第十九話 川の記憶
滝を離れてから、青の槍使いは川沿いを歩いていた。
川は、山から流れている。
黒の魔王の居城へ向かうには、川上へ進めばいい。
そう聞いたわけではない。
ただ、青の槍使いには分かっていた。
水は、必ずどこかから来ている。
ならば、その源へ向かえばいい。
「……川上へ行こう」
槍を背負い、歩き出す。
川の水はまだ青かった。
だが、場所によっては灰色の水が混ざっている。
青の槍使いは、そのたびに立ち止まった。
「ここもか」
川辺には、倒れた木。
灰色に染まった草。
そして、水を飲めずに苦しむ動物たちがいた。
鹿。
兎。
鳥。
みな喉が渇いている。
青の槍使いは川へ入った。
槍を水面へ突き立てる。
「……流れろ」
槍先から青い光が広がった。
灰色の水が、少しずつ押し流されていく。
澄んだ青い水が川下へ流れていく。
動物たちが恐る恐る水へ近づく。
一匹の鹿が水を飲んだ。
そして、顔を上げる。
「……大丈夫だ」
青の槍使いは微笑む。
「飲め」
動物たちは次々に水を飲み始めた。
しばらくして、元気を取り戻した鹿が森へ走っていく。
青の槍使いは再び川上へ歩き出した。
夕方。
川辺に小さな集落が見えた。
人々が川の前で立ち尽くしている。
「どうした?」
青の槍使いが声をかける。
一人の老人が振り返った。
「川が枯れかけている」
「枯れている?」
「上流から流れてくる水が、途中で灰色になってしまうんだ」
老人が川を見る。
「このままでは畑も、人も、動物も生きられない」
青の槍使いは川へ近づいた。
水面に手を入れる。
「……何かが流れを塞いでいる」
「分かるのか?」
「ああ」
青の槍使いは立ち上がった。
「上流へ行ってみる」
村人たちが顔を見合わせる。
「危険だ」
「それでも行く」
槍を背負う。
「水が戻らなければ、ここも終わる」
その夜。
青の槍使いは村人たちと一緒に川辺で過ごした。
老人が火を焚く。
「なぜ、そこまでしてくれる?」
青の槍使いは川を見る。
「俺も、昔はこの水を飲んでいた」
「昔?」
「……そういう気がするだけだ」
老人は笑った。
「変な男だな」
「よく言われる」
翌朝。
青の槍使いは一人で川上へ向かった。
しばらく進むと、川幅が狭くなってきた。
そして――
大きな岩が川を塞いでいた。
その周囲には灰色の霧。
「これか」
岩の上には、灰色の兵士たちがいた。
兵士たちは巨大な石を積み上げ、川を堰き止めている。
「何をしている!」
青の槍使いが叫ぶ。
兵士たちが振り返った。
「川を止めろ!」
「魔王様の命令だ!」
「水がなくなれば、人間は弱る!」
青の槍使いの目が鋭くなる。
「……そういうことか」
槍を抜く。
「なら、ここで止める」
兵士たちが一斉に襲いかかる。
槍が閃く。
一人。
二人。
三人。
次々と兵士の武器を弾き飛ばしていく。
だが、兵士たちは川へ石を投げ続ける。
「やめろ!」
青の槍使いが走る。
最後の石が落ちる直前――
槍を突き出した。
ガンッ!
巨大な石が砕ける。
川の流れが一気に戻った。
ザアアアアッ!
水が勢いよく流れ始める。
灰色の霧まで押し流していく。
兵士たちは逃げ出した。
青の槍使いは川へ手を入れた。
冷たい。
そして――
青い。
「……戻った」
川は山から村へ向かって流れていく。
青の槍使いはその流れを見つめた。
水は止まらない。
誰かに奪われても。
道を塞がれても。
必ず隙間を見つけて流れていく。
「俺も……そうでありたいな」
槍を背負う。
そして歩き出す。
さらに川上へ。
途中、傷ついた狼を見つけた。
灰色の霧に巻かれて倒れている。
青の槍使いは近づき、槍の柄を地面へ突き立てた。
川の水を少しだけすくい上げる。
青い光が水に宿る。
狼の口元へ水を運ぶ。
狼はゆっくりと飲んだ。
やがて立ち上がる。
青の槍使いを見つめる。
「行け」
狼は一度だけ鳴いた。
そして森へ消えていった。
青の槍使いは川上を見る。
山の奥。
まだ灰色の雲が立ち込めている。
そのさらに向こうから――
水の音が聞こえていた。
大きな水音。
まるで、山そのものが息をしているような音。
「……源が近い」
青の槍使いは歩みを速めた。
だが、その背後。
助けられた狼が、森の中から青の槍使いを見ていた。
そして狼は――
さらに山の奥へ向かって走り出した。
まるで何かを伝えるように。
川上へ。
川上へ。
青の槍使いの旅は、少しずつその源へ近づいていた。




