62話:意気揚々、意気消沈
門を出ると、冷たい風が頬を撫でた。
背中の方からはまだ、槌の音と子供達のはしゃぐ声が追いかけて来る。唯の素材集めだと言うのに、見送る声はどこか浮かれていた。
ざく。ざく。ざく。
先頭はセルシナだった。時折立ち止まっては雪原の先を見渡し、遠くの木々に記された縄張り印を目で追う。ジオジル達が残した境界の目印だ。雪に半分隠れた幹の印が、白一色の中でそこだけ小さく暗い。
そのすぐ後ろを、シルバが歩いた。膝下まで埋まる雪が足元でふわりと払われ、踏み固められた道が出来ていく。風で雪を退けているらしい。その道をディスタが追い、ラキュアがぴょんぴょんと跳んで辿った。
『ちょっとッ!! 足跡の間隔、広すぎませんかッ!?』
「チビの足が短いだけなのだぞ」
『…』ムスッ
ディスタは一瞬だけ振り返る。何か言い返されるのを待っている顔だ。ラキュアは何も言わず、次の足跡へ跳んだ。
空は薄曇りで、雲の切れ間から時々陽が差す。その度に雪原がきらきらと光って、ラキュアは目を細めた。
吐く息が白い。耳当てのお陰で、耳だけはぽかぽかだ。
『ふ~ん…静かですねぇ』
「冬の森はこんなもんなのだぞ」
『鳥とかもいないんですか?』
「寒い時は巣に籠ってるのだぞ。…多分」
『多分ってッ!!』
遠くで、枝から雪の塊がどさりと落ちた。ラキュアがびくりと跳ね、ディスタが鼻で笑った。
セルシナは前を向いて歩いていた。その半歩横を、バロッシュが十文字槍を肩に担いで付いて行く。半歩どころか、ぴったりだ。肩と肩の間に、拳一つ入るかどうか。
バロッシュは何か言いかけて、口を噤んだ。
『あれれ? バロッシュ御兄さん、近くないですか~?』
「ち、近くねぇよッ!! 見張りの邪魔をさせねぇ位置ってだけだッ!!」
「あの時もそう言ってたわよね。『動くなよ』って」
「あれは…お前が余所見するからだろッ!!」
「してないわよ。…二匹とも、ちゃんと見てたもの」
セルシナがちらりと横目で見る。バロッシュは目を逸らして、槍を担ぎ直した。
「…背中に槍が来た時は、本気で死ぬかと思ったけど」
「当たってねぇだろッ!!」
「当たってないから、言ってるんじゃない」
バロッシュが口を開けたまま固まる。耳まで赤いのは、寒さのせいだけではなさそうだ。
『盾になる…でしたっけ?』ニコッ
「お、おチビちゃんッ!!」
「バロッシュさん、ラキュア様のお言葉には頷いておくものですよ」
シルバが振り返りもせずに言い、バロッシュは槍を担ぎ直して黙った。セルシナの肩が、ほんの少しだけ揺れていた。
…
森の縁に辿り着くと、そこかしこに倒木が転がっていた。雪の重みで折れた枝、根元から倒れた古木。どれも半分雪に埋もれ、黒い樹皮が所々から覗いている。森の中の空気は雪原より一段冷たく、湿った苔と朽ち木の匂いがした。
幹と幹の間の暗がりが、奥へ行く程に濃くなる。頭上の枝には雪がこんもりと乗り、時折さらさらと粉雪を零した。首筋に落ちたそれが襟巻きの隙間から入り、ラキュアは小さく跳ねた。
『ひゃうッ!!』
「チビ、声がでかいのだぞ」
『今のは不可抗力ですッ!!』
「おチビちゃん、上見て歩けよ。森の縁じゃ、雪は上から来るんだ」
バロッシュが、珍しく先輩らしい事を言った。セルシナが横目でそれを見て、何も言わずに口元を緩めた。
「これなら丁度良いですね」
シルバが指先を軽く動かすと、一本の倒木がふわりと起き上がった。雪がばさりと落ち、黒く湿った樹皮が露わになる。村で見た丸太よりも、更に一回り太い。
「…それ、風なのだぞ?」
「ええ。重さは御座いませんので」
