第五話 白い剣の力
森を抜けると、夕暮れだった。
しかし、空は灰色のままだった。
本来なら赤や橙に染まるはずの空に、色はない。
白の剣士は歩き続けた。
背中には、森で受けた傷がある。
肩の傷は深くない。
だが、身体は重かった。
「……少し休むか」
街道脇にある古い石壁へ腰を下ろす。
剣を膝の上に置く。
白い刀身。
傷一つない。
これまで何度も激しい戦いを繰り返したにもかかわらず、刃はまったく曇っていなかった。
白の剣士は刀身を見つめた。
「色を守る剣……」
森でワーグが言った言葉が頭から離れない。
喰われた色を呼び戻す力。
それが本当なら、この剣にはまだ知らない力がある。
そのときだった。
道の向こうから声が聞こえた。
「誰かいるのか!」
白の剣士が立ち上がる。
灰色の馬車が一台、こちらへ向かっていた。
馬車を引いているのは、疲れ切った二頭の馬。
その後ろには数人の人々が乗っている。
「助けてくれ!」
御者が叫んだ。
白の剣士が道の中央へ出る。
「何があった?」
「灰色の兵士だ!」
その瞬間。
街道脇から矢が飛んできた。
白の剣士が剣で弾く。
続けて、灰色の兵士たちが姿を現した。
「またか」
兵士たちは馬車を取り囲む。
白の剣士は剣を抜いた。
襲いかかる兵士を一人ずつ斬り伏せる。
だが、今回は様子が違った。
兵士たちは白の剣士を狙っていない。
馬車の荷台に積まれた木箱を狙っている。
「何が入っている?」
御者に尋ねる。
「……種だ」
「種?」
「この先の町へ持っていく。まだ色を残している植物の種だ」
白の剣士は木箱を見る。
蓋の隙間から、小さな緑色が見えた。
兵士たちが狙っている理由は明らかだった。
「そういうことか」
白の剣士は兵士の群れへ飛び込んだ。
斬る。
弾く。
かわす。
だが、次々と兵士が現れる。
「多すぎる……!」
剣士が息を切らした。
その瞬間。
一人の兵士が馬車へ向かって槍を投げた。
「しまった!」
白の剣士は間に合わない。
槍が木箱へ突き刺さる。
箱が砕ける。
中から無数の種が地面へこぼれた。
白の剣士は駆け寄った。
灰色の地面に、小さな種が散らばっている。
踏まれれば終わる。
兵士たちが一斉に迫ってきた。
「……まだだ」
白の剣士は剣を握った。
「まだ終わっていない」
白い刀身が輝く。
その光が、地面へ広がった。
種を包み込む。
すると――
小さな芽が、一斉に地面から顔を出した。
緑。
灰色の世界に生まれた、鮮やかな緑。
「これは……」
御者が息を呑む。
芽は次々と伸びていく。
兵士たちの足元にも絡みつき、その動きを止めた。
「今だ!」
白の剣士が走る。
一閃。
最後の兵士が倒れた。
静かになった街道に、風が吹く。
芽が揺れる。
白の剣士は膝をついた。
「……できた」
だが、喜びはすぐに消えた。
身体から力が抜ける。
「っ……!」
剣を地面へ突き立てる。
立っていられない。
「大丈夫か!」
御者が駆け寄る。
「……問題ない」
「いや、顔色が悪いぞ」
白の剣士は答えなかった。
白い剣を見る。
さっきまで強く輝いていた刀身が、今はわずかに光っているだけだった。
「この力……」
使えば使うほど、自分の力を消耗する。
それだけではない。
白の剣士は気づいた。
剣の柄を握る手が、わずかに震えている。
「代償があるのか」
力には、必ず代償がある。
そう理解した。
御者が地面の芽を見る。
「この種は、もう芽を出さないと思っていた」
「……そうなのか」
「ああ。色を奪われた土地では、何を植えても育たなかった」
御者は芽を一つ見つめる。
「でも、これなら……」
その声には、久しぶりの喜びがあった。
白の剣士は立ち上がった。
「町へ運べ」
「え?」
「その種を」
白の剣士は剣を鞘へ収めた。
「少しでも色を残せるなら、植えるべきだ」
御者は何度も頷いた。
「分かった」
馬車が動き始める。
白の剣士も歩き出そうとした。
だが、その足が止まる。
街道の先。
灰色の霧の向こうに、巨大な影があった。
狼。
ワーグだった。
遠くから白の剣士を見つめている。
「……」
ワーグは何も言わない。
ただ、その目には明らかな興味が浮かんでいた。
やがて、低い声が響く。
「力を使えば、色は戻る」
白の剣士は剣に手を添える。
「だが――」
ワーグが笑う。
「お前自身の色も、少しずつ消えていくぞ」
白の剣士の表情が変わった。
「……何?」
「その剣は、お前の命を使って色を戻している」
風が止まった。
「使い続ければ、お前自身が灰色になる」
ワーグはそれだけ言うと、霧の中へ消えていった。
白の剣士は自分の手を見る。
白い。
いつもと変わらない。
だが――
ほんの一瞬。
指先が、灰色に見えた。
「……気のせいか」
握りしめる。
そして、街道の先を見る。
馬車が小さくなっていく。
その向こうには、まだ灰色の世界が広がっている。
色を取り戻す力。
それを使えば、人々を救える。
しかし、使い続ければ自分が失われる。
白の剣士はしばらく黙っていた。
やがて剣を背負う。
「それでも……」
歩き出す。
「必要なら、使う」
灰色の道を、一人で進んでいく。
その手には白い剣。
その胸には、まだ消えていない白い光。
しかしその光の奥には――
わずかな灰色が、確かに生まれ始めていた。




