第四話 色喰らいの森
泉をあとにして、白の剣士は森の奥へ進んでいた。
ワーグを追うためではない。
この森で、何が起きているのか。
それを確かめるためだった。
進むほど、森の様子は異様になっていった。
木々は灰色。
草も灰色。
鳥の鳴き声すら聞こえない。
だが、奇妙なことに、森の奥へ進むほど灰色の濃さが増していた。
「……ここは」
白の剣士が立ち止まる。
地面に無数の足跡が残っていた。
狼。
それだけではない。
人間のものとも獣のものともつかない、大きな足跡。
白の剣士はしゃがみ込んだ。
「何匹いる……?」
足跡は森の奥へ続いている。
その先から、かすかな音が聞こえた。
ズズ……。
何かを吸い込むような音。
白の剣士は剣に手をかけた。
慎重に進む。
木々を抜けた先に、広い空間があった。
そこには一本の巨大な樹が立っていた。
森の他の木々とは違う。
灰色ではない。
その樹には、わずかに緑が残っていた。
葉が風に揺れている。
白の剣士は息を呑んだ。
「まだ……緑がある」
だが、その樹の根元には――
灰色の兵士たちがいた。
兵士たちは樹を囲んでいる。
そして、その中心に一人の異様な兵士が立っていた。
灰色の鎧。
他の兵士よりも大きな身体。
手には巨大な斧。
「見つけたか」
兵士が振り返る。
「白の剣士」
白の剣士は眉をひそめた。
「俺を知っているのか」
「黒の魔王様は、お前の目覚めを知っている」
巨大な兵士が斧を構えた。
「白の色を持つ者」
兵士たちが一斉に動く。
白の剣士も剣を抜いた。
戦いが始まった。
灰色の兵士が四方から襲いかかる。
白の剣士は一人を斬り、二人目の攻撃を受け流す。
背後から槍。
身を捻る。
白い剣が閃く。
兵士が倒れる。
だが、数が多い。
「くっ……!」
巨大な兵士が斧を振り下ろす。
ドォン!
地面が砕けた。
白の剣士は横へ転がる。
斧が再び迫る。
白の剣で受け止める。
「重い……!」
「お前一人では勝てん」
巨大な兵士が押し込んでくる。
「世界はもう、黒の魔王様のものだ」
「違う」
白の剣士は力を込めた。
「この世界は――誰か一人のものじゃない!」
白い光が剣から溢れた。
巨大な兵士が吹き飛ぶ。
白の剣士はその隙に、巨大な樹へ走った。
「何をする!」
樹の根元に、黒い杭が何本も打ち込まれている。
そこから灰色の煙が吸い上げられていた。
白の剣士は理解した。
「この杭が……色を奪っているのか」
剣を振る。
一本。
二本。
三本。
黒い杭が破壊される。
その瞬間。
樹から強烈な緑の光が溢れた。
森が震える。
灰色だった葉が、一枚だけ緑に戻った。
そして、もう一枚。
さらに一枚。
ほんの少しずつ、色が戻っていく。
「そんな……」
巨大な兵士が呆然とする。
「色が……戻っている?」
白の剣士は息を整えながら樹を見上げた。
緑。
わずかだが、確かに緑だった。
しかし。
森の奥から、不気味な笑い声が響いた。
「なるほど……」
低い声。
白の剣士が振り返る。
そこにはワーグがいた。
「やっぱり、お前は色を戻せるんだな」
ワーグは楽しそうに笑っていた。
「白の剣士。お前が何者なのか、少し分かってきたぞ」
「何?」
「お前は色を守るだけじゃない」
ワーグの目が細くなる。
「喰われた色を、呼び戻せる」
白の剣士は剣を見る。
白い刀身が静かに輝いている。
「……この力が」
「そうだ」
ワーグは牙を見せる。
「だから黒の魔王様は、お前を欲しがっている」
「俺を?」
「お前の白を喰えば――」
ワーグの口が大きく開く。
「すべての色に届く」
白の剣士の表情が変わった。
黒の魔王が、なぜ自分を狙うのか。
初めて、その理由の一端が見えた。
「なら、なおさら渡すわけにはいかない」
白の剣士は剣を構えた。
ワーグは笑った。
「今日は戦わない」
「逃げるのか」
「違う」
ワーグは森の奥を振り返る。
「もっと面白いものを見せてもらった」
そう言い残し、灰色の霧の中へ消えていった。
白の剣士は追わなかった。
巨大な樹を見る。
まだ灰色の森の中で、そこだけが少しずつ緑を取り戻している。
だが、その緑はあまりにも小さい。
世界のほとんどは、まだ灰色だ。
白の剣士は空を見上げた。
灰色の空の向こうに、本来なら青い空がある。
「黒の魔王……」
その名を口にする。
「お前は、何をしようとしている?」
答えはない。
ただ、風が吹いた。
緑の葉が揺れた。
白の剣士は歩き出した。
森の出口へ。
そして、黒の魔王が待つ場所へ。
まだ遠い。
それでも、一歩ずつ進むしかない。
灰色の世界に、再び色を取り戻すために。




