61話:その回数は、下準備と共に増えていく
お世話係二日目の朝は、ディスタの悲鳴から始まった。
「チビッ!!起きるのだぞッ!!朝飯の時間なのだぞッ!!」
『…むにゃ…あと五分…』
「五分前にもそう言ったのだぞッ!!」
『…今、チビって言いました?』
「…言ったのだぞ」
『十六回目ぇ…』ムクリ
寝癖で頭の天辺がぴょこんと跳ねたまま、ラキュアは布団から這い出した。目は半分しか開いていない。障子越しの光はまだ青く、吐いた息が部屋の中でも薄く白んだ。だが、回数だけはしっかり数えている。
「寝ぼけてても数えるのは忘れないのだぞ…」ボソ
『当然です、お姉さんですから』
「お姉さんは寝癖で頭にアンテナ立てたりしないのだぞ」
『アンテナ…?』
ペタペタと頭を触ったラキュアの指先に、跳ねた髪が引っ掛かる。
『…ミルフィッ!!櫛ッ!!櫛下さいッ!!』
「はいはいラキュア様、こちらに御座いますよ」
戸口から顔を出したミルフィは、もう前掛けを締めていた。袖口に麦の粉が付いている。女衆と一緒に、夜明け前から台所に立っていたらしい。
『下僕は見てないで手伝って下さいッ!!』
「流石にそれは、ミルフィ殿のお仕事を奪う事になりますので」
廊下の壁に凭れたシルバは、見張り明けの外套に雪を付けたまま、にこにこと微笑んでいるだけだった。
…肝心な時に限って仕事しない下僕ですね…
…
朝の食堂は、昨日よりも少しだけ騒がしかった。
湯気の立つ麦粥の鍋を囲み、村人達が肩を寄せ合って座っている。窓の外はまだ薄暗く、硝子越しに見える雪は青白い。暖炉の薪がパチリと爆ぜる度に、子供達がきゃっきゃと声を上げた。煮えた麦と、燻した干し肉と、濡れた毛糸の匂いが混ざって、部屋全体が少し甘ったるい。
ミルフィは女衆に混じって鍋の脇に立ち、木の器に粥を注いでは次々と卓へ回していた。手際が良すぎて、隣のおかみさんが感心した様に口笛を吹く。
ラキュアが入って行くと、何人かの視線がこちらを向いた。
「お、血まみれお嬢だ」
「おはようさん、血まみれお嬢」
『その呼び名、定着させないで下さいッ!!』
抗議の声も虚しく、笑い声が返って来るだけだった。昨日の朝、誰かが冗談半分で口にした呼び名は、一晩で村中に行き渡っていた。
…昨日一日で、すっかり村の玩具ですよ…
ディスタに引っ張られて席に着くと、目の前にどん、と木の器が置かれた。湯気の向こうに見えたのは、昨日畑にいたお爺さんの皺だらけの笑顔だった。
「お嬢ちゃん、昨日はありがとうなぁ。おかげで春の畑仕事が一つ減ったわい」
『い、いえ…ちょっと力加減を間違えただけで…』
「間違えて畑が耕せるなら毎日間違えてくれて構わんよ」
『それは…考えておきます』
器の中には、粥の上に干し果物が三つ乗っていた。他の子の器を覗くと、一つしか乗っていない。
『…あの、これ多くないですか?』
「畑のお礼じゃよ」
「チビは昨日、果物食べ過ぎたのだぞ。三つで止めておくのだぞ」
『十七回目。…食べ過ぎてません、適量です』
「籠半分を適量とは言わないのだぞ」
「ラキュア様、お口の端にもう付いておりますよ」
配膳の手を止めずに、ミルフィが通りすがりに布巾を差し出した。まだ一つ目を齧っただけなのに、もう付いているらしい。
ラキュアは黙って口元を拭い、齧りかけの一つ目を口に放り込んだ。甘い。冬の朝の冷えた体に、じんわりと染みる甘さだった。
…ぐぬぬ、美味しいから何も言えない…
戸口の方で冷たい風が吹き込み、シルバが外套の雪を払いながら入って来た。真っ直ぐ長老の席へ行き、短く頭を下げる。
「夜の内に外周を一回り致しました。足跡は御座いません。北側の丸太も、昨夜の分は無事で御座います」
「うむ、ご苦労じゃった」
報告を終えると、シルバはラキュアの斜め向かいに腰を下ろした。ミルフィが黙って器を置く。
「シルバさんよ、あんた寝てないんだろう?」
向かいの男衆が粥を啜りながら言った。
「少し休んでから、壁の方へ伺います」
「休むって顔じゃないねぇ、相変わらず」
…この下僕、村の人ともう馴染んでるんですけど。私より馴染んでません?
