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BLACK EATER ―色を喰らう魔王と、四色の英雄―  作者: まーサンタ
第一部 白の旅

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第六話 ワーグの群れ



 朝。


 白の剣士は、古い小屋の中で目を覚ました。


 昨夜は、街道を外れた場所にある廃屋を見つけ、そこで一晩を過ごした。


 身体を起こす。


「……」


 昨日までの疲労が、嘘のように軽くなっている。


 白の剣士は自分の手を見た。


 指先。


 手の甲。


 腕。


 昨日、一瞬だけ灰色に見えた場所には、もう灰色はなかった。


「……戻っている」


 手だけではない。


 身体に残っていた、わずかな灰色が消えている。


 白の剣士は自分の腕を見つめた。


「眠れば……戻るのか」


 昨日、ワーグが言った。


 力を使えば、自分の色も失われる。


 その言葉は嘘ではなかった。


 しかし、すべてが失われるわけでもない。


 一晩休めば、少しずつ戻ってくる。


「なら……まだ戦える」


 白の剣士は立ち上がった。


 外へ出る。


 灰色の朝だった。


 空は灰色。


 大地も灰色。


 だが、昨日植えられた種の芽だけは、道端で小さな緑を見せていた。


「……生きている」


 白の剣士は、ほんの少しだけ笑った。


 そのとき。


 遠くから馬の走る音が聞こえた。


 昨日の馬車だった。


 しかし、様子がおかしい。


 馬車は激しく揺れ、御者が必死に手綱を握っている。


 その後ろから――


 灰色の狼たちが追っていた。


「ワーグの群れ……!」


 白の剣士は剣を抜いた。


 馬車が近づいてくる。


「助けてくれ!」


 御者が叫ぶ。


 白の剣士は道の中央へ出た。


「止まれ!」


「無理だ!」


 馬車の後ろから狼が飛びかかる。


 白の剣士が斬り払った。


 狼が吹き飛ぶ。


 続いて左右から二匹。


 一匹を斬り、もう一匹を蹴り飛ばす。


 だが、まだいる。


 十匹。


 二十匹。


 さらに増えていく。


「どこからこれだけ……!」


 灰色の狼たちは馬車ではなく、積まれている種を狙っていた。


 その事実に白の剣士は気づいた。


「種を奪うつもりか」


 ワーグの声が森の奥から響く。


「そうだ!」


 巨大な影が現れる。


「色を残す種など、世界には必要ない!」


 ワーグが歩いてくる。


「灰色になれば、苦しむこともない」


「それは違う」


 白の剣士は答えた。


「色を失うことは、生きることを諦めることだ」


「ほう」


 ワーグが笑う。


「ならば守ってみろ」


 狼の群れが一斉に襲いかかった。


 白の剣士は剣を振る。


 一匹。


 二匹。


 三匹。


 次々と狼を退ける。


 だが、群れは途切れない。


 倒しても倒しても、灰色の森から新たな狼が現れる。


「くっ……!」


 白の剣士の呼吸が乱れる。


 その隙に、一匹が馬車へ向かう。


「させるか!」


 白の剣士は追う。


 狼の爪を剣で受け止める。


 だが、その背後から別の狼が迫る。


「しまった!」


 ――ガキン!


 爪が白の剣に弾かれた。


 白い光が広がる。


 狼たちが一斉に後退した。


 白の剣士は息を整える。


「この群れを……一気に止める」


 剣を地面へ突き立てる。


 白い光が、街道を走った。


 狼たちの足元が白く染まる。


 一匹。


 二匹。


 次々と動きを止めていく。


 しかし、白の剣士の顔から血の気が引いていった。


 身体の力が急速に抜けていく。


「ぐっ……!」


 膝をつきそうになる。


 昨日よりも強い力を使っている。


 だからこそ――


「まだだ……!」


 剣を握り直す。


「ここで止める!」


 白い光がさらに強くなる。


 狼たちが一斉に吹き飛ばされた。


 街道に静寂が戻った。


 白の剣士は肩で息をしていた。


 自分の腕を見る。


 やはり、灰色が浮かんでいる。


 昨日より広い。


 手の甲から肘へ。


「……」


 白の剣士は目を閉じた。


 だが、顔を上げる。


「夜になれば……また戻る」


 そう言って、自分を奮い立たせた。


 そのとき。


 ワーグがゆっくりと立ち上がった。


 傷を負っている。


 しかし、まだ倒れていない。


「面白い」


 ワーグは白の剣士を見る。


「お前は、自分が灰色になることを知っても、まだ使うのか」


「必要だからな」


「いずれ戻らなくなるぞ」


「その時は――」


 白の剣士は剣を構えた。


「その時に考える」


 ワーグが牙を見せる。


「愚かな奴だ」


 だが、その声には初めて警戒が混じっていた。


「お前を喰えば、どれほどの色が手に入るだろうな」


「試してみるか?」


 白の剣士が一歩踏み出す。


 ワーグは笑った。


「今日はやめておこう」


「逃げるのか」


「違う」


 ワーグは灰色の森を振り返った。


「お前を倒すには、群れだけでは足りない」


 そう言い残し、ワーグは森の奥へ消えていった。


 白の剣士は追わなかった。


 馬車を見る。


 種は無事だった。


「……よかった」


 御者が震えながら頭を下げる。


「ありがとう」


「町まで行け」


「あなたは?」


「俺は別の道を行く」


 白の剣士は街道の先を見た。


 灰色の大地の向こう。


 遠くに山々が見える。


 そのさらに向こうに、黒の魔王の居城がある。


 白の剣士は歩き出した。


 だが、数歩進んだところで、もう一度自分の腕を見る。


 灰色は、まだ消えていない。


 それでも。


 一晩眠れば、少しずつ戻る。


 ならば今は、それでいい。


 白の剣士は剣を握り直した。


 灰色の世界を、再び歩き始める。


 その背後で。


 馬車に積まれた種から、小さな緑の芽が一つだけ顔を出していた。

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