懐中時計
――翌日
「おはよう、柚葉ちゃん」
「おはよう、鈴ちゃん!」
ベッドから起き上がり、私たちはいつも通り学校に行く支度を始めた。
「そろそろいける?」
鈴ちゃんはカバンを持ち、私の方を振り向いてそう聞く。
「うん。……あ、ちょっと待って」
私は、枕元に置いてあった箱を開け、懐中時計を取り出した。
うん。やっぱり綺麗だ。
口元を綻ばせながら、懐中時計の装飾を指でなぞった。
すると、いつの間にか私の横に立っていた鈴ちゃんが私の手元を覗き込んだ。
「あ、それ、昨日神楽くんにもらったやつだよね? へぇ。可愛い! ……あいつにしてはよくやったな」
「ん? なんて言った?」
「いや、なんでもない」
「……? そっか」
最後の方、なんて言ったかが分からなかったが、まあなんでもないと言うならなんでもないのだろう。
気にしないことにする。
懐中時計をもう一度眺めてから、制服の上着のポケットにしまう。
「行こっか」
「うん」
寮を出ると、朝の冷たい空気が頬を撫でた。
「今日も少し寒いね」
「そうだね。もうすぐ冬だもん」
鈴ちゃんと話しながら、校舎へ向かう。
私は、制服の上着のポケットに入れた懐中時計を、指先で軽く触る。
昨日は夕焼けを見る時間がなかったけれど、今日は見れるかな?
見れるといいな。
そんなことを考えながら、私は校舎の中へと足を踏み入れた。
――昼休み
昼食を終えた私は、鈴ちゃんと食堂を出て、次の授業の準備をするために廊下を歩いていた。
その時、少し先に見慣れた黒髪が見えた。
「あれ、蓮くん?」
声をかけると、蓮くんは足を止めてこちらを振り向いた。
「柚葉か」
「うん! 蓮くんはもう食べた?」
「ああ。柚葉は何食べたんだ?」
「今日はホッケの塩焼き! 美味しかったよ」
そんな何気ない会話を交わしているうちに、私は制服の上着のポケットに入れた懐中時計を思い出した。
「あ、蓮くん。これ、見て!」
ポケットから懐中時計を取り出し、彼に見せる。
「昨日もらった懐中時計、今日も持ってきたんだ」
「……そうか」
蓮くんは時計に目を落とし、それから私の顔を見た。
「気に入ったみたいだな」
「うん! すごく綺麗だし、文字盤の空が動くのも不思議で……。夕焼けの時間になったら、どんな空が映るのか楽しみなんだ」
話しているうちに、昨日のことが頭に浮かぶ。
私が好きだと言った夕焼けを覚えていてくれたこと。
わざわざ、こんなに素敵なものを選んでくれたこと。
改めて考えると、やっぱり嬉しい。
「ありがとね、蓮くん」
「もう聞いた」
「ふふっ。だって、何回言っても足りないくらい嬉しいんだもん」
そう答えると、蓮くんは一瞬目を丸くした。
けれど、すぐに口元を緩める。
「……そっか」
その声は、いつもより少しだけ柔らかく聞こえた。
「じゃあ、またな」
「あ、うん! またね」
蓮くんが歩き出し、私もその背中を見送ろうとする。
そのとき、彼がこちらを振り返った。
「柚葉」
「ん?」
「夕焼け、見られるといいな」
そう言って、蓮くんは小さく笑った。
「……うん!」
なぜか私は、蓮くんの笑顔から目を離せなかった。
普段だって、蓮くんが笑うことはある。
なのに、さっきの笑顔は、どうしてだろう。
なんだか、いつもより――。
「柚葉ちゃん、行くよー!」
少し離れたところから鈴ちゃんの声が聞こえ、私ははっと顔を上げた。
「あっ、ごめん! 今行く!」
慌てて鈴ちゃんのもとへ駆け寄る。
「もう、何ぼーっとしてたの?」
「えっ? ううん、なんでもない!」
不思議そうな鈴ちゃんに、私は首を振った。
それなのに、頭に浮かぶのは、さっきの蓮くんの笑顔ばかり。
……なんだろう、この感じ。
「ほら、早く行こう!」
鈴ちゃんに促され、私はその後を追いかけた。
だんだん底冷えする季節になってきましたね。
足先が冷たくてつらいです……! そろそろ足元の防寒も考えないとですね(〃ω〃)




