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BLACK EATER ―色を喰らう魔王と、四色の英雄―  作者: まーサンタ
第二部 緑の旅

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第十三話 灰色の空を越えて



 緑の弓使いは、森を出てから三日間、歩き続けていた。


 山道を越え、枯れた草原を抜ける。


 どこへ行っても、景色は灰色だった。


 それでも、足を止めなかった。


 弓を背負い、腰に矢筒を下げる。


 森で得た緑の力は、まだ完全には扱えない。


 それでも、少しずつ分かってきていた。


 森の中では、木々や草が力を貸してくれる。


 だが、森を離れれば、その力は弱くなる。


「……もっと遠くまで届くようにしないとな」


 緑の弓使いは、灰色の空を見上げた。


 すると――


 ヒュッ。


 頭上を何かが横切った。


「鳥?」


 空を見上げる。


 灰色の鳥だった。


 翼を広げ、ふらふらと飛んでいる。


 その鳥の後ろから、灰色の霧が追っていた。


「……!」


 鳥が落ちる。


 緑の弓使いは走った。


 地面に落ちる寸前で、両手で受け止める。


「大丈夫か?」


 鳥は弱々しく羽を動かした。


 羽の一部には、まだ緑色が残っている。


 だが、その色も今にも消えそうだった。


 緑の弓使いは周囲を見る。


「近くに、魔獣がいる」


 鳥を木の根元へ置く。


 弓を構える。


 静かに待つ。


 やがて――


 灰色の霧の中から、三体の魔獣が現れた。


 狼。


 ワーグの群れだ。


「またお前たちか」


 狼たちは唸る。


 緑の弓使いは矢をつがえた。


「この鳥には、手を出させない」


 矢が飛ぶ。


 一匹目の足元。


 地面から蔓が伸びる。


 二匹目へ。


 木の枝がしなり、身体を弾き飛ばす。


 三匹目には、直接矢を当てる。


 狼が倒れる。


 だが、灰色の霧の向こうから、さらに狼が現れた。


「……まだいるのか」


 緑の弓使いは矢筒を見る。


 残りは少ない。


 森を離れてから、何度も魔獣と戦ってきた。


 矢は減る一方だった。


 それでも弓を引く。


 ヒュッ。


 一本。


 ヒュッ。


 二本。


 狼たちを退ける。


 最後の一匹が飛びかかってきた。


 緑の弓使いは身をかわす。


 狼の爪が肩をかすめる。


「くっ……!」


 反撃しようとした、その瞬間。


 狼が突然、動きを止めた。


 鼻を鳴らす。


 そして――


 緑の弓使いではなく、倒れている鳥へ向かって走り出した。


「しまった!」


 矢をつがえる。


 だが、間に合わない。


 狼が鳥へ飛びかかった。


 その瞬間。


 緑の弓使いの弓が、勝手に光った。


「……!」


 放っていない矢が、一本だけ緑色に染まる。


 そして弓から離れた。


 ヒュンッ!


 矢は狼の目の前で軌道を変え、地面へ突き刺さった。


 大地から巨大な根が飛び出す。


 狼を空中へ弾き飛ばした。


 そのまま灰色の霧の中へ消えていく。


 緑の弓使いは呆然と弓を見る。


「今のは……俺が狙ったんじゃない」


 弓が微かに震えている。


 まるで、生きているようだった。


 緑の弓使いは弓を握り直した。


「森の力が……残っている?」


 答えるように、弓の緑の模様が淡く光った。


 緑の弓使いは鳥を抱き上げる。


「お前も行くか?」


 鳥は弱々しく羽ばたいた。


 緑の弓使いは空を見上げた。


「なら、一緒に行こう」


 しばらく歩くと、前方に小さな町が見えた。


 町の入口には、大きな門がある。


 しかし、その門は閉ざされていた。


 門の上には兵士がいる。


「止まれ!」


 緑の弓使いは足を止める。


「旅の者か?」


「ああ」


「この町には入れない」


「なぜ?」


「色を持つ者は入れない」


 緑の弓使いは眉をひそめた。


「色を持つ者?」


「魔王軍に見つかる」


 兵士は怯えたように周囲を見る。


「この町では、色を捨てた者だけが生き残れる」


 緑の弓使いは黙った。


 門の向こうを見る。


 人々は皆、灰色の服を着ている。


 建物も灰色。


 道も灰色。


 何もかもが色を隠している。


「それで、生き残ったのか」


「そうだ」


「本当に?」


 兵士は答えない。


 緑の弓使いは鳥を見る。


 羽の緑は、まだ残っている。


「色を隠しても、魔王は止まらない」


「……」


「次に奪われるのは何だ?」


 兵士が目を伏せる。


 そのとき。


 町の奥から鐘が鳴った。


 ゴォン!


 ゴォン!


 人々が一斉に空を見上げる。


 灰色の雲が、異様な速度で町へ近づいてきていた。


「灰色の霧だ!」


 誰かが叫ぶ。


「魔獣が来る!」


 町中が騒然となった。


 門が開く。


「早く入れ!」


 緑の弓使いは町へ駆け込んだ。


 空から灰色の霧が降りてくる。


 霧の中に無数の影。


 魔獣たちが町を囲んでいた。


 緑の弓使いは屋根の上へ飛び乗った。


 弓を構える。


「……ここで止める」


 一本の矢をつがえる。


 緑の光が集まる。


 しかし――


 その光は、いつもの矢よりも遥かに大きかった。


 町のあちこちから、小さな緑の光が集まってくる。


 木箱の中に残された種。


 鉢植えの葉。


 誰かが大切に隠していた花。


 小さな緑。


 そのすべてが、一本の矢へ集まっていく。


 緑の弓使いは目を見開いた。


「町の中に残っている色が……」


 矢が強く輝く。


「力を貸してくれている」


 弓を引き絞る。


 そして――


 放った。


 ヒュオオオオッ!


 緑の矢が空を駆ける。


 その後ろから、無数の緑の光が追いかける。


 一本の矢が、森のような光へ変わっていく。


 町を覆っていた灰色の霧が、押し返される。


 魔獣たちが逃げていく。


 やがて空に、わずかな隙間が生まれた。


 灰色の雲の向こうから――


 ほんの少しだけ、青い空が見えた。


「……青」


 町の人々が、空を見上げている。


 誰も声を出さない。


 ただ、その青を見つめていた。


 緑の弓使いも見上げる。


「まだ、残っている」


 灰色の空の向こうには、確かに青がある。


 奪われたのではない。


 隠されているだけなのかもしれない。


 緑の弓使いは弓を下ろした。


 そして、町の人々へ告げた。


「隠す必要はない」


「でも、魔王軍が……」


「それでもだ」


 緑の弓使いは空を見る。


「色は、生きている証だ」


 緑の弓使いは町を出る準備を始めた。


 向かう先は、黒の魔王の居城。


 だが、その道の途中には、まだ多くの町と村がある。


 守らなければならない場所も。


 取り戻さなければならない色も。


 まだ、いくらでもある。


 緑の弓使いは弓を背負った。


 そして、灰色の空の下を歩き出す。


 その肩には、助けた鳥が止まっている。


 小さな羽には――


 まだ、鮮やかな緑が残っていた。

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