第七話 灰色の街道
街道は、どこまでも灰色だった。
白の剣士は一人、歩いていた。
道の両脇に並ぶ木々には、葉がほとんど残っていない。
かつては緑の木々が続いていたのだろう。
今は灰色の枝だけが空へ伸びている。
白の剣士は歩きながら、時々自分の腕を見た。
昨日、力を使ったことで広がった灰色。
一晩眠れば、ある程度は戻った。
今朝には、灰色だった部分の大半が消えていた。
だが、完全ではない。
「……少し残っている」
白の剣士は手を握る。
痛みはない。
身体も動く。
それでも、この灰色が何を意味するのかは分かっていた。
白の剣士は歩みを止めなかった。
しばらくすると、前方に人影が見えた。
一人ではない。
老人。
子ども。
荷物を抱えた人々。
十人ほどの集団が、街道を歩いている。
白の剣士は近づいた。
「どこへ向かっている?」
先頭を歩いていた老人が答えた。
「西の町へ」
「町?」
「この先に、まだ色が残っている場所があるらしい」
白の剣士は周囲を見る。
「誰から聞いた?」
「逃げてきた者からだ」
老人は声を落とした。
「灰色の兵士たちが来て、村も町も次々に襲われている。だが、西の町だけはまだ持ちこたえているらしい」
「なぜだ?」
「分からない」
老人は首を振る。
「ただ、町には昔から大きな白い塔があるそうだ」
白の剣士は目を細めた。
「白い塔……」
その言葉に、胸の奥がわずかに反応した。
しかし、理由は分からない。
そのとき。
集団の後ろから子どもの声がした。
「お腹すいた……」
老人が振り返る。
「もう少しだ」
「でも……」
子どもの手には、小さな灰色の果物が一つだけあった。
白の剣士は自分の荷物を探った。
森を出る前に手に入れた食料を取り出す。
「これを」
子どもに渡す。
「いいの?」
「ああ」
子どもが受け取る。
その顔に、ほんの少し笑顔が戻った。
だが――
その瞬間。
遠くから鐘の音が響いた。
ゴォン。
ゴォン。
老人たちの表情が変わる。
「……灰色の兵士だ」
街道の向こう。
灰色の兵士たちが姿を現した。
数は多い。
さらに後方には、灰色の馬に乗った兵士までいる。
「逃げろ!」
白の剣士が叫ぶ。
「森へ入れ!」
「あなたは?」
「俺が足止めする」
「一人でなんて無茶だ!」
白の剣士は剣を抜いた。
「大丈夫だ」
白い刀身が輝く。
「こういうのには慣れている」
灰色の兵士たちが走ってくる。
白の剣士も走った。
最初の兵士の剣を弾く。
踏み込む。
一閃。
倒れる。
二人目。
三人目。
四人目。
街道の中央で、白の剣士は一人で戦い続ける。
背後では、人々が森へ逃げていく。
それを確認すると、白の剣士はさらに前へ出た。
だが、兵士の数は減らない。
「……きりがない」
そのときだった。
灰色の兵士たちの中から、一人だけ鎧の違う者が前へ出た。
黒に近い灰色の鎧。
手には長い剣。
「白の剣士」
低い声が響く。
「黒の魔王様は、お前を城へ連れてこいと命じている」
「断る」
「ならば、殺せ」
兵士たちが一斉に襲いかかる。
白の剣士は剣を振った。
だが――
キィン!
黒灰色の兵士の剣が、白の剣を受け止めた。
「……強い」
「お前の白い剣について、我々は知っている」
剣を押し込んでくる。
「その力は、色を戻す」
白の剣士は目を細めた。
「誰から聞いた?」
「黒の魔王様だ」
白の剣士は力を込める。
「なら、伝えておけ」
白い光が刀身から溢れた。
「俺は城へ行く」
「……!」
「だが、捕らえられるためじゃない」
一気に押し返す。
「黒の魔王を倒すためだ」
白い斬撃が走った。
黒灰色の兵士は後方へ吹き飛ばされる。
白の剣士は追撃する。
しかし、その瞬間。
背後から叫び声が聞こえた。
「白の剣士!」
振り返る。
森へ逃げたはずの人々の前に、別の兵士たちが現れていた。
「しまった……!」
白の剣士は駆け戻る。
子どもを狙って剣が振り下ろされる。
白の剣が間に入る。
ガキン!
白の剣士は兵士を蹴り飛ばした。
「走れ!」
人々は森の奥へ逃げる。
白の剣士はその背中を守る。
最後の兵士を倒した時には、空はすでに暗くなっていた。
白の剣士は膝に手をついた。
息が荒い。
腕を見る。
灰色が広がっている。
「……またか」
白の剣士は苦笑した。
だが、今度は恐ろしくなかった。
人々は無事だ。
それだけでいい。
森の奥から、子どもの声が聞こえた。
「ありがとう!」
白の剣士は振り返る。
「……ああ」
小さく手を上げる。
人々の姿が見えなくなる。
白の剣士は街道へ戻った。
その先に、一本の道標が立っている。
灰色の文字。
そこには、こう書かれていた。
――黒の居城まで、あと三つの大地。
白の剣士は道標を見つめた。
「三つ……」
まだ遠い。
それでも、初めて距離が見えた。
白の剣士は剣を背負う。
そして、街道を西へ向かった。
その夜。
白の剣士は小さな岩陰で横になった。
目を閉じる直前、自分の手を見る。
灰色に染まった部分がある。
しかし、その隣にはまだ白が残っている。
「……負けるものか」
白の剣士は目を閉じた。
灰色の世界の中。
白だけは、まだ消えていなかった。




