第九話 黒の城を目指して
森の中で、白い光が弾けた。
灰色の狼たちが次々と吹き飛ばされる。
白の剣士は息を切らしながら、剣を構えていた。
数え切れないほどの狼。
そのすべてを、一人で相手にしている。
「まだ……来るか」
狼たちは唸り声を上げながら、じりじりと距離を詰める。
その群れの奥に、ワーグがいた。
胸には白の剣によってつけられた傷。
それでも、まだ立っている。
「どうした?」
ワーグが笑う。
「ずいぶん苦しそうだな」
白の剣士は答えない。
呼吸を整える。
身体が重い。
腕を見る。
灰色が、昨日よりも広がっていた。
力を使いすぎた。
だが、ここで退けば狼たちは街道へ向かう。
その先には、人々がいる。
「……通すわけにはいかない」
白の剣士は剣を構えた。
狼が飛びかかる。
一閃。
続いて二匹。
三匹。
だが、群れは止まらない。
白の剣士の動きが少しずつ鈍くなる。
その瞬間。
ワーグが飛び込んだ。
「今だ!」
巨大な爪が迫る。
白の剣士は剣で受け止めた。
ガキン!
「ぐっ……!」
押し負ける。
地面へ膝をついた。
ワーグが牙を剥く。
「お前の白を喰う!」
白の剣士は歯を食いしばった。
そのとき。
頭の中に、昨日までの旅が浮かんだ。
灰色の村。
赤い花。
緑の芽。
街道を逃げていた人々。
そして――
まだ色を取り戻せる世界。
「……喰わせるものか!」
白の剣士は剣を地面へ突き立てた。
白い光が爆発する。
ワーグと狼たちが吹き飛ばされた。
「ぐあっ!」
森中に光が広がる。
灰色の木々。
灰色の草。
灰色の大地。
その一部に、わずかな色が戻った。
緑の葉が一枚。
赤い花が一輪。
青い水滴が一つ。
ほんのわずかな色。
それでも確かに、生きている色だった。
白の剣士は膝をついた。
「……これで」
呼吸が乱れる。
視界が揺れる。
腕を見る。
灰色が、肩近くまで広がっている。
「……使いすぎた」
ワーグは立ち上がった。
だが、もう戦おうとはしなかった。
「今日は……ここまでだ」
「待て!」
「その身体で追ってくるか?」
白の剣士は立とうとした。
しかし、足が動かない。
ワーグは笑う。
「お前は強い」
その声には、初めて敵への敬意があった。
「だが、その力には限界がある」
「……」
「いずれ、お前自身が灰色になる」
ワーグは森の奥へ歩いていく。
「その時、俺が喰ってやる」
「断る」
白の剣士は顔を上げた。
「その前に、お前たちを止める」
ワーグは振り返らずに笑った。
「なら、城へ来い」
その言葉だけを残し、姿を消した。
しばらくして。
森に静寂が戻った。
白の剣士は地面に座り込んだ。
疲労が限界だった。
だが、森を見る。
わずかに戻った色がある。
「……無駄じゃなかった」
白の剣士はそう呟いた。
そして、一晩休んだ。
翌朝。
身体に残っていた灰色は、また少し薄くなっていた。
完全ではない。
だが、歩ける。
白の剣士は森を抜けた。
そして、山の頂上へ続く道を進んだ。
しばらくして――
足を止めた。
「……あれが」
遠くに巨大な城が見えた。
空よりも黒い。
山々よりも巨大な城。
黒い塔が幾つも天へ伸びている。
その周囲には、黒い霧が渦巻いていた。
黒の魔王の居城。
白の剣士は、しばらくその姿を見つめた。
まだ遠い。
だが、確かに見える。
白の剣士は剣を握った。
「待っていろ」
黒い城を睨む。
「必ず行く」
そのとき。
背後から風が吹いた。
白の剣士は振り返る。
誰もいない。
ただ、街道の先に一枚の灰色の布が落ちていた。
拾い上げる。
布には、黒い紋章が刻まれていた。
「……魔王軍の印か」
白の剣士は布を握り潰した。
そして、黒い城へ続く道を見る。
その道には、無数の灰色の兵士が待ち構えていた。
城へ続く最後の街道。
その両脇には、巨大な石柱が並んでいる。
その奥から、兵士たちの足音が響いていた。
ドン。
ドン。
ドン。
白の剣士は剣を抜く。
「ここを越えれば――」
白い刀身が輝く。
「黒の魔王へ、一歩近づく」
灰色の軍勢が、一斉に槍を構えた。
白の剣士は一人だった。
それでも、退かなかった。
黒い城を見据える。
そして、一歩。
前へ進んだ。
第一部の旅は、終わりへ近づいていた。




