第二話 灰色の村
山を下りてから、どれほど歩いただろう。
白の剣士の前には、灰色の道が続いていた。
道端に咲いていたはずの花も灰色。
木々の葉も灰色。
空を飛ぶ鳥さえ、羽ばたくたびに灰色の粉を落としている。
白の剣士は足を止めた。
「……静かすぎる」
以前なら、人の声や荷車の音が聞こえていたはずの道だった。
しかし今は、風の音しかない。
そのときだった。
遠くから、かすかな声が聞こえた。
「助けて!」
白の剣士は走った。
丘を越える。
その先に、小さな村があった。
だが、村は灰色だった。
家も。
畑も。
井戸も。
そこにいる人々の服も。
すべてが灰色。
そして村の入り口には、灰色の兵士たちがいた。
「逃げろ!」
「家の中へ!」
「子どもを守れ!」
村人たちが必死に逃げ回っている。
灰色の兵士が村人へ剣を振り下ろした。
キィン!
白の剣が、その一撃を受け止めた。
村人が目を見開く。
「……誰だ?」
「下がっていろ」
白の剣士は兵士を押し返した。
もう一人が横から襲いかかる。
身を低くする。
頭上を剣が通り過ぎた。
そのまま踏み込み、柄で兵士の胸を打つ。
兵士が吹き飛んだ。
続いて三人。
四人。
白の剣士は次々と兵士を倒していく。
だが、数が多い。
村の奥からさらに兵士が現れる。
「まだ来るのか……」
白の剣士は剣を構え直した。
そのとき。
「こっちだ!」
村人の一人が叫んだ。
「何?」
「村の中央に集まってくれ!」
白の剣士が見る。
村人たちは、武器を持てる者を集めていた。
農具。
木の棒。
古い斧。
戦うには心許ない。
それでも、逃げるつもりはないらしい。
「俺たちも戦う!」
村人の一人が震える声で言った。
「この村を奪わせるものか!」
白の剣士は一瞬、村人たちを見た。
そして前へ出る。
「なら、俺が先に道を開く」
「一人で?」
「十分だ」
兵士たちが押し寄せる。
白の剣士が駆ける。
白い剣が閃く。
一人。
二人。
三人。
兵士たちが次々と倒れていく。
その隙に村人たちが動いた。
子どもたちを安全な場所へ移す。
怪我人を運ぶ。
倒れた兵士の武器を拾う。
村全体が、一つになっていく。
やがて最後の兵士が倒れた。
静寂が戻った。
「……終わった」
誰かが呟いた。
白の剣士は剣を収める。
すると、村の老人が近づいてきた。
「ありがとう」
「礼はいらない」
「いや……礼を言わせてくれ」
老人は村の奥を見た。
「ここは昔、緑の美しい村だった」
白の剣士も見る。
畑は灰色だった。
「だが、三日前に奴らが来た」
「灰色の兵士か」
「それだけではない」
老人の顔が曇る。
「灰色の獣がいた」
白の剣士の目が細くなる。
「どんな獣だ?」
「大きな狼だ」
ワーグ。
山で戦った魔獣。
白の剣士は拳を握った。
「……奴は何をした?」
「森へ入っていった。そして――」
老人は震える声で続けた。
「森の緑を、食べた」
白の剣士は黙って森を見る。
山で見たワーグの口元。
そこに宿っていた緑の光。
すべてが繋がった。
「色を奪うために、村を襲っているのか」
「分からない」
老人は首を振る。
「ただ、奴らは何度も言っていた」
「何と?」
「もっと色を。もっと色を喰わせろ、と」
その言葉を聞いた瞬間。
遠くから、狼の遠吠えが聞こえた。
――アオォォォン。
村人たちが凍りつく。
「まさか……」
白の剣士は森へ視線を向ける。
灰色の木々の向こう。
何かが動いた。
一瞬だけ見えた。
巨大な灰色の影。
そして、二つの黄色い目。
白の剣士は剣に手をかけた。
「……まだ終わっていない」
森の奥から、低い笑い声が響いた。
「白い色……」
風が吹く。
「次は、どんな味だろうな」
声はすぐに消えた。
白の剣士は森を睨む。
しかし、追わなかった。
今は村を守ることが先だった。
夜。
村の中央では、小さな火が焚かれていた。
炎だけが、かろうじて赤い。
白の剣士はその炎を見つめていた。
「……赤」
まだ、この世界には色が残っている。
完全に失われたわけではない。
ならば。
守らなければならない。
この小さな赤を。
残された色を。
白の剣士は立ち上がった。
明日、森へ向かう。
ワーグを追うために。
そして、色を奪う者たちの正体を知るために。
灰色の夜空の下。
小さな炎だけが、静かに揺れていた。




