第十四話 緑を喰らう翼
町を出て、二日。
緑の弓使いは、荒れ果てた平原を歩いていた。
肩には、あの小さな鳥が止まっている。
森で助けた鳥だった。
すっかり元気になったわけではない。
それでも、飛べるようにはなっていた。
緑の弓使いは時々空を見上げる。
鳥はそのたびに、少し先を飛んでは戻ってくる。
「案内しているつもりか?」
鳥が鳴く。
「そうか」
緑の弓使いは笑った。
「なら、頼む」
鳥が先へ飛ぶ。
緑の弓使いも歩き出した。
しばらくすると、景色が変わった。
灰色の平原の中央に、一本の大木が立っている。
葉はほとんど残っていない。
だが、枝の先に一枚だけ――
鮮やかな緑の葉があった。
「……あれは」
緑の弓使いが近づく。
そのときだった。
空から巨大な影が落ちてきた。
「!」
ドォン!
大地が揺れる。
緑の弓使いは、とっさに横へ飛んだ。
地面を巨大な爪がえぐっている。
顔を上げる。
そこにいたのは――
女性の上半身。
鳥の羽。
鳥の足。
灰色の巨大な翼を持つ怪物。
アエロー。
「緑……」
アエローが翼を広げる。
「見つけた」
緑の弓使いは弓を構えた。
「また色を喰らう獣か」
「そうよ」
アエローは笑った。
「私は緑が好き」
鋭い爪で地面を引っ掻く。
「葉っぱも、草も、森も……」
舌で唇をなめる。
「とても美味しいもの」
「だから、この木を狙っているのか」
「そう」
アエローは巨大な木を見る。
「最後に残った葉」
翼を羽ばたかせる。
「全部いただくわ」
緑の弓使いは一歩前へ出た。
「渡さない」
「あら」
アエローが笑う。
「あなたも緑ね」
「そうだ」
「なら――」
巨大な翼が大きく開く。
「あなたも美味しそう」
風が爆発した。
「くっ!」
緑の弓使いは地面へ伏せる。
猛烈な風が吹き荒れる。
砂と灰が舞い上がる。
目を開けることすらできない。
「この風……!」
アエローは空へ舞い上がった。
「どうしたの?」
上空から声が響く。
「弓なんて、空を飛ぶ私には届かないわよ」
緑の弓使いは立ち上がる。
目で追う。
速い。
あまりにも速い。
矢を放つ。
ヒュッ!
アエローがかわす。
「遅い!」
急降下。
爪が迫る。
緑の弓使いは横へ転がった。
地面が砕ける。
「なるほど……」
緑の弓使いは空を見上げる。
風。
高度。
速度。
すべてが相手の武器になっている。
「なら――」
弓を引く。
アエローが再び上空へ。
緑の弓使いは狙いを定めた。
だが、矢を放たない。
「何をしているの?」
アエローが笑う。
「怖くなった?」
「違う」
緑の弓使いは、巨大な木を見る。
そして、その根元へ矢を放った。
ヒュッ!
矢が地面へ突き刺さる。
次の瞬間。
大地が揺れた。
木の根が地面から飛び出す。
一本。
二本。
無数の根が平原を走った。
「なに……!」
アエローが空中で姿勢を崩す。
緑の弓使いは次の矢を放つ。
根がさらに伸びる。
空へ向かって枝が伸び、葉のない木が巨大な檻のように変わっていく。
「そんなもので私を捕まえるつもり?」
アエローが翼を羽ばたかせる。
風が木の枝を吹き飛ばす。
だが――
緑の弓使いは笑った。
「捕まえる必要はない」
「……?」
「降りてきてもらうだけだ」
矢を一本。
アエローの翼ではなく、足元へ。
矢が空中を通り過ぎる。
アエローは笑ってかわした。
「そんなところを狙って――」
その瞬間。
足に蔓が絡みついた。
「え?」
地面から伸びた蔓だった。
アエローがバランスを崩す。
「しまった!」
緑の弓使いが走る。
アエローが翼を広げる。
だが、もう遅い。
緑の弓使いの矢が、翼の根元に突き刺さった。
「ぐっ!」
アエローが地面へ落ちる。
ドォン!
砂埃が舞う。
緑の弓使いは距離を取った。
「終わりだ」
「……まだよ」
アエローが立ち上がる。
翼が大きく震える。
「私には、まだ――」
その口が開く。
巨大な灰色の風が渦を巻いた。
周囲の草が一瞬で灰色へ変わる。
「色を喰らう風がある!」
緑の弓使いの目が見開かれた。
風が迫る。
避ければ背後の木が喰われる。
「……!」
緑の弓使いは弓を構えた。
一本の矢。
しかし、今度は緑の光が集まらない。
力が足りない。
風が迫る。
「くっ……!」
そのとき。
肩の鳥が飛び立った。
「!」
小さな鳥が、緑の弓使いの前を横切る。
鳥の羽から、緑の光がこぼれた。
その光が弓へ集まる。
「お前……」
鳥は空中で旋回する。
その向こう。
一本の木。
草。
苔。
大地。
残された緑が、次々と光へ変わっていく。
緑の弓使いは弓を引き絞った。
「そうか」
力を借りるだけではない。
残された色は、互いに支え合うことができる。
「なら、全部まとめて――」
矢を放つ。
ヒュオオオオッ!
緑の矢が灰色の風を貫いた。
風が二つに割れる。
そのまま矢はアエローの目の前へ。
アエローが身をかわす。
矢は後ろの大地へ突き刺さった。
瞬間。
緑の草原が、一気に広がった。
灰色の大地を押し返すように。
緑。
緑。
緑。
アエローは目を見開いた。
「こんな……!」
足元まで緑に覆われていく。
アエローは翼を羽ばたかせ、空へ逃げた。
「覚えていなさい!」
遠ざかりながら叫ぶ。
「次はあなたの緑を全部喰ってやる!」
緑の弓使いは弓を下ろした。
「その前に、もっと緑を増やしておく」
アエローの姿が灰色の空へ消える。
静かになった平原。
緑の弓使いは巨大な木へ歩み寄った。
残されていた一枚の葉。
それはまだ、鮮やかな緑を保っている。
そして、その下には小さな芽がいくつも生えていた。
「……増えた」
鳥が肩へ戻ってくる。
緑の弓使いは、その鳥を見て微笑んだ。
「ありがとう」
鳥が小さく鳴く。
緑の弓使いは立ち上がった。
遠くを見る。
黒の魔王の居城へ続く道は、まだ長い。
だが、進むべき理由は一つ増えた。
色を守るだけではない。
色を増やす。
灰色に奪われた世界へ、もう一度緑を広げる。
「行こう」
鳥とともに、歩き出す。
その背後で――
荒れ果てた平原に、小さな緑の芽が一つ。
そして、その隣にもう一つ。
灰色の世界の中で。
緑は、確かに増え始めていた。




