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BLACK EATER ―色を喰らう魔王と、四色の英雄―  作者: まーサンタ
第一部 白の旅

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第一話 白の目覚め



 その日、世界から色が消えた。


 最初に変わったのは、空だった。


 青かった空が、灰色になった。


 海も。


 森も。


 花も。


 人々が身につけていた衣服さえも。


 まるで世界から、色というものだけを切り取ったかのように、すべてが灰色へと変わっていった。


 誰も理由を知らなかった。


 ただ、大陸の各地から同じ報告だけが届いた。


 灰色の兵士が現れた。


 そして、色を喰らう獣が現れた。


 ――その頃。


 人里離れた山の奥に、一つの古い神殿があった。


 長い年月、誰にも開かれることのなかった神殿。


 その最深部には、一人の男が眠っていた。


 白い衣をまとい、胸の前で両手を組んでいる。


 その隣には一本の剣。


 白銀の鞘に収められた、白い剣だった。


 静寂の中。


 男の指が、わずかに動いた。


 そして――


 ドクン。


 心臓が、大きく鳴った。


 男は目を開いた。


「……」


 ゆっくりと身体を起こす。


 自分がどこにいるのか分からない。


 なぜここにいるのかも分からない。


 ただ一つだけ、胸の奥に残っているものがあった。


 ――戦わなければならない。


 男は立ち上がった。


 すると、隣に置かれていた剣が白く輝き始めた。


「……この剣は」


 柄に手を触れる。


 温かい。


 まるで長い間、男が目覚めるのを待っていたかのようだった。


 剣を抜く。


 白い刀身が現れた。


 その瞬間。


 神殿の奥から、轟音が響いた。


 ドンッ!


 入り口の扉が吹き飛んだ。


 灰色の兵士たちが、一斉に神殿へ侵入してくる。


 灰色の鎧。


 灰色の盾。


 灰色の剣。


 まるで人間の姿だけを借りた、無機質な兵士たちだった。


「……敵か」


 男は剣を構えた。


 兵士の一人が走ってくる。


 振り下ろされた剣を、白の剣で受け止める。


 キィン!


 男はそのまま身体を捻った。


 一閃。


 兵士が吹き飛ぶ。


 続いて二人。


 三人。


 次々と襲いかかってくる兵士を、男は一人ずつ斬り伏せていく。


 だが、倒れた兵士は起き上がらない。


 灰色の身体が崩れ、砂のように消えていく。


「……何者だ」


 男が呟いた、その時だった。


 外から低い唸り声が聞こえた。


 グルルル……。


 兵士たちが道を開ける。


 神殿の入り口に、大きな影が現れた。


 狼だった。


 しかし、普通の狼ではない。


 巨大な身体。


 灰色の毛皮。


 鋭く伸びた牙。


 そして、その口元には――鮮やかな緑色の光が宿っていた。


 男は目を細めた。


「……緑?」


 狼が笑った。


「いい色だ」


 低い声だった。


「森から喰ってきた。まだ腹に残っている」


 男は剣を握り直す。


「色を……喰った?」


「そうだ」


 狼は舌を出した。


「俺はワーグ。色が大好物だ」


 ワーグが一歩踏み出す。


「赤もいい。青もいい。緑は特にうまい」


 さらに一歩。


「そして――白も、きっと最高だ」


 次の瞬間。


 ワーグが跳んだ。


 男は横へ飛ぶ。


 牙が石床を噛み砕いた。


 男は振り返りざま、剣を振る。


 白い斬撃が走った。


 ワーグは後ろへ跳んだ。


「ほう」


 その目が細くなる。


「その剣……普通の剣じゃないな」


「知るか」


 男は構えを取った。


「だが、お前が世界の色を奪っているなら――」


 白い光が刀身に集まる。


「俺が止める」


 ワーグが吠えた。


 再び激突する。


 牙。


 爪。


 白い剣。


 神殿の中で激しい戦いが繰り広げられる。


 やがて男の一撃がワーグの肩を斬り裂いた。


 灰色の毛が舞う。


「ぐ……!」


 ワーグは後退した。


 傷口から灰色の煙が噴き出している。


「白……」


 ワーグは男を睨んだ。


「その色……覚えておくぞ」


 ワーグは神殿の外へ飛び出した。


「黒の魔王様がお前を喰らう日を楽しみにしていろ!」


 その姿は、灰色の山の向こうへ消えていった。


 男は追わなかった。


 剣を下ろす。


 神殿の外へ出る。


 そこに広がっていたのは、灰色の世界だった。


 森は灰色。


 空も灰色。


 遠くの山も灰色。


 男はしばらく何も言わなかった。


 やがて、自分の手を見る。


 そこだけは、白かった。


「……黒の魔王」


 初めて聞いた名前だった。


 だが、不思議とその名を聞いた瞬間、胸の奥に強い感情が湧いた。


 怒り。


 悲しみ。


 そして――使命。


 男は剣を鞘へ収めた。


「行くか」


 どこへ行けばいいのかは分からない。


 何をすればいいのかも、まだ分からない。


 それでも、一つだけ分かっている。


 この灰色の世界を、そのままにはできない。


 男は山を下り始めた。


 白い剣を携えて。


 灰色の世界を歩く、最初の英雄として。


 その名を――


 白の剣士。


 世界に残された、最後の白が。


 静かに歩き始めた。

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