「何回見ても慣れねぇな…」
ラキュアがポーチの口を開き、倒木の端に触れる。次の瞬間、雪の上には倒木の形をした窪みだけが残った。
「…おチビちゃんのそれも、意味が分からねぇ」
「物干し竿の時も、皆そう言ってたのだぞ」
そうやって、倒木を一本、また一本と仕舞っていく。ラキュアは雪の上を跳ね回り、ディスタは手頃な枝を拾い集め、シルバは大きな倒木を次々と風で起こしていった。バロッシュは槍で雪を突いて倒木を探し、セルシナは少し高い岩の上から「右にもう一本」「その奥のは駄目、根が生きてる」と指で示した。
『ディスタ、そっちの太いのも行けます?』
「チビのポーチに入るなら何でも行けるのだぞ」
『じゃぁ、あの奥のもッ!!』
「奥は駄目なのだぞ。長老に森の入口までって言われてるのだぞ」
『うわ、お世話係っぽい事言ってる…』
「お世話係なのだぞ」
ディスタは胸を張った。ラキュアは唇を尖らせたが、奥へは行かなかった。
倒木を仕舞い終えた場所には、雪の上に大小の窪みが幾つも並んでいた。ラキュアはその一つを覗き込み、底の樹皮の欠片を爪先で突いた。
『これで北側、塞がりますかね~?』
「足りるわ。数えてたもの」
セルシナは、岩の上から倒木の本数を指で示した。十七本。村の皆で担げば、ひと冬掛かる量だった。
「おチビちゃんが居りゃ、春まで暇になるな」
「暇にはならないのだぞ。チビのお世話があるのだぞ」
『お世話されてる側は暇じゃないんですけどッ!?』
雪の上に、短い笑いが落ちた。
一通り片付いた所で、ラキュアは森の縁の西の方を見た。あの夜の窪地は、ここから少し回った先だ。
『あ、せっかくだし見て行きません? 毛皮とか牙とか、使えそうなの残ってるかもですし』
「…行くなら、私が先に立つ」
「俺が横な」
「知ってるわよ」
セルシナは迷わず歩き出した。木々に残るジオジル達の縄張り印を一つ、また一つと目で拾い、その間を真っ直ぐに抜けていく。緩やかな下りを少し行くと、木々の間隔が広がった。
「この先よ」
…
最初に感じたのは、違和感ですらなかった。
ただ、白かった。
広い窪地は、一面の雪に覆われていた。ところどころに枝が突き出し、雪の表面には風の作った細かな波模様が走っている。冬の森の、どこにでもある景色だった。
どこにでもある景色である事が、おかしかった。
ラキュアは足を止め、目を瞬かせた。
窪地を囲む木々は、あの夜と変わらずそこに立っていた。幹に残る爪痕も、折れた枝も、雪を被ってはいるが見覚えがある。変わっていないものが多ければ多い程、変わってしまったものが目立った。
風が窪地の底を撫で、雪の粉を巻き上げては落とす。その音さえ、ここでは遠慮がちに聞こえた。
覚えている。この場所は、赤かった。血の湖。足首まで沈む赤い泥濘と、折り重なる灰色の毛皮の山。鼻の奥にこびり付く鉄の臭い。あの夜の、あの光景。
それが、無い。
雪が降って、上から覆い隠したのだろうか。そう思って目を凝らしても、白の下から赤が透けて見える場所は殆ど無かった。所々、雪の表面に薄く茶色い染みが滲んでいる。それだけだった。鼻を鳴らしても、冷たい雪の匂いしかしない。
盛り上がった雪は、数える程しか無い。五十体以上が転がっていたのなら、窪地のあちこちに小山が出来ている筈だった。
十、あるかどうか。
ディスタが、ラキュアの横を通り過ぎて窪地に降りた。雪を蹴散らし、一番近くの小山を掘り返す。
出て来たのは、狼の前脚が一本だった。
肩から先だけ。毛皮は凍って固くなり、断面は黒く変色している。体の残りは、どこにも無かった。
「…嘘でしょ。ここ、真っ赤だったのよ?」