食事を終えると、ミルフィは洗い場へ、シルバは奥の部屋へ、村人達は三々五々持ち場へ散っていった。その様子を横目に、少し遅れて席を立った二人、ラキュアとディスタが向かったのは、村の外周だった。
…
昨日まで地面に引かれた線でしかなかった場所に、今は太い丸太が等間隔に打ち込まれている。丸太と丸太の間には土が盛られ、踏み固められ、その上から雪が薄く被さっていた。まだ人の背丈には届かない。それでも、村をぐるりと囲む壁の形は、確かにそこに出来上がりつつあった。
削ったばかりの木肌から、青い樹液の匂いがした。
『…昨日より伸びてますね』
「夜の内にも、交代で作業してたのだぞ。皆、真剣なのだぞ」
『…』
ディスタの声は、珍しく真面目だった。ラキュアは横目でその顔を見上げたが、ディスタはすぐに視線を逸らした。
「…ほら、チビの仕事はこっちなのだぞ」
『十八回目』
「もう数えるのやめて欲しいのだぞ…」
連れて行かれた先では、村の男衆が丸太を担いで運んでいた。肩に掛けた縄が軋み、吐く息が白い塊になって空に昇る。地面に打ち込む度に、ドスン、ドスンと低い音が雪の下の土まで響いた。
「おお、昨日の嬢ちゃんか。今日は何を耕してくれるんだ?」
『耕しませんッ!!今日はお手伝いですッ!!』
「そうかそうか、じゃあそこの土を運んでくれ。…いいか、そぉっとだぞ、そぉっと」
『何で皆さん、私に「そぉっと」って言うんですか…』
「昨日の畑を見た奴は、皆言うと思うのだぞ」ボソ
ラキュアは小さな木の桶に土を詰め、両手で抱えて運んだ。そぉっと。そぉっと。
…桶が軽すぎて、逆に力加減が難しいんですけど…
一歩。二歩。三歩目でつま先が雪に埋まり、体が前のめりになった。
『わっ…ととッ!!』
桶の中身がふわりと浮く。それを、横から伸びた手がぱしりと受け止めた。
「ラキュア様、お足元にお気を付け下さいね」
『下僕…休むんじゃなかったんですか』
「ラキュア様が桶を抱えておられると伺いましたので」
外套の襟を立て、片手に桶。もう片方の手は空いているのに、隣では太い丸太がふわりと浮き、壁の列へと滑っていく。男衆が三人掛かりで担いでいたのと同じ丸太だ。積もった雪が丸太の下でさらさらと巻き上がり、小さなつむじ風になって消えた。
『…それ、持ってないじゃないですか』
「風で運んでおりますので。丸太の一本や二本、この程度で御座いますよ」
男衆が手を止め、ぽかんと浮く丸太を見ていた。
「土は私が運びますので、ラキュア様は踏み固めをお願いしても宜しいですか? お体の重さが、丁度良い具合かと」
…それ、軽いって言ってます?褒めてます?貶してます?
