60話:お世話係はチビに厳しい
長老達と別れ、食堂を後にしたラキュアとディスタ。二人は並んで…いや、並んでいるとは言い難い距離を空けて村の通りを歩いていた。
ズンズンズンズンッ!!
『…』
「…おいチビ、歩くの速いのだぞ」
『チビって言いました?』
「言ったのだぞ」
『はい一回目~ッ!!』
「何を数えてるのだぞ…」
『貴方がチビと言った回数ですよッ!!溜まったら纏めてお返ししますからねッ!!』
「何を返すんだぞ…」
…ポコポコの百倍返しに決まってるじゃないですか…
むくれた顔でずんずんと進むラキュアの後ろを、ディスタが面倒臭そうに付いて歩く。
「…ほら、迷子にならない様に手を出すのだぞ」
『嫌ですッ!!』パシンッ!!
「痛ッ!!…長老にお世話係を頼まれたのはオイラなのだぞ、チビが迷子になったらオイラが怒られるのだぞ」
『はい二回目ッ!!』
「ぐぬぬ…」
手を払い除けられたディスタは、行き場を失った手で頭を掻いた。そんな二人の様子を、作業の手を止めた村人達が遠巻きに眺めていた。
「あらあら…ディスタ坊がお世話係ですって、長老様も思い切ったわねぇ」
「世話される側の間違いじゃねぇのか?」
「お客さんの方がしっかりしてそうだもんなぁ」
『世話なんてされてませんッ!!』
「世話される側じゃないのだぞッ!!」
――― 「ほら息ぴったり」 ―――
『ぐぬぬぬぬ…』
「ぐぬぬぬぬ…」
ハモった声に、村人達の生温かい視線が更に増した。
『…大体、こんな五月蠅いチビにお世話されるなんて心外ですッ!!』
「チビにチビって言われたくないのだぞッ!!オイラの方が背は高いのだぞッ!!」
『…』
「…」
『まぁ、私の方がチビなんですけどねっ!!』
「それは得意げに言う事じゃないのだぞ…」ボソ
…
そんなやり取りを終え、二人は村外れの畑の前で足を止めた。
「よし、着いたのだぞ。チビの仕事はここなのだぞ」
『はい三回目。…で、ここは?』
「春に向けて休ませてる畑だぞ。雑草が邪魔だから毟っておくのだぞ。ほら、これに入れるのだぞ」
ディスタが差し出したのは、小さな取っ手の付いた、可愛らしい花柄の籠であった。
『…何ですかこれ』
「村の子供達が木の実拾いに使う籠なのだぞ。チビには丁度良い大きさなのだぞ」
『四回目ぇッ!!』
くどい様に回数を口にするラキュア。その声は、のどかな畑にやたら大きく響いた。
『子供扱いしないで下さいッ!!私の方がずっとお姉さんなんですからねッ!!』
「…お姉さん?」
ディスタは籠とラキュアを交互に見比べ、
「子供用の籠と並ぶと丁度良いサイズなのだぞ」
『言ったなーっ!!』
「お姉さんは子供用の籠で草むしりしたりしないのだぞ」
『うぐぐ…ッ!!』
…言い返せないのが悔しいです…
『ふんッ!!草むしり位、私に掛かれば一瞬ですよッ!!見てなさいよッ!!』
「はいはい、根っこから丁寧に抜くのだぞ~」
ラキュアは袖を捲り、雑草をむんずと掴むと、力一杯に引っこ抜いた。
『ふんぬッ!!』
――― ズボボボボボボボボボォォォンッ!!!! ―――
『…あ』
「…」
雑草は抜けた。雑草だけでなく、根に絡まった土も、その隣の土も、更にその先の畝までもが、一直線に捲れ上がっていた。
パラパラパラ…ボトッ…
…やっちゃった…草一本に全力出す大人って何なんですか私…
『…ち、ちょっとだけ力加減を間違えただけですよ?』
「ちょっとの規模じゃないのだぞッ!!畑が裏返ってるのだぞッ!!」
『ほ、ほら草はちゃんと抜けてますしッ!!』
「籠に入る量じゃないのだぞッ!!」
花柄の籠の上には、雑草と土の塊が山の様に乗っかっていた。籠は既に見えない。
二人が言い合っていると、騒ぎを聞きつけた畑の持ち主の爺さんが、鍬を担いで駆け付けて来た。
「な、何事じゃッ!!…お、おおぉッ!?」
「す、すまないのだぞ爺さんッ!!このチビがッ!!」
『五回目ッ!!』
「おおおおッ!!丁度春前に耕そうと思っておった所じゃッ!!手間が省けたわいッ!!」
――― 『「…え?」』 ―――
「いやはや、腰が痛くて億劫だったんじゃ。お嬢ちゃん、ついでにその辺も頼めるかのう?」
『ま、任せて下さいッ!!』ふふーんッ!!
