↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
94/94

自覚

――数日後 朝


「なんか、一週間って意外と早く感じる時あるよね」

「そうだね〜。分かる!」


教室で友だちとそんな他愛のない話をしていた、その時。

ふと廊下の方へ目を向けると、何人かの生徒に混じって、見慣れた黒髪が見えた。


「あ、蓮くんだ」


その姿を見つけた途端、自然と頬が緩む。

今日は朝から会えた。


そんな些細なことが、なんだか嬉しかった。

もう少しこちらに近づいてくるだろうか。

そう思いながら、私は何気ないふりをして、廊下の方を気にしていた。


けれど、蓮くんがこちらを見ることはなかった。


誰かに呼ばれたのか、途中で足を止めて言葉を交わしたあと、そのまま別の方向へ歩いていってしまう。

やがて黒髪が人混みに紛れ、見えなくなった。


なぜか、胸がギュッと締め付けられるような感じがした。


「……そっか」


小さく呟いて、私は友だちとの会話に戻る。

けれど、先ほどまで感じていた嬉しさは、いつの間にか少しだけしぼんでいた。


あれ?


どうして、こんなに残念なんだろう。


「柚葉ちゃん、どうかした?」

「あ、ううん。ちょっとぼーっとしてただけ」

「……? そっか。で、それでね〜」


その後も友だちとの会話は続いた。

けれど、どこか上の空のまま、結局その時間は過ぎていったのだった。



――夜


寮の自室に戻った私は、寝間着に着替え、ベッドの端に腰を下ろした。


隣のベッドでは、鈴ちゃんが寝る支度をしている。


「柚葉ちゃん、今日はなんだか静かだね。上の空っていうか」

「えっ、そうかな?」

「うん。何かあった?」


鈴ちゃんの問いかけに、私は少しだけ返事に迷った。

何かあった、というほどのことではない。


ただ、ここ数日、どうにも気になることがあった。


このままだと眠れなさそうだし、鈴ちゃんに話してみよっかな。

私は、意を決して口を開いた。


「……ねえ、鈴ちゃん」

「ん?」

「ちょっと、聞いてほしいことがあるんだけど……」


そう言って、私は最近の自分のことを話し始めた。


最近、蓮くんと一緒にいると楽しいこと。

蓮くんと会えると嬉しいこと。

別れたあと、もう少し話したかったと思うこと。

今日、蓮くんがこちらを見てくれなかっただけで、残念に感じたこと


「って感じで、自分でも、なんでなのか分かんなくて」


そう言うと、鈴ちゃんは一瞬だけ驚いたような表情をした後、微笑んで私の頭に手を乗せた。


「なるほどねぇ。柚葉ちゃんは、神楽くんと一緒にいる時が好きなんだね」

「うん。楽しいし、一緒にいると落ち着くというか……」


 鈴ちゃんは、うんうんと頷いた。


「そっか。じゃあ、神楽くんと会えない日はどう?」

「会えない日?」

「うん。例えば、姿を見かけても話せなかった時とか」


姿を見かけても、話せなかった時……。

今日みたいに、ってことか。

それはやっぱり……。


「寂しい、かな」


無意識にそう呟いて、ハッとする。

そうか、朝の感情は、『寂しい』だったのか。

なんとなく、すっきりした気がした。


でも、どうして寂しいと感じるんだろう。

たった一日、話せなかっただけなのに。


グルグルとそんなことを考えていると、鈴ちゃんはベッド横の水差しから水を一口含み、言った。


「柚葉ちゃん。難しいことを考えずに、簡単に考えてみよっか」

「簡単に?」


繰り返すと、鈴ちゃんは軽く頷いた。


「そうそう。難しく考えなくていいんだよ。例えば、神楽くんが他の女の子と話しているのを見たとして、柚葉ちゃんはどう思う?」


蓮くんが、他の女の子と?

そんなの、


「嫌だ、と思う」

「うんうん、なるほどね。じゃあ、それは、蓮くんの隣に他の誰かがいることが嫌なのか。それとも、蓮くんの隣にいるのは自分でありたいと願うからなのか。柚葉ちゃんはどっち?」


どっち……?


私は、すぐには答えられなかった。

そもそも、どうして私は、蓮くんの隣に他の誰かがいることを嫌だと思うんだろう。

どうして、もっと話したいと思うんだろう。


ただ、蓮くんと一緒にいる時間が楽しいから?

本当に、それだけなのかな。


ううん。違う。それだけじゃない。


私は、蓮くんのもっと近くにいたい。

蓮くんにとって、私も特別な存在でありたい。

蓮くんの隣に立って歩くのは、自分でありたい。


そんな思いが、胸の奥から込み上げてきた。


「私、蓮くんが好きなんだ……」


口に出してみると、不思議な感じがした。

あんなに分からなかった気持ちが、たった一言で、すとんと胸に収まった気がする。


そうか。

私は、蓮くんのことが好きなんだ。


「ふふ。そうだったんだね」


鈴ちゃんは、どこか嬉しそうに微笑んでいた。


「私、今まで全然気づかなかった」

「そうみたいだねぇ」

「もう、鈴ちゃん!」


思わず声を上げると、鈴ちゃんは楽しそうに笑った。

そんな鈴ちゃんの笑い声につられて、私も小さく笑った。


けれど、胸の奥はまだどこか落ち着かない。

蓮くんが好き。


そう自覚した途端、今までと同じように蓮くんと話せるのだろうか、なんて考えてしまう。


……明日、蓮くんに会ったら、どんな顔をすればいいんだろうか。


そんなことを思いながら、私は部屋の窓から夜空に浮かぶ月を見上げた。

別の意味で、眠れなくなりそうだ。


月といえば、百人一首のこの歌が好きです。


「天の原 ふりさけ見れば 春日なる 三笠の山に 出でし月かも」


なんだか、この歌の雰囲気が好きなんですよね。

月を見上げると、つい思い出してしまいます( ̄▽ ̄)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。