『…やりますけど』
「流石ラキュア様で御座います」
盛られたばかりの土の上に乗り、ラキュアは足踏みを始めた。
ぎゅっ。ぎゅっ。ぎゅっ。
小さな靴底が、湿った土に跡を付けていく。
「まるで土遊びしている子供そのものだぞッ!!チビにはお似合いだぞッ!!」
…こ、こいつ…この期に及んでまだ嫌味を足すかぁ!!…
『ふんッ!!それがどうしたんですか!?そもそも客人だけに作業させて自分は高みの見物ですか!!お世話係は傍観だけの腑抜け野郎ですねッ!!』
「そ、それは違うのだぞッ!!今のは謝る…オイラも手伝うのだぞッ!!」
…まったくもうッ!!いつもこれくらい聞き分け良ければ楽だというのに!!…
ラキュアの反撃が効いたのか、ディスタも隣に並び、同じ様に足踏みを始めた。
ぎゅっ、ぎゅっ。ぎゅっ、ぎゅっ。
二人分の足音が、妙に揃っていた。
「あらあら、また息ぴったり」
「壁体操の続きかい?」
『違いますッ!!』
「違うのだぞッ!!」
…ムキー!!!!…
周りから笑い声が上がる。それでも足は止めなかった。止めたら負けな気がした。
…
昼を過ぎても、壁の作業は続いた。
太陽は雲の向こうで白く滲み、影はほとんど出来ない。風が吹く度に、積もった雪の表面がさらさらと舞い上がり、作業する者達の頬を叩いた。手袋の指先が湿って、じんと痺れる。
ラキュアは一度村の中に戻され、ミルフィに防寒着を一枚追加で着せられた。
「ラキュア様、首元が開いてます。お風邪を召されますよ」
『もう三枚も着てるんですけど…』
「四枚目で御座います」
『動けないッ!!』
もこもこに着膨れた体で壁際に戻ると、通りすがりのおかみさんが「あら可愛い」と頬を突いて行った。ディスタは一瞬固まり、それから口元を押さえて震えた。
『…何ですか』
「…いや、何でもないのだぞ」
『言いたい事があるなら言って下さいよ』
「…雪玉に手足が生えてるのだぞ」ボソ
『聞こえてますからねッ!!』
ポコッ!!
…着膨れのせいで、ポコポコの威力が半減してる…
…
そんな日が、二日、三日と続いた。
朝はディスタに叩き起こされ、食堂で干し果物の数を巡って揉め、昼は壁の上で足踏みをし、夜はディスタの日誌を覗き込んでチビの回数を数える。
日誌の一行目は、毎日少しずつ変わった。
・チビ、寝癖がひどい
・チビ、雪玉になる
・チビ、壁の上で寝る(危ない)
『…最後の、寝てませんからね。目を閉じて土の声を聞いてただけです』
「それを寝てるって言うのだぞ」
『に、二十…何回目でしたっけ』
「知らないのだぞ」
『…二十いくつ目です』
「雑になってるのだぞ」
数える声は、日に日に小さくなっていく。朝、叩き起こされる時のチビ。食堂で果物を取られる時のチビ。壁の上で足を滑らせた時のチビ。ディスタは一度も言い淀まず、止めようともしない。止まらないものを数え続けるのは、思っていたより骨が折れた。
夕方になると、壁の上から見える空が早々と鈍い橙に沈んだ。作業を終えた男衆は手を擦り合わせながら焚き火を囲み、女衆が運んで来る湯を啜る。焚き火の煙は低く這い、雪の上に薄い灰色の帯を引いた。
「お嬢、今日は何回だったんだい」
いつの間にか、回数は村の楽しみにもなっていた。焚き火の向こうで、おかみさんが指を折って待っている。
『…えっと、朝に三回、お昼に…何回でしたっけ、ディスタ』
「オイラに聞くのは違うのだぞ」
「昨日より減ったんじゃないかい?」
「減ってないのだぞ。オイラは毎日同じ位言ってるのだぞ」
『威張る所じゃないですからねッ!!』
焚き火の輪から笑いが弾け、火の粉が一つ、暗くなり始めた空へ昇って消えた。
壁は少しずつ高くなっていく。三日目の夕方にはラキュアの背丈を越え、四日目にはディスタの背丈すら追い越していた。