セルシナの声が震えた。遠くまで見える目を持つ彼女ほど、無いものがよく見えてしまうらしかった。
バロッシュは黙って一歩前に出て、彼女と窪地の間に槍を立てた。あの夜と同じ位置だった。
「…下がってろ。何か居たら、俺が先に気付く」
「気付くのは私の方よ。…でも、そこに居て」
返事の代わりに、槍の石突きが雪を一度だけ突いた。
ラキュアも窪地へ降りた。着膨れた体で、ぎこちなく雪を掻き分けて進む。小山を一つ、また一つ覗き込む。
半分だけの胴体。頭の無い首。牙の欠けた顎。
どれも、欠けていた。
『…え。血の湖、どこ行っちゃったの…?』
声が、思ったより小さく出た。
足元の雪に、溝が走っていた。
幅は子供の腕ほど。何か重たい物を引き摺った様な、うねる溝が雪の表面に何本も刻まれている。新しい雪で輪郭はぼやけている。けれど、確かにそこにあった。
溝の脇には、凍った肉の欠片が点々と落ちていた。
溝は窪地のあちこちから伸び、途中で寄り集まり、一つの方向へ向かっていた。
その先を目で追う。溝に沿って、雪の上に赤茶けた筋が引かれていた。血だった。凍って、薄れて、途切れ途切れになりながら、それでも一本の線になって、窪地の外へ。森の奥へ。
日の沈む方角へ。
…お、狼が食べちゃった…とか? 他の獣とか、鳥とか…
そう思おうとした。けれど、食べ散らかしたのなら、もっと散らばっている筈だった。骨が転がっている筈だった。毛皮が引き裂かれて、そこら中に落ちている筈だった。
ここにあるのは、溝だけだ。綺麗に、同じ方向へ揃った、溝だけだ。
シルバが、窪地の縁で膝を折った。
外套の裾が雪に付くのも構わず、溝の一本に手袋を外した指を這わせる。溝の底をなぞり、縁の盛り上がりを確かめ、それから指先を鼻に近付けた。指の腹に、うっすらと赤茶けた色が移っていた。
しばらく、その指を見ていた。それから顔を上げ、自分達が来た方角を振り返った。木々の向こうには、何も見えない。けれど、その方角の先には村がある。北側がまだ途切れたままの壁がある。
「……動きがありますね」
いつもの、穏やかな声だった。けれど、そこに笑みは無かった。
「ただの獣に食べられたにしては、跡が綺麗すぎます。重い物を引き摺ると、丁度この様な跡が残るのですよ。一つずつ、真っ直ぐに。…運んでいる様な、跡ですね」
セルシナが、窪地の縁から血の筋を目で辿った。眉間に皺が寄り、瞬きが止まる。
「…獣の食べ散らかしなら、骨が残るわ。毛も散る。ここには、それが無い」
筋の行く先、木々の重なりの奥まで、彼女の目は追った。そして、首を横に振った。
「…見えない。見えないのが、嫌」
バロッシュが、槍の柄を握り直す音がした。
ディスタが、喉を鳴らした。
「…食べられただけじゃ、説明つかないのだぞ」
『……うん』
ラキュアは小さく頷いた。
「…まさか、あの夜の触手」
シルバの声だった。静かなまま、けれどはっきりと。
「親玉ごと、全部潰した筈だろ」
バロッシュが、吐き捨てる様に言う。セルシナは何も言わず、血の筋の先を見続けていた。
その時、外套の内側で、何かがもぞりと動いた。
…〖ぴょこ…〗…
耳当ての下、ラキュアにしか届かない小さな声だった。
…〖西の方、探ってみたぴょこ…でも何も無いぴょこ。感知の範囲の外だぴょこ〗…
…そっか…
ラキュアは血の筋の先へ視線を向けた。雲の垂れ込めた空の下、黒い木々の重なりの奥。何も見えない。何も聞こえない。
その時だった。
山の奥から、轟音が響いた。
雪が震え、枝から粉雪がどさりと落ちる。狼の遠吠えとも崩落とも違う。大きなものの喉から絞られた様な、重い響きだった。
