第十八話 滝壺の槍
轟音が、大地を揺らしていた。
巨大な滝。
その滝壺の中央に、一人の男が立っている。
青の槍使い。
頭上から落ちてくる大量の水を、ただ受け止めていた。
両手には槍。
足は水底に踏ん張り、身体は微動だにしない。
ドォォォォ……。
水圧が身体を打ち続ける。
それでも、槍先だけは動かなかった。
「……まだだ」
青の槍使いは目を閉じる。
「もっと速く」
一歩。
水の中を踏み込む。
槍を突く。
ザンッ!
水面が真っ二つに割れた。
しかし、すぐに元へ戻る。
「もう一度」
槍を引く。
突く。
引く。
突く。
何度も繰り返す。
滝の水圧に耐えながら、槍を振る。
その動きには無駄がない。
水の流れに逆らうのではなく、流れを利用している。
やがて――
青の槍使いは槍を止めた。
静かに目を開く。
「……これなら」
滝壺から上がる。
岩場に置いていた布を手に取る。
身体を拭きながら、空を見上げる。
灰色だった。
山も。
森も。
空も。
すべてが灰色。
青の槍使いは、自分の腕を見る。
そこには、わずかに青い色が残っていた。
「世界から、青が消えている」
遠くを見る。
「なら……取り戻す」
その瞬間。
空から風が吹き込んできた。
最初は、ただの風だった。
だが――
次第に強くなる。
「……?」
青の槍使いが空を見る。
灰色の雲が渦を巻いていた。
そして。
その中心から、一つの影が降りてくる。
女性の上半身。
鳥の羽。
鳥の足。
巨大な翼。
「見つけた」
アエロー。
地面へ降り立つ。
バサァッ!
翼が巻き起こした風で、滝の水しぶきが吹き飛ばされる。
青の槍使いは槍を手に取った。
「魔獣か」
「そうよ」
アエローが笑う。
「あなたから、青の匂いがする」
「……」
「とても綺麗な色」
アエローの舌が唇をなぞる。
「食べたくなっちゃった」
青の槍使いは槍を構えた。
「断る」
「あら」
アエローが笑う。
「じゃあ、力ずくね」
翼が大きく開く。
突風。
青の槍使いの身体が後ろへ流される。
だが、足を踏ん張った。
「……!」
槍を地面へ突き刺す。
水に濡れた岩へ槍が食い込む。
風が身体を押す。
それでも動かない。
「へえ」
アエローが目を細める。
「面白いわね」
さらに翼を羽ばたかせる。
風圧が強くなる。
滝の水が横へ流される。
青の槍使いは槍を抜いた。
そして――
一気に走った。
「速い!」
アエローが驚く。
青の槍が閃く。
突き。
横薙ぎ。
再び突き。
アエローは空中へ逃げる。
槍先が翼をかすめた。
「危ない!」
アエローが高度を上げる。
青の槍使いは追わない。
ただ空を見ている。
「どうしたの?」
「……風を読んでいる」
「何?」
青の槍使いは槍を構えた。
「お前がどこから来るか」
アエローが笑う。
「分かるわけないでしょう!」
急降下。
風をまといながら、青の槍使いへ突っ込む。
青の槍使いは――
一歩、横へ動いた。
アエローの爪が空を切る。
「なっ……!」
そのまま槍を突き出す。
アエローが翼を畳んでかわす。
槍は頬をかすめた。
「どうして……!」
青の槍使いは答えない。
再び構える。
滝の音を聞いていた。
水の流れ。
風の流れ。
空気の変化。
すべてが繋がっている。
「お前は風を操っている」
「そうよ」
「なら、風が教えてくれる」
青の槍使いの槍が、青く輝いた。
「お前が来る場所を」
アエローの表情が変わる。
「……その槍」
青い光。
それは滝の水と同じ色だった。
「まさか……」
青の槍使いが踏み込む。
一閃。
アエローの翼が大きく裂ける。
「きゃあっ!」
アエローが地面へ落ちる。
青の槍使いは追撃しようとする。
だが――
アエローが笑った。
「まだ終わってないわ」
翼を広げる。
灰色の風が渦を巻く。
「この滝ごと、吹き飛ばしてあげる!」
巨大な風が滝へ向かっていく。
「!」
青の槍使いが滝を見る。
ここには、まだ青が残っている。
この水。
この場所。
守らなければならない。
青の槍使いは槍を握り直した。
「……好きにはさせない」
槍を水面へ突き立てる。
すると――
滝の水が大きく揺れた。
青い光が、水の中から集まってくる。
滝。
川。
水滴。
すべての青が、一つの力へ変わっていく。
青の槍使いは槍を引き抜いた。
「水は、流れる」
槍を構える。
「だから――」
アエローの風が迫る。
「止められない」
青の槍使いが突きを放った。
ドォォォォン!
巨大な水流が槍先から放たれる。
灰色の風を真正面から打ち破る。
「なに――!」
アエローが吹き飛ばされる。
そのまま空高く舞い上がった。
「覚えてなさい!」
遠ざかりながら叫ぶ。
「その青、絶対に喰ってやる!」
灰色の雲の中へ消えていく。
青の槍使いは槍を下ろした。
滝は元の流れへ戻っていた。
青い水が、静かに流れている。
青の槍使いは滝壺を見つめる。
「……まだ戦いは始まったばかりか」
槍を背負う。
遠くには、灰色の世界が広がっている。
その向こうには――
黒の魔王の城。
青の槍使いは、滝を後にした。
その足元を流れる水は、青い光を残しながら。
静かに、世界の果てへ向かって流れていた。




