第三十話 赤と灰の追走
夜が明けた。
赤の武闘家は、谷を越えていた。
手の中には、町でもらった赤い石。
腰には、簡素な布袋。
それ以外に、持っているものはほとんどない。
北へ。
赤い石が示す方向へ。
歩き続ける。
だが――
背後から、嫌な気配が近づいていた。
「……来たか」
赤の武闘家は足を止める。
振り返る。
灰色の霧が、遠くの大地を覆っていた。
その中心から――
無数の灰色の兵士が現れる。
さらに、その先。
巨大な狼の姿。
「ワーグ……」
赤の武闘家が拳を構える。
ワーグは歩みを止めた。
「逃げないのか?」
「逃げる必要がない」
「そうか」
ワーグが笑う。
「ならば、今度こそ終わらせよう」
灰色の兵士たちが一斉に走り出す。
赤の武闘家も駆けた。
拳が閃く。
兵士を一人。
蹴りで二人。
身体を回転させ、さらに三人を吹き飛ばす。
だが――
敵は多い。
「多すぎる……!」
赤の武闘家は息を切らす。
チャクラを全身へ巡らせる。
赤い光が強くなる。
「まだだ!」
拳を地面へ叩きつける。
ドンッ!
衝撃が地面を走り、兵士たちを吹き飛ばす。
その隙に前へ進む。
戦う。
進む。
また戦う。
それでも灰色の兵士たちは追ってくる。
「目的は俺だろ!」
赤の武闘家が叫ぶ。
「なら、俺について来い!」
そのまま走り出した。
兵士たちが追う。
ワーグも走る。
赤の武闘家は山道へ入った。
狭い岩場。
兵士たちの数が減る。
「ここなら……」
赤の武闘家は振り返った。
拳を構える。
「まとめて相手ができる」
灰色の兵士たちが押し寄せる。
赤い拳が次々と唸る。
ドン!
ガン!
ドォン!
灰色の兵士が倒れていく。
しかし――
ワーグが飛び込んできた。
「そこまでだ!」
巨大な爪。
赤の武闘家は両腕で受け止める。
「ぐっ……!」
地面が大きく沈む。
「前より強くなったな」
ワーグが笑う。
「だが――」
赤の武闘家の身体から赤い光が広がる。
「俺も同じだ!」
ワーグを押し返す。
拳を振る。
ワーグがかわす。
爪が迫る。
かわす。
拳。
爪。
拳。
爪。
二人の攻防は激しさを増していく。
そのとき――
赤の武闘家の手元から、赤い石が落ちた。
「……!」
地面に転がる。
石が赤く輝く。
そして――
光が一本の道を示した。
山道の脇。
崖の向こう。
細い道が続いている。
「……あそこか」
赤の武闘家はワーグの攻撃をかわした。
「悪いな」
拳を放つ。
ワーグが吹き飛ぶ。
赤の武闘家は赤い石を拾い、その道へ走った。
「待て!」
ワーグが追う。
しかし――
道の先には、巨大な岩壁があった。
行き止まり。
「……!」
赤の武闘家が立ち止まる。
ワーグが追いつく。
「終わりだ」
灰色の兵士たちが二人を囲む。
逃げ道はない。
赤の武闘家は拳を握った。
「……なら」
赤いチャクラが全身を包む。
「道を作る」
岩壁へ向かって走る。
「何をする!」
拳を引く。
全身のチャクラを一点へ集中。
「はあああっ!」
拳が岩壁へ叩き込まれた。
ドォォォォン!
巨大な亀裂が走る。
岩壁が崩れる。
その向こうから――
朝の光が差し込んだ。
「……!」
赤の武闘家は目を細める。
そこには、山の反対側へ続く道があった。
赤い石が示していたのは、この道だった。
「逃がすか!」
ワーグが追いかける。
だが、崩れた岩が道を塞いだ。
「くそっ!」
赤の武闘家は振り返らない。
ただ走る。
しばらくして、山を抜けた。
目の前に広がったのは――
巨大な平原。
遠くには黒い山々。
さらにその向こう。
かすかに見える黒い塔。
「……黒の居城」
赤の武闘家は立ち止まった。
まだ遠い。
だが、確かに見える。
そのとき――
赤い石が強く輝いた。
北の空へ光が伸びる。
そして、その光の先に――
一瞬だけ白い光が現れた。
「……白?」
赤の武闘家が目を細める。
さらに遠く。
白い光はすぐに消えた。
だが、それだけで十分だった。
「……いる」
自分と同じように戦っている英雄が。
赤の武闘家は拳を握った。
「必ず会う」
そして――
黒の居城へ向かって歩き出した。
その頃。
遥か遠くの道では、白の剣士が一人、歩いていた。
さらに別の場所では、青の槍使いと緑の弓使いが黒い城を目指している。
四つの色。
四つの道。
それぞれが――
少しずつ、一つの場所へ近づいていた。