それに合わせる様に、村の空気も変わり始める。
最初の日、丸太を担ぐ男衆の顔は強張っていて、冗談一つ出なかった。夜の見張りの交代さえ、言葉少なに済まされていたのだ。
それが三日目辺りから、作業の合間に鼻歌が混じる様になり、四日目には子供達が壁の内側で雪合戦を始める始末。誰も叱らない。流れ弾がバロッシュの後頭部に当たり、追い掛け回された子供達の悲鳴が、壁の内側に楽しげに響いていた。
「…もう、来ないんじゃないか?」
「あれだけ倒したんだ。群れごと片付いたのかもしれん」
「血まみれお嬢がいる村に、わざわざ来る獣もいないだろう」
『聞き捨てなりませんねぇ…!!聞こえてますよっ!!』
そんな声が、作業の合間にぽつりぽつりと聞こえる様になっていた。
ラキュアは壁の上から雪合戦を眺めながら、ぼんやりと「もう来ない」の方だけを拾っていた。五十体以上。あれだけ片付けたのだ。そう思うと、壁の上の風も少しだけ温かく感じた。
…
五日目の朝。食堂の空気は、いつもより少し重かった。
鍋の湯気はいつも通り立っているのに、ミルフィは配膳の手を止め、器を抱えたまま壁際に立っていた。シルバは外套も脱がずに長老の脇に控えている。子供達の声も、今朝は小さい。窓の外では夜の内にまた雪が積もり、昨日踏み固めた壁際の足跡を、跡形も無く埋めていた。暖炉の火だけがいつも通りに爆ぜ、その音がやけに大きく聞こえる。誰かが匙を器に当てる、かちりという音にまで、何人かが顔を上げた。
長老ワイズが、卓の上に一枚の木の板を置いていた。板には炭で線が引かれ、村の形と、壁の位置が描かれている。描かれた壁の線は、村の北側半分でぷつりと途切れていた。
「…足りんのじゃ」
長老は皺だらけの指で、途切れた線の先を叩いた。
「村の備蓄の木材は、もう殆ど使い切った。冬の薪の分まで手を付ける訳にはいかん。残りの北側を囲うには、外から取って来るしかないのう」
『外から…ですか』
「チビ、粥が冷めるのだぞ」
「ディスタさん、今はお静かに」
ミルフィの小声に、ディスタが首を竦めた。ラキュアは口を開きかけ、そのまま閉じた。数字が、喉の手前で出て来なかった。
…あれ。今、何回目だっけ。
「森の縁まで出れば、倒木も多かろう。雪で折れたのが転がっとる筈じゃ」
「縁でしたら、ラキュア様のポーチと私の風で運べます。往復の手間は御座いません」
シルバの言葉に、何人かの男衆が顔を上げた。丸太一本を運ぶのに、大人三人がかりで雪の中を半日。それを何十本と繰り返せば、北側の壁が出来上がる前に春が来てしまう。それは、村の誰もが分かっている事だった。
『私、行けますよ。ポーチなら何本でも入りますし』
ラキュアは腰のポーチをぽんと叩いた。
「ふむ…じゃが縁とはいえ、道を知っとる者が要るのう」
長老は食堂を見回した。壁の見張り、丸太打ち、薪割り、子供の世話。どの顔も、もう持ち場が決まっている。限られた顔を一つずつ拾う様に、長老の目が動き、止まった。
「セルシナ。お前の目と印なら、森の入口までは迷わんだろう」
「…はい」
麦粥を掬っていた匙が止まり、セルシナは短く頷いた。
「バロッシュ。その子の護衛は、お前が一番向いとる」
「はあ!? なんで俺が―――」
「相変わらず、その子の盾役じゃのう。あの夜も、くっついておったからのう」
食堂のあちこちで、堪え切れない笑いが漏れた。
「う、うるせぇ爺ッ!! くっつきなんて―――」
「バロッシュが勝手に後ろにいただけでしょ」
「お前なッ!!」
バロッシュの耳が、暖炉の火よりも赤い。セルシナは澄ました顔で粥を啜ったが、匙を持つ手が少しだけ早かった。
…あ、これ私が茶化さなくても勝手に燃えるやつですね…
長老は二人を見比べ、目を細めたまま頷いた。
