第二十一話 青を狙う翼
朝。
青の槍使いは、青い湖のほとりに立っていた。
昨夜まで荒れていた湖は、今では静かだった。
水面には山が映っている。
空も。
雲も。
そして、青の槍使い自身の姿も。
すべてが水面に揺れていた。
「……青は、まだ残っている」
槍を握る。
その槍にも、以前より濃い青い光が宿っていた。
湖の守り手から受け取った力。
川を流れる水。
滝から落ちる水。
そのすべてが一本の槍へ繋がっているようだった。
だが――
そのとき。
水面に、黒い影が映った。
「……?」
青の槍使いが空を見上げる。
何もいない。
だが、次の瞬間。
湖の水面が大きく波打った。
バサァッ!
灰色の翼が空を覆う。
「見つけたわ」
アエロー。
巨大な翼を広げ、湖の上空を旋回している。
青の槍使いは槍を構えた。
「またお前か」
「ええ」
アエローが笑う。
「昨日は油断したわ」
「逃げたの間違いじゃないのか」
「……生意気ね」
アエローの目が細くなる。
「今度は逃げない」
翼が大きく開く。
灰色の風が湖を走った。
水面が大きく波打つ。
青の槍使いは槍を構えたまま、足を踏ん張った。
「湖を狙うのか」
「もちろん」
アエローは湖を見下ろす。
「この青は、とても濃い」
舌で唇をなぞる。
「これだけの青を食べれば、きっと私はもっと強くなれる」
「させない」
青の槍使いが走った。
湖面を蹴る。
槍を突き出す。
アエローは上昇した。
「届かないわ!」
青の槍使いは止まらない。
湖面を走る。
一歩。
二歩。
三歩。
槍を振る。
青い水流が槍先から飛び出した。
アエローが翼で弾く。
「そんな攻撃!」
水が弾ける。
アエローは急降下した。
「今度は私の番!」
鋭い爪が迫る。
青の槍使いは槍で受け止めた。
ガキィン!
衝撃で湖面へ叩きつけられる。
「ぐっ!」
水中へ沈む。
アエローが追撃する。
灰色の風が水中へ入り込んでくる。
湖の青が、灰色へ変わっていく。
「……!」
青の槍使いは目を見開いた。
「水まで……!」
アエローは笑う。
「色は、逃げられないのよ」
灰色の風が湖を覆っていく。
魚が逃げる。
水草が灰色になる。
湖の青が少しずつ失われていく。
「やめろ!」
青の槍使いは槍を突き立てた。
青い光が広がる。
しかし――
灰色の風が強すぎる。
「くっ……!」
押し返される。
アエローがさらに風を強める。
「あなたも一緒に、青く染まった水の底へ沈みなさい!」
巨大な竜巻が湖の中央に生まれた。
水が空へ巻き上げられる。
青の槍使いも身体を持ち上げられた。
「……!」
槍を湖底へ突き刺す。
手を離さない。
風に身体を引きずられながら、それでも槍を握る。
そのときだった。
湖の底から――
青い光が現れた。
一つ。
二つ。
無数の光。
湖に生きる魚たち。
水草。
小さな生き物。
そして、川へ流れ出す水。
すべてが青の槍へ集まってくる。
「……みんな」
青の槍使いは槍を握り直した。
「力を貸してくれるのか」
青い光が強くなる。
湖の中央から巨大な水柱が立ち上がった。
「なっ……!」
アエローが驚く。
青の槍使いは水柱の中から飛び出した。
槍を振る。
「これが――」
槍に集まった青が、巨大な水流となる。
「この湖の力だ!」
ドォォォォン!
水流がアエローを直撃する。
「きゃあああっ!」
アエローが吹き飛ばされる。
灰色の風が消えていく。
湖を覆っていた灰色も、少しずつ薄くなる。
アエローは空中で体勢を立て直した。
「……まだ!」
翼を広げる。
だが――
青の槍使いはすでに懐へ入っていた。
「遅い」
槍の柄で、アエローの身体を打つ。
ドンッ!
「ぐっ!」
さらに一撃。
そして――
「これで終わりだ!」
青い槍が閃いた。
アエローの翼をかすめる。
灰色の羽根が大量に舞った。
アエローは慌てて距離を取る。
「……覚えていなさい!」
怒りに顔を歪める。
「その青は、必ず全部喰らってやる!」
灰色の雲へ飛び込んでいく。
青の槍使いは追わなかった。
槍を下ろし、湖を見る。
灰色に染まりかけていた水は、もう青へ戻り始めていた。
「……行ったか」
そのとき。
湖の守り手が水面から顔を出した。
巨大な青い獣。
その姿には、もう灰色の染みはない。
青の槍使いと目を合わせる。
「心配するな」
青の槍使いが言う。
「俺は、まだ負けない」
獣は静かに湖へ潜っていった。
青の槍使いは、黒い山を見上げる。
山の向こうには、黒の城。
そして、その周囲を覆う灰色の雲。
「魔王は、あの場所にいる」
槍を背負う。
「なら、行くしかない」
湖を離れ、川上へ進む。
しばらく歩いたところで、青の槍使いは足を止めた。
川が二つに分かれている。
一方は黒い山へ。
もう一方は、深い森へ。
「……どっちだ」
その瞬間。
水面に、何かが浮かんだ。
一枚の葉。
鮮やかな――
緑。
青の槍使いは、それを拾い上げる。
「緑……?」
葉には、小さな傷がついていた。
そして遠くの水面には――
一本の折れた矢が流れていた。
青の槍使いは、それを見つめる。
「……誰か、ここを通ったのか」
知らない。
その矢を持つ者が誰なのか。
生きているのか。
死んでいるのか。
ただ、青の槍使いは矢を川岸へ置いた。
「……生きているなら、また会おう」
そして、黒い山へ続く川を選んだ。
川は青く流れている。
その流れの先には――
黒の魔王が待っている。
青の旅は、終着点へ近づき始めていた。