五人とも、同時に西を向いた。
「……今の、何?」
「山の奥からだッ!!!」
「……ッ!!?」
セルシナの声が強張り、バロッシュが槍を構え直す。ディスタは何も言えずに雪の上で後ずさる。
…居る。筋の先に、何かが…
…魔力、上げれば感知の範囲も変わるかも…
四人の視線は、まだ西の山の奥に釘付けだ。ラキュアだけが、その背中の後ろで左の眼帯に手を伸ばした。
スル…
真っ黒な左眼が、誰にも見られないまま雪明りに露わになる。
次の瞬間、体内から魔力が溢れた。熱くも冷たくもない、ただ満ちていく感触。
…あれ。今、魔力が……溢れてる?…
今まで眼を開けた時は周りが騒がしくて、怯える顔ばかり見て、自分の中までは気付けなかった。
空気が、急に重くなる。
バロッシュの槍先が細かく震える。振り返ろうとして、首だけが止まっている。冷たい汗が額を伝う。
「……なんだ、今……後ろで……」
セルシナも同じだ。西を向いたまま、足が一歩も動けない。見えない威圧に、肩が小さく震えている。
ディスタは奥歯を噛み、背中を向けたまま動かない。
シルバだけは、何事も無い様に西を見据えている。肩の力も抜けたまま、外套の裾に付いた雪を払う。その後ろ姿は、何故か誇らしげですらあった。
外套の内側が、跳ねる様に動いた。
…〖ぴょこ……っ!! 遠すぎるのに……とんでもなく大きいのが居るぴょこ……今までと全然違うぴょこ……!!〗…
ノワールの声が、途中で裏返った。
『ぴょ、ぴょこちゃんが…西の方に、とんでもなく大きいのが居るって…』
…〖…ノワールだぴょこ…〗…
「あの夜の親玉は、二回り大きかった程度です。…その比では、御座いませんね」
シルバが、西を見据えたまま言った。
ラキュアは眼帯を左眼に戻した。スッ。溢れていた感触が、引いていく。重かった空気も、嘘の様に薄れる。
バロッシュが、やっと振り返った。セルシナも続く。そこには、いつもの着膨れた幼女が立っているだけだった。槍先の震えだけが、名残を残している。
「お、おい…今の…」
「おや、お二人ともラキュア様の偉大さを肌で感じましたか? ええ、ええ、分かりますとも」
シルバが、心底嬉しそうに頷いた。
…なんですかこの下僕は…言ってる事は本当なのに、冗談にしか聞こえないですよ…
バロッシュは口を開け、閉じ、もう一度開けて、結局何も言わなかった。
『…今から行けば、多分何とかなりますけど』
ラキュアは、自分の声が思ったより落ち着いている事に少し驚いた。
『…でも、他にも居たらヤバいですよね。村の壁、まだ途切れたままだし』
…別に怖くなったとかじゃないですからね…
『…一旦戻りましょ。長老さんに言わなきゃ』
「…あの方角は、氷神様の彫刻が刻まれた、大山脈の絶壁の辺りよ。今は雪で見えないけど」
セルシナの声は、少しだけ掠れていた。窪地の縁から西を見据えたまま、それでも言った。
…
残っていた僅かな残骸を、ラキュアはポーチに仕舞った。前脚が一本。半分の胴体が二つ。頭の無い首が一つ。牙の欠けた顎が一つ。毛皮として使えるかどうかも分からない、欠けた物ばかりだった。
ポーチの口を閉じる時、指先が少しだけ強張った。
「…帰るのだぞ。チビ、付いて来るのだぞ」
『はいはい…』
帰り道は、来た時と同じ足跡を辿った。
ざく。ざく。ざく。
来る時は気にならなかった自分達の足音が、やけに大きく聞こえる。シルバが先頭を歩き、時折立ち止まっては、森の奥へ目を向ける。何も無い事を確かめると、また歩き出す。来る時には一度もしなかった仕草だ。
