第四十話 群狼の牙
灰色の霧が、森を覆っていた。
「白!」
「緑! 青! 赤!」
互いの声を呼び合う。
しかし、返事はない。
霧が濃すぎる。
数歩先すら見えない。
白の剣士は剣を構えたまま、慎重に歩いた。
「……みんな、無事なのか」
そのとき――
グルル……。
低い唸り声。
白の剣士が振り返る。
霧の向こうに、二つの目が浮かんでいた。
「……狼?」
一匹。
さらに一匹。
そして――
十。
二十。
三十。
灰色の狼たちが、霧の中から次々と現れた。
その姿は、かつて白の剣士が戦った灰色の兵士たちとは違う。
獣そのもの。
群れで動き、互いの間隔を保ちながら、じわじわと包囲してくる。
「なるほど……」
白の剣士は剣を握り直す。
「俺たちを分断するためか」
狼たちは一斉に駆け出した。
「来い!」
白の剣士が剣を振る。
一匹。
二匹。
迫る狼を次々と退ける。
だが――
倒れた狼は灰色の霧となり、再び別の場所から姿を現す。
「……!」
数が減らない。
むしろ、白の剣士を森の奥へ追い込んでいる。
「そういうことか……!」
狼たちは倒すことが目的ではない。
追い立てている。
仲間から遠ざけるために。
「だったら――」
白の剣士は反対方向へ走ろうとする。
だが、そこにも狼の群れ。
「くっ……!」
剣を振る。
狼を退ける。
その隙に別の群れが横から迫る。
「数が多すぎる!」
白の剣士は走る。
狼たちも追う。
そのまま白の剣士の姿は、霧の向こうへ消えていった。
* * *
森の別の場所。
「白!」
赤の武闘家が叫んでいた。
返事はない。
「くそっ!」
拳で霧を払うように振る。
しかし、灰色の霧は消えない。
そのとき――
グルルル……。
「……!」
赤の武闘家が振り返る。
そこにも狼。
数十匹。
「お前たちもか!」
赤の武闘家の全身に赤いチャクラが走る。
狼たちが飛びかかる。
「はあっ!」
拳。
蹴り。
回転。
次々と狼を弾き飛ばす。
だが、狼たちは正面から戦わない。
左右から攻める。
背後へ回る。
赤の武闘家が追えば、別の狼が反対側へ走る。
「……俺を誘導しているのか」
狼たちは少しずつ赤を森の奥へ追い込んでいく。
「白たちから離れろってことか」
赤の武闘家が笑う。
「そう簡単にいくか!」
地面を蹴る。
一気に群れを飛び越えようとする。
しかし――
空中から別の狼が飛びかかってきた。
「なにっ!」
赤の武闘家は腕で受け止める。
そのまま地面へ着地。
気づけば――
周囲に仲間の姿はなかった。
「……やられた」
赤の武闘家は拳を握る。
「分断するつもりか」
森の奥で、狼たちが唸っていた。
* * *
さらに別の場所。
緑の弓使いは木の上にいた。
「……どこへ行った?」
下を見渡す。
白も。
青も。
赤もいない。
聞こえるのは、狼たちの足音だけ。
「なるほど」
緑の弓使いは弓を構える。
「僕だけじゃなく、全員を別々に追い込んでいる」
木々の間を狼が走る。
矢を放つ。
ヒュッ!
狼の前へ突き刺さる。
別の矢。
さらに一矢。
狼たちの動きを止める。
「僕を追うなら――」
緑の弓使いは別の木へ飛び移る。
「森の中では、僕のほうが有利だ」
しかし――
狼たちは追ってこない。
「……?」
その代わり、別の方向へ走っていく。
まるで何かを誘っているように。
緑の弓使いが目を細める。
「僕を追うんじゃない」
狼たちの動きを読む。
「……仲間から離れたことを確認しているのか」
緑の弓使いは弓を下ろした。
「やられたな」
* * *
川の音が聞こえていた。
青の槍使いは、その音を頼りに森を進んでいた。
「川があるなら……」
その瞬間。
狼が横から飛びかかる。
「!」
槍で受け流す。
さらに二匹。
三匹。
青の槍使いは槍を回転させ、すべて退ける。
「君たちも、俺を追っているのか」
狼たちは答えない。
ただ、一定の距離を保っている。
「……おかしい」
青の槍使いは周囲を見る。
「攻撃するつもりなら、もっと一気に来るはずだ」
狼たちは少しずつ後退する。
そして、青の槍使いを川沿いへ誘導していく。
「そういうことか」
青の槍使いが呟く。
「四人を、それぞれ別の方向へ」
槍を握る。
「だが、俺たちは必ず合流する」
その言葉が、誰もいない森に消えた。
* * *
夜。
黒の森の四つの場所で、それぞれが焚き火を囲んでいた。
白の剣士。
緑の弓使い。
青の槍使い。
赤の武闘家。
四人とも無事だった。
だが――
誰一人として、仲間の場所が分からない。
それぞれの周囲には、灰色の狼たち。
一定の距離を保ち、夜が明けるのを待っている。
そして黒の居城。
最上階から、その様子を見下ろす黒の魔王。
「ワーグの群れか」
その足元には、一匹の巨大な灰色の狼。
鋭い牙。
赤く光る目。
群れを率いる――ワーグ。
「四人を分断するには、あれが最適だ」
黒の魔王が静かに言う。
ワーグは低く唸った。
「四色は、互いに支え合えば厄介です」
「ならば――」
黒の魔王が森を見る。
「支え合えない場所へ追い込めばいい」
灰色の森の中。
四つの色は、それぞれ孤立していた。
しかし――
誰も諦めてはいなかった。
白の剣士は剣を握る。
緑の弓使いは弓を手にする。
青の槍使いは槍を立てる。
赤の武闘家は拳を握る。
そして、それぞれが同じことを考えていた。
――必ず、仲間のところへ戻る。
ワーグの群れによる分断。
四色の絆が、初めて試されようとしていた。




