。わう。
誰の手? 馬の手。ぶるるる、ひひーん。
誰の手? エヴァ様の手。ぐー。ぱー。ぐー。ぱー。
誰の手? お母様の手。お父様の手。だっこして!」
先に手(脚?)だけが現れ、めくると正体がわかる。簡略化された絵が明るい色彩で描かれており、エヴァンジェリンの興味を引いたようだ。「にゃんにゃん」「わんわん」と言っては、大喜びでばんばん叩き、しまいに、紙をぐしゃりと握りしめた。
「気に入ったようね。改善点は、まず、赤ん坊が触ってもある程度耐えられる紙ね。紙漉き工房長に依頼してみるわ。試作品ができたら、他の子にも試してみましょう。これは預かっても良いかしら?」
「ええ、もちろんです」
「いつも素晴らしいものを、ありがとう、二人とも。
さあ、ハンナのご飯を残さずに食べていって。それから、客室を用意しておくから、仮眠していくといいわ。目の下に隈ができているわよ。あんまり無理しないで。もう少し規則正しい生活をしてね」
二人は返事しないで、メディナリーは苦笑を、ジェンは目をそらして、テーブルの上のパンに手を伸ばした。