森を抜ける頃には、雲の向こうの太陽が西へ傾き、雪原が鈍い橙と青の斑に染まっていく。行きに付けた足跡の窪みに、薄く影が溜まっている。気温が一段下がり、吐く息の白さが濃くなった。
誰も、喋らない。
いつもなら、ディスタが何か言い、ラキュアが言い返し、バロッシュが茶化して、セルシナに叱られる。そういう帰り道になる筈だった。ポーチの中には北側の壁に足りる倒木が入っている。仕事は果たした。それなのに、足取りは来た時よりも重い。
ポーチの重さは、何も変わっていない筈なのに。
殿はバロッシュだ。槍を構えたまま、何度も後ろを振り返る。その度に、前を行くセルシナも振り返っている。
「前見て歩けよ」
「バロッシュが後ろ見てるからでしょ」
どちらも、それ以上は言わなかった。
バロッシュの視線が、一度だけラキュアの背中に触れて、すぐに外れた。
ディスタは、ラキュアのすぐ後ろを歩いている。来る時よりも、ずっと近い。その分だけ、バロッシュとセルシナの足跡は半歩ほど外側にずれていた。
『ディスタ…』
「何なのだぞ」
『近いんですけど』
「…迷子になったら困るのだぞ。チビ」
ラキュアは振り返らずに歩いた。踏み固められた雪の道が、夕方の色を吸って薄青く沈んで行く。
一度だけ、振り返る。
自分達の足跡が、白い雪原に点々と続いている。その向こうに森の縁があり、更にその奥は、もう見えない。
…五十体以上、片付けた筈なんですけど…
心の中でそう呟いて、ラキュアは前を向いた。
村の壁が見えて来る。北側の、まだ途切れたままの壁だ。門の上で見張りが手を振っている。ラキュアは手を振り返さない。
門の手前で、ミルフィが外套も羽織らずに待っていた。鼻の頭が赤い。足元の雪が丸く踏み固められている。
「ラキュア様ッ!! もう、遅いですよぉ!!」
『遅くないよ~、まだ明るいもん』
「お顔、こんなに冷えて――」
ミルフィの言葉が、途中で止まる。ラキュアの顔を見て、それから皆の顔を順に見る。次の瞬間、ラキュアは外套ごと抱き寄せられていた。
『わぷッ!? ミ、ミルフィちゃん!?』
…ふわふわで、あったかい……ずっとこうしてたい……
…いかんいかん、こんな事してる場合じゃないです…
『…ごめんね、ミルフィちゃん。長老さんに、話さなきゃいけない事があるの』
「……はい」
ミルフィは腕を解いても、ラキュアの外套の裾だけは離さなかった。
門を潜ると、子供達の雪合戦の声が聞こえる。槌の音。暖炉の煙の匂い。
何もかも、出て行った時のままだ。
長老が門の内側で待っていた。五人の顔を見て、小さく頷く。
「…中で聞くとしようかの」
長老の家の一室。報告は、長く掛かった。
シルバが順を追って話す。窪地の残骸が、殆ど消えていた事。森へ続く引き摺った跡。山の奥の轟音。
『あと…ぴょこちゃんが、西の方にとんでもなく大きいのが居るって』
話す事は多いのに、分かった事は一つも無い。
長老は最後まで口を挟まず、炉の火を見つめている。
その夜。ディスタは小さな帳面を開いた。
ラキュアは、覗き込まなかった。
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同じ頃。遠く離れた城の一室で、男が一通の報せに目を落とした。
「…箱が、開けられたと」
「はっ。既に兵を連れ、故郷へ。前線には氏族長の増援を、と」
「分かった。氏族長には俺から伝えよう」
男は報せを伏せ、外套を手に取った。
「…それと、俺も用事がある。暫く任せたぞ」
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