「…なんでこうなるのだぞ…」
結局ラキュアは、草むしりと称して畑の半分を耕してしまった。爺さんは大層喜び、ディスタはその横で只々頭を抱えていた。
…
畑仕事を終えたラキュアが通りへ戻ると、待ち構えていたかの様に村人達が押し寄せて来た。
「おチビちゃんッ!!畑を耕したんだって?」
「あの爺さんが朝から自慢して回ってたぞッ!!」
「ほら、これお食べッ!!干し果物だよッ!!」
「これも持ってきなッ!!」
「昨日の狩りでもすっげぇ働いたって聞いたぞッ!!」
『え、えっと、そのッ…むぐッ!?』
何か言おうと口を開いた瞬間、ラキュアの口の中に干し果物がすぽんと放り込まれた。
『もぐもぐ…あ、甘ッ!!これ美味し…むぐッ!?』
「こっちのも美味しいよッ!!」
『もぐもぐもぐ…』
「ほらほら、こっちもッ!!」
『もぐもぐもぐもぐ…』
…あ、駄目だこれ…喋る隙が無い…でも美味しいから良いか…
…って、餌付けされてる幼児そのものじゃないですか私…
ディスタは、両頬を膨らませたラキュアを見て笑いをこらえきれず、少し吹き出した。
「っフ…これがお姉さんか…」
『ん”~~~っ!!ん”~~~~っ!!』
…聞こえてるぞ~!!こんちくしょ~!!…
両頬をリスの様に膨らませたラキュアを見て、村人達は満足気に頷き合う。
「流石だねぇ…あの狩りの時は…」
『もごッ!?』
「バロッシュが言ってたよ。まるで氷神様の鎮魂歌みたいな場だったって」
「あたしゃ思わず拝んじまったよ」
『もごごごごッ!!』
…たとえ話で拝まないでくださいッ!!…
「あらあら、喜んでるわ」
――― 『もごぉぉぉぉッ!!』 ―――
…喜んでませんッ!!…
「…良かったな血まみれお嬢。もう喋れないなら静かで丁度良いのだぞ」
『もごッ!!』
…六回目ッ!!…いや、チビとは言ってないかッ!!…
…なんでこうなるんですか…鎮魂歌だの血まみれだの、ちゃんと働いたのに変な囃しだけ残って…
口いっぱいの果物と共に、狩り場は氷神様の鎮魂歌にたとえられ、ラキュアは〝血まみれお嬢〟と囃されてしまったのであった。
…
村人達から大量の差し入れを受け取ったラキュアは、両腕では抱えきれない程の果物や干し肉を持て余していた。
「どうするのだぞ、それ。オイラは持たないのだぞ」
『ふふん、心配ご無用ですよ』
ラキュアは腰に下げた小さなポーチ――村の子供達とお揃いだと、朝方に村の婆様から貰った物――に、差し入れを次々と押し込んでいく。
勿論、実際にはポーチの中で魔蔵空間に仕舞っているだけである。
シュポンッ!!シュポンッ!!シュポポンッ!!
「…な、何なのだぞそのポーチは…明らかに入る量じゃないのだぞ…」
『乙女のポーチは底無しなのですよッ!!』えっへんッ!!
…まぁ、それっぽく見せる為のポーチですけどね…
「…じゃあ、丁度良いのだぞ。この先の家の婆さんが、やかんが壊れたって嘆いてたのだぞ」
『やかんですか?ありますよ?』
ゴソゴソ…シュポンッ!!