「案内は任せるぞい。奥へは入るな。日が傾く前に戻る事」
「ディスタも付いて行け。お世話係じゃからの。森の入口までなら危ない事もあるまい」
「…いいのか爺ちゃんッ!?」
「壁はワシらで積んでおく。その代わり、ちゃんと世話をするんじゃぞ」
ディスタは一つ瞬きをしてから、静かに椅子を引いて立ち上がった。そのままバロッシュの方へ歩み寄る。
「バロッシュ兄ちゃんと一緒なのだぞ。…嬉しいのだぞ」
「マジかよ爺ちゃん最高かよッ!! よっしゃああああッ!! ディスタ来いッ!!」
バロッシュが椅子ごと跳ね上がる勢いで立ち、拳をぶんっと突き出した。ディスタが小さな拳をこつんと合わせると、バロッシュはそれだけで「うおおッ!!」と吠え、今度はディスタの首に腕を回して力一杯引き寄せた。頭をぐしゃぐしゃと掻き回し、ついでに肩までばしばし叩く。
「兄ちゃん、痛いのだぞ。あと粥がこぼれるのだぞ」
「細けぇ事はいいんだよッ!! 先輩と後輩の初遠征だぞ初遠征ッ!! 俺の言う事はちゃんと聞けよッ!!」
「聞くのだぞ。兄ちゃんが道を間違えたら、ちゃんと言うのだぞ」
「間違えねぇよッ!!」
セルシナが、粥の器越しに小さく息を吐いた。
「…さっきまで、なんで俺がって言ってなかった?」
「う、うるせぇッ!! それはそれ、これはこれだッ!!」
『…男って単純ですね…』
ラキュアの呟きに、食堂がまた少しだけ笑った。
…
出発の前に、ミルフィによる防寒着の着付けが行われた。
「ラキュア様、手袋。耳当て。襟巻き。それから外套を…」
『四枚目は要りませんからねッ!?』
「今日は村の外なので五枚目で御座います」
『動けなくなるってばッ!!』
結局、四枚で折り合いが付いた。着膨れたラキュアの横に、同じく着膨れたディスタが並ぶ。少し離れた所では、バロッシュが十文字槍の穂先を布で拭い、セルシナが矢印の紐を指に巻いて数を確かめていた。シルバは外套の襟を一つ留め直しただけで、それ以上の支度はしなかった。
「ほら、チビ。手袋の紐、解けてるのだぞ」
ディスタが屈み込んで、ラキュアの手首の紐を結び直した。
「チビは手が小さいから、すぐ抜けるのだぞ。チビ、腕上げるのだぞ」
『……』
口が、何かを数えようとして開き、そして閉じた。
…もう、いいか。どうせまた言うし。
数えたところで、この人は止めない。止めないものを、明日も明後日も数え続ける気力は、もう残っていなかった。
そうしてラキュアは、数える事を諦めた。
「…何で黙ってるのだぞ?」
『別に。下準備が多いなぁって思ってただけです』
「下準備は大事なのだぞ」
「お嬢、雪玉が二つ並んでるぞ」
見送りに来た男衆の一人が笑い、ミルフィがきつく睨んで黙らせた。
門の前では、見張りの男が閂を外して待っていた。重い木の扉が軋みながら開く。その向こうには、どこまでも白い雪原と、その先に黒く沈む森の縁が見えた。冷たい風が、一度だけ門の内側へ吹き込んだ。雪原の上には、まだ誰の足跡も無い。踏み出せば、そこから先は全部、自分達の跡になる。
「ラキュア様、お気を付けて」
「気を付けてな、お嬢」
『すぐ戻りますよ』
ラキュアは軽く手を振った。
その背中を、長老は門の内側から黙って見送っていた。
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お世話係業務日誌 五日目
・チビ、出発前に黙る
・チビ、チビと呼んでも数えない
・本日の回数、記入無し
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本人が数えなくなったので、こちらも書くのをやめた。
…書くのをやめた分、呼ぶ回数は増えたらしい。




