第八話 色を喰う者
朝。
白の剣士は岩陰で目を覚ました。
身体を起こし、最初に自分の腕を見る。
昨夜まで広がっていた灰色は、かなり薄くなっていた。
白の色が戻っている。
「……やはり、休めば戻る」
白の剣士は手を握った。
完全ではない。
それでも、まだ戦える。
剣を背負い、街道を歩き始める。
昨日、人々を逃がした街道を抜けると、道は次第に細くなっていった。
そして――
森へ入った。
昨日までの森とは違う。
ここは、異様なほど静かだった。
鳥の声もない。
風の音さえない。
ただ、白の剣士の足音だけが響いている。
しばらく進むと、道の中央に何かが落ちているのが見えた。
「……」
近づく。
灰色の布。
その下には、人の持ち物らしい小さな袋が落ちていた。
白の剣士は周囲を見る。
誰もいない。
だが、地面には無数の足跡が残っていた。
灰色の兵士。
そして――狼。
「また、ワーグか」
白の剣士は剣を抜いた。
その瞬間。
「正解だ」
木の上から声がした。
白の剣士が見上げる。
枝の上にワーグがいた。
「久しぶりだな、白」
「降りてこい」
「怖いな」
ワーグは笑う。
「だが、今日はお前と話がしたい」
「話?」
「そうだ」
ワーグが木から飛び降りる。
地面に着地すると、白の剣士と距離を取った。
「お前は、まだ自分の力を理解していない」
「なら教えてもらおうか」
「お前の剣は、普通の武器じゃない」
ワーグは白い剣を見る。
「色を喰らう者に対抗するために作られた剣だ」
白の剣士は黙って聞いている。
「俺たちが色を喰えば、その色は消える」
ワーグが地面の枯れ葉を踏む。
「だが、お前の剣は違う」
白い刀身を指す。
「喰われた色を、世界へ返すことができる」
「なら、なぜ俺の身体まで灰色になる?」
ワーグの笑みが消えた。
「色を返すには、代わりのものが必要だからだ」
「代わりのもの?」
「お前自身の色だ」
白の剣士は黙った。
「お前の白を削って、他の色を戻している」
ワーグは淡々と告げた。
「だから力を使うほど、お前は灰色になる」
「……」
「そして、一度灰色になった場所は――」
ワーグの目が細くなる。
「戻らなくなる」
白の剣士の表情が変わった。
「嘘だ」
「なら、確かめてみろ」
ワーグが牙を見せる。
「お前の身体に、前より灰色が残っているだろう?」
白の剣士は自分の腕を見る。
確かにそうだった。
朝には薄くなっている。
だが、以前よりも少しだけ灰色が濃い。
「……」
「お前は少しずつ、自分を失っている」
ワーグが一歩近づく。
「それでも色を戻すか?」
白の剣士は剣を見る。
白い刀身。
その白は、まだ美しい。
「戻す」
即答だった。
ワーグが目を見開く。
「なぜだ?」
「俺が灰色になることと、世界が灰色になることを比べる必要はない」
「同じことだ」
「違う」
白の剣士は剣を構えた。
「俺一人の白より、世界に残る色のほうが大切だ」
ワーグはしばらく黙っていた。
そして――笑った。
「やはり、お前は面白い」
身体が低く沈む。
「ならば、その白を全部喰ってやる!」
ワーグが飛びかかった。
白の剣士も迎え撃つ。
牙と剣がぶつかる。
キィン!
ワーグの爪が地面を削る。
白の剣士は横へ飛び、斬り返す。
ワーグがかわす。
「遅い!」
背後から爪。
白の剣士は剣で受け止める。
衝撃で地面を滑る。
「ぐっ……!」
ワーグがさらに押し込む。
「お前は守ることばかり考えている!」
白の剣士は歯を食いしばる。
「守ることの何が悪い!」
「守っている間に、世界は喰われる!」
ワーグの牙が迫る。
白の剣士は身体を捻った。
牙をかわす。
そのまま懐へ入り――
一閃。
ワーグの胸を白い斬撃が走った。
「ぐあっ!」
ワーグが吹き飛ぶ。
地面を転がり、木に激突する。
白の剣士は剣を構えたまま近づく。
「終わりだ」
ワーグは苦しそうに笑った。
「……まだだ」
立ち上がろうとする。
だが、足に力が入らない。
その身体から、灰色の煙が立ち上る。
「なぜ……俺の傷が消えない……」
白の剣士は気づいた。
白の剣による傷だけが、ワーグの身体から色そのものを奪っている。
「これが……」
ワーグは自分の傷を見た。
「色を守る剣……」
初めて恐怖の表情を浮かべた。
しかし、次の瞬間。
森の奥から無数の遠吠えが響いた。
アオォォォン!
一つ。
二つ。
十。
二十。
ワーグの群れが集まってくる。
白の剣士は周囲を見る。
「まだ仲間がいたのか」
ワーグが笑った。
「俺一人を倒したところで、終わりじゃない」
灰色の狼たちが木々の間から姿を現す。
「今日のお前は疲れている」
ワーグは後退する。
「ここで群れと戦えば、お前の白はもっと削れるぞ」
白の剣士は剣を握り直した。
確かに、その通りだった。
今、力を使えば身体の灰色が広がる。
だが――
背後には街道がある。
もし狼たちが村や人々を襲えば。
「……逃がすか」
白の剣士が一歩踏み出す。
ワーグは笑う。
「来い」
狼たちが一斉に走り出した。
白の剣士は剣を構えた。
白い光が、刀身から溢れる。
灰色の森の中。
白と灰が激しくぶつかり合った。
戦いの終わりは、まだ見えない。
そして――
森のさらに奥。
誰も知らない場所で。
一つの巨大な影が、静かに目を開いた。
白の剣士の存在を感じ取るように。
そして、低く呟いた。
「……白が目覚めたか」
黒の魔王は、静かに笑った。