『はいッ!!やかんッ!!』
「何で有るのだぞッ!!」
「まぁまぁッ!!助かるわぁッ!!」
いつの間にか背後に居た婆さんが、やかんを受け取って喜んだ。
「あと、物干しの竿が昨日の風で折れちまってねぇ…」
『物干し竿ですね?』
ゴソゴソ…ずるずるずるずるずるずる…
「…なッ!?」
『はいッ!!物干し竿ッ!!』
「ポーチから物干し竿が生えてくるのはおかしいのだぞッ!!絶対おかしいのだぞッ!!」
「あらまぁ、ありがとうねぇお嬢ちゃん」
『お嬢ちゃんはやめてくださいッ!!』
その後も、すり鉢、桶、ほうき、何故か片方だけの長靴と、ラキュアのポーチからは次々と生活用品が出てきた。ディスタは最早突っ込む気力も失い、遠い目をしていた。
「…長靴が片方しか無いのは何でなのだぞ…」
『それは私にも分かりません』
…いつ拾ったんですかね、あれ…
…
村の中心へ戻る途中、二人は向こうから歩いて来る人影とすれ違った。
狩りの時と変わらず、どこかのんびりとした足取りのミーミルである。
「あ、ラキュアちゃんにディスタ…おはよう」
『おはようございますッ!!』
「お、おうミーミル。…ちゃんと前見て歩くのだぞ?また転ぶのだぞ」
「…うん、気を付けるね」
ミーミルは小さく手を振り、そのまま去って行った。その背中を見送りながら、ディスタはやれやれと肩を竦める。
「全く…ミーミルはドジだからな、オイラが見てやらないと駄目なのだぞ」
『…へ?』
「昔っからなのだぞ。木の根っこに躓くわ、籠の中身ひっくり返すわ…この前の狩りだって、どうせ後ろで震えてただけなのだぞ。オイラが居れば守ってやったのに」
…いやいやいやいや…あの人、投げナイフでウルフの急所を一発で…
ラキュアが思わず周囲を見渡すと、話を聞いていたらしい村人達が、一斉にすっと目を逸らした。
「…今日は良い天気だなぁ」
「…そ、そうだなぁ」
「…あ、あたし洗濯物取り込まなきゃ」
『…』
「ん?どうしたのだぞ皆」
ひゅるるるる~…
…あ、これ…この人だけ知らないやつだ…
『…そ、そうですね…ディスタ頼りになりますね~…』
「だろう?チビもやっと分かって来たのだぞ」
『はい六回目』
ラキュアは何も言わず、心のメモ帳にそっと書き記した。いつか面白い時に教えてあげよう、と。
…
村の外周へ差し掛かると、何やら奇妙な掛け声が聞こえて来た。
「いっちにーッ!!さんしーッ!!」
「ごーろくッ!!しちはちッ!!」
『…何あれ』
「…何なのだぞ、あれ」
そこでは、シルバが涼しい顔のまま地面に手を付き、無詠唱で土を隆起させていた。
ゴゴゴゴゴゴゴゴォォォッ!!
水平で凸凹の無い石壁が、すっとせり上がる。
その真新しい壁を前に、若者達が両腕を突き出したり引いたり、壁に張り付く様な動きを繰り返していた。
『下僕…何やってるんですか…』
「おや、ラキュア様ッ!! 見ての通り、壁ですよ」
『そっちじゃなくて、後ろのアレですよ』
「ああ、彼らですか。壁が平らすぎて、いつの間にか壁体操が始まってましたよ」
『壁体操…』
…温泉のアレを、外で堂々とやるんですか…
「シルバの姉ちゃーんッ!!こっちの水路の溝も掘ってくれーッ!!」
「シルバさーんッ!!ついでに家の前の段差も均してくれないかーッ!!」
「シルバ様ッ!!ウチの井戸の蓋もお願いしますッ!!」
「…はい、順番にお伺いしますね」
『…完全に土木業者じゃないですか』
「ふふ…流石ラキュア様」
『だから笑わすつもりは微塵も無いんですってばッ!!』
「シルバさん、流石なのだぞ…オイラも壁体操やってみるのだぞ…いっちに…」
『貴方までやらないでくださいッ!!』
一番若い男子が力一杯壁に張り付き、すぐに息を切らせて膝を抱えていた。それを見た周りが「わかる、わかるぞ」と肩を叩いている。
…この村、大丈夫かな…
…
日が傾き始めた頃。一通り村を回り終えた二人は、出来たばかりの石壁の上に腰掛けて休んでいた。
眼下では、村人達が忙しそうに、それでいてどこか楽しそうに動き回っている。
「…なぁ、チビ」
『七回目。…何ですか』
「…オイラはな、この村が好きなのだぞ」
『…』
ディスタは珍しく真面目な顔で、村を見下ろしていた。
「爺さん達はうるさいし、婆さん達はお節介だし、若い連中は馬鹿ばっかりなのだぞ。でもな…オイラ、この村を守りたいのだぞ。だから…その…」
…お、おや?何ですかこの空気…ディスタにしては珍しく…
…というか、ちゃんと村の事考えてる分、今日畑を裏返した私より大人なのでは…
『…だから?』
「だから…今回は…その、チビ達が来てくれて…」
ラキュアがじっと続きを待つ。ディスタは何かを言いかけ、ふとラキュアの顔を見て――
「…ん?チビ、口の周りがベタベタなのだぞ」
『へ?』
「さっきの干し果物なのだぞ。全く…お世話係の身にもなるのだぞ」
ゴシゴシゴシゴシッ!!
