白石邸2
「お帰りなさい、柚葉」
「おかえりとおくれやす、柚葉」
襖を開けるとそこには、柔和な笑みを浮かべる父、白石雅人と、ゆったりと微笑む美人、私の母である白石華蓮が待っていた。
「ただいま」
何ヶ月かぶりに見る両親の顔に頬が緩むのを感じる。
お母様――華蓮は、微笑みを浮かべる顔をこてんと傾げて言う。
「して、そちらのお方は神楽のお坊ちゃんどすか? うちの敷居を跨ぐやなんて、えらいええ度胸どすこと」
一見穏やかに微笑んでいるように見えるが、目が笑っていない。
相変わらずお怖いことで……。
横に立つ蓮くんが一歩前に出る。
「神楽蓮と申します。以後、お見知り置きを」
「えっと、文を送ったよね?」
私は恐る恐る母に聞く。
「そうやね。文は確かに受け取りましたえ。せやけど承知した覚えはあらへんわ」
「それはそうだけど…でも、蓮くんの部屋を整えているあたり、承知したってことになるんじゃないの?」
「甘いわぁ、柚葉は。よろしくて? お部屋をしつらえたさかい言うて、それを夏休み中ずっと使わせるいう根拠にはなりまへんわ。」
「そ、れ、は……」
「そもそも、神楽の人間をなぜここに置く必要があるん? 柚葉、当主になろうとする者が私情で一族を危険に晒すつもりかえ?」
「危険とか、そんなのないし! 蓮くんは優しくて、」
そこまで言ったところで、無言で後ろに立っていた蓮くんが私の肩に手を乗せ、静止した。
「蓮くん?」
「柚葉、ありがとう。でも、ここからは俺が言う」
「でも……」
見上げると、蓮くんはそっと首を横に振る。
「ありがとね」
そう言って、蓮くんは私の両親に向き直った。
「突然押しかけて、「住まわせてくれ」など図々しいにも程があると百も承知です。しかし、ただのお客様として置いていただくつもりはありません。俺にできることなら、屋敷の手伝いでも、妖狐の皆様の力になることでも何でもします。俺をここに置く価値があるかどうか、見極めていただけませんか。ここに置く価値がないと判断されれば出ていきますので」
「蓮くん……」
あやかしを統べる妖狐の当主に対して堂々と言い切った蓮くんに、こんな状況だが不覚にもときめいてしまった。
いかんいかん。
雑念を振り払い、私は母の方を向き、深く頭を下げる。
「お母様、私からもお願いします!」
少しの沈黙のあと、
「……ふん、神楽の男にしては、ちったあ筋の通った口をきくやないの」
「お母様……」
「構いまへんえ。様子見いうところどすわ。まあ、要らんとおもたら切り捨てますけどな」
「ありがとう!お母様」
「ありがとうございます」
私たちは揃って頭を下げた。
「まあまあ華蓮、そう脅さなくても。蓮くん、よく来たね。ゆっくりしていって。とりあえずほら、座って」
ふわふわとした雰囲気でお父様――雅人が言う。
「ありがとうございます」
私たちはお言葉に甘えて座った。
出されたお茶を飲み、ホッとした時。
「ゆずはお姉ちゃんおかえり!」
「柚乃。襖を乱暴に開けたらダメよ。あっ、おかえり、柚葉お姉様」
襖が大きく音を立てて開き、小さな女の子、私の妹である白石柚乃と、柚乃を嗜めながら同じく私の妹である柚鈴が入ってくる。
「柚乃!柚鈴」
勢いよく抱きついてくる柚乃を受け止める。
「あれ? そこのかっこいい男の人だあれ? あ、もしかしてゆずはお姉ちゃんのおむこさん?」
無邪気に柚乃はそんなことを聞いてくる。
「なっ、お婿さんって…… 違う、絶対に違うから!」
あわてて私は顔が真っ赤になっていくのを感じながらも否定する。
お茶を飲んでいなくてよかったと、心から思う。
視界の端で蓮くんも顔を真っ赤にさせているのが見えた。
「あれ?もしかして……」
そこまで言うと、柚鈴はグッと私の耳元に顔を寄せて囁く。
「脈あり?」
「なっ!」
思わず叫んでしまう。
「違う。ほんとに違うから!」




