自覚
――数日後 朝
「なんか、一週間って意外と早く感じる時あるよね」
「そうだね〜。分かる!」
教室で友だちとそんな他愛のない話をしていた、その時。
ふと廊下の方へ目を向けると、何人かの生徒に混じって、見慣れた黒髪が見えた。
「あ、蓮くんだ」
その姿を見つけた途端、自然と頬が緩む。
今日は朝から会えた。
そんな些細なことが、なんだか嬉しかった。
もう少しこちらに近づいてくるだろうか。
そう思いながら、私は何気ないふりをして、廊下の方を気にしていた。
けれど、蓮くんがこちらを見ることはなかった。
誰かに呼ばれたのか、途中で足を止めて言葉を交わしたあと、そのまま別の方向へ歩いていってしまう。
やがて黒髪が人混みに紛れ、見えなくなった。
なぜか、胸がギュッと締め付けられるような感じがした。
「……そっか」
小さく呟いて、私は友だちとの会話に戻る。
けれど、先ほどまで感じていた嬉しさは、いつの間にか少しだけしぼんでいた。
あれ?
どうして、こんなに残念なんだろう。
「柚葉ちゃん、どうかした?」
「あ、ううん。ちょっとぼーっとしてただけ」
「……? そっか。で、それでね〜」
その後も友だちとの会話は続いた。
けれど、どこか上の空のまま、結局その時間は過ぎていったのだった。
――夜
寮の自室に戻った私は、寝間着に着替え、ベッドの端に腰を下ろした。
隣のベッドでは、鈴ちゃんが寝る支度をしている。
「柚葉ちゃん、今日はなんだか静かだね。上の空っていうか」
「えっ、そうかな?」
「うん。何かあった?」
鈴ちゃんの問いかけに、私は少しだけ返事に迷った。
何かあった、というほどのことではない。
ただ、ここ数日、どうにも気になることがあった。
このままだと眠れなさそうだし、鈴ちゃんに話してみよっかな。
私は、意を決して口を開いた。
「……ねえ、鈴ちゃん」
「ん?」
「ちょっと、聞いてほしいことがあるんだけど……」
そう言って、私は最近の自分のことを話し始めた。
最近、蓮くんと一緒にいると楽しいこと。
蓮くんと会えると嬉しいこと。
別れたあと、もう少し話したかったと思うこと。
今日、蓮くんがこちらを見てくれなかっただけで、残念に感じたこと
「って感じで、自分でも、なんでなのか分かんなくて」
そう言うと、鈴ちゃんは一瞬だけ驚いたような表情をした後、微笑んで私の頭に手を乗せた。
「なるほどねぇ。柚葉ちゃんは、神楽くんと一緒にいる時が好きなんだね」
「うん。楽しいし、一緒にいると落ち着くというか……」
鈴ちゃんは、うんうんと頷いた。
「そっか。じゃあ、神楽くんと会えない日はどう?」
「会えない日?」
「うん。例えば、姿を見かけても話せなかった時とか」
姿を見かけても、話せなかった時……。
今日みたいに、ってことか。
それはやっぱり……。
「寂しい、かな」
無意識にそう呟いて、ハッとする。
そうか、朝の感情は、『寂しい』だったのか。
なんとなく、すっきりした気がした。
でも、どうして寂しいと感じるんだろう。
たった一日、話せなかっただけなのに。
グルグルとそんなことを考えていると、鈴ちゃんはベッド横の水差しから水を一口含み、言った。
「柚葉ちゃん。難しいことを考えずに、簡単に考えてみよっか」
「簡単に?」
繰り返すと、鈴ちゃんは軽く頷いた。
「そうそう。難しく考えなくていいんだよ。例えば、神楽くんが他の女の子と話しているのを見たとして、柚葉ちゃんはどう思う?」
蓮くんが、他の女の子と?
そんなの、
「嫌だ、と思う」
「うんうん、なるほどね。じゃあ、それは、蓮くんの隣に他の誰かがいることが嫌なのか。それとも、蓮くんの隣にいるのは自分でありたいと願うからなのか。柚葉ちゃんはどっち?」
どっち……?
私は、すぐには答えられなかった。
そもそも、どうして私は、蓮くんの隣に他の誰かがいることを嫌だと思うんだろう。
どうして、もっと話したいと思うんだろう。
ただ、蓮くんと一緒にいる時間が楽しいから?
本当に、それだけなのかな。
ううん。違う。それだけじゃない。
私は、蓮くんのもっと近くにいたい。
蓮くんにとって、私も特別な存在でありたい。
蓮くんの隣に立って歩くのは、自分でありたい。
そんな思いが、胸の奥から込み上げてきた。
「私、蓮くんが好きなんだ……」
口に出してみると、不思議な感じがした。
あんなに分からなかった気持ちが、たった一言で、すとんと胸に収まった気がする。
そうか。
私は、蓮くんのことが好きなんだ。
「ふふ。そうだったんだね」
鈴ちゃんは、どこか嬉しそうに微笑んでいた。
「私、今まで全然気づかなかった」
「そうみたいだねぇ」
「もう、鈴ちゃん!」
思わず声を上げると、鈴ちゃんは楽しそうに笑った。
そんな鈴ちゃんの笑い声につられて、私も小さく笑った。
けれど、胸の奥はまだどこか落ち着かない。
蓮くんが好き。
そう自覚した途端、今までと同じように蓮くんと話せるのだろうか、なんて考えてしまう。
……明日、蓮くんに会ったら、どんな顔をすればいいんだろうか。
そんなことを思いながら、私は部屋の窓から夜空に浮かぶ月を見上げた。
別の意味で、眠れなくなりそうだ。
月といえば、百人一首のこの歌が好きです。
「天の原 ふりさけ見れば 春日なる 三笠の山に 出でし月かも」
なんだか、この歌の雰囲気が好きなんですよね。
月を見上げると、つい思い出してしまいます( ̄▽ ̄)