『むぐぐぐぐッ!!?』
ディスタは懐から手拭いを取り出すと、ラキュアの口元を容赦無く拭き始めた。まるで幼い子供の顔を拭く兄の様に。
『や、やめッ!!自分で拭けますッ!!』
「動くなのだぞ。よし、綺麗になったのだぞ」
『…で、さっきの続きは?』
「続き?何の話なのだぞ?」
『ぐぬぬぬぬぬぬぬぬぬッ!!』
…今の、絶対良い話しかける流れだったでしょうがッ!!
『…お世話係の癖に生意気ですね』
「口の周りをベタベタにしてる方が生意気言っても、迫力ゼロなのだぞ」
『ぐぬッ…』
「あと、鼻の頭にも土が付いてるのだぞ」
ゴシッ!!
『むぐッ!!…完敗です…』
…
その夜。長老の家の一室で、ディスタは小さな帳面に何やら書き込んでいた。
『…何をしてるんですか』
「お世話係の業務日誌なのだぞ。長老に報告しないといけないのだぞ」
ラキュアがひょいと覗き込む。
『どれどれ…』
――――――――――――――――
お世話係業務日誌 一日目
・チビ、手をつなぐのを嫌がる
・チビ、草むしりで畑を耕す(爺さん喜ぶ)
・チビ、果物を食べ過ぎる
・チビ、ポーチから物干し竿を出す(意味が分からない)
・チビ、血まみれお嬢と呼ばれる
・チビ、口の周りがベタベタ(拭いた)
・本日のチビ、特に問題無し
――――――――――――――――
『……』
「どうなのだぞ、完璧な報告なのだぞ」
『…チビ、何回書きました?』
「え?…ひぃ、ふぅ、みぃ…七回なのだぞ」
『口で言った七回と合わせて…』
ラキュアはにっこりと微笑んだ。
『十四回ですね?』
「…え?」
――― 『溜まった分、纏めてお返ししまーすッ!!』 ―――
――― 「ぎゃああああッ!!だぞぉぉぉッ!!」 ―――
ポコポコポコポコポコポコポコポコッ!!
「ラキュア様ッ!!夜分に殿方に飛びかかるのはッ!!」
「ふふふ…今日もラキュア様はお元気ですね」
ミルフィの悲鳴とシルバの呑気な声が響く中、お世話係の一日目はこうして幕を閉じた。
翌朝、業務日誌には一行だけ書き足されていた。
・チビ、凶暴
『十五回目ぇぇぇぇッ!!』
その日の夕刻、食堂の片隅にて。
「みろよコレ…今朝方ミルフィちゃんが火起こしてくれた竈の焦げ跡を…削って小瓶に詰めたんだぜ…」
「おいマジかよッ!!俺なんか焦げた鍋、もう二度と洗わないって決めたぜッ!!」
「俺は焦げた薪の燃えカス、枕元に置いてるぜ…」
――― 「わっかる~~~ッ!!!!」 ――――
「あとシルバ様の壁ッ!!あの壁に触ると何かご利益ある気がするよなッ!!」
――― 「わっかる~~~ッ!!!!」 ――――
「…そういや、あのお嬢ちゃんが耕した畑もあったよな」
「…」
「…」
「…それは別に」
「…うん、別に」
――― 「わっかる~~~…」 ――――
翌朝、爺さんの畑の前には、真新しい立て札が立っていた。
【お嬢ちゃんが耕せし畑 ~ご利益あり~】
『誰が立てたんですかあれぇぇぇッ!!』
「爺さんなのだぞ」
案外、畑の方が拝まれていたのであった…




