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BLACK EATER ―色を喰らう魔王と、四色の英雄―  作者: まーサンタ
第二部 緑の旅

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第十二話 緑の森を守る者



 森を出た緑の弓使いは、山道を進んでいた。


 空は灰色。


 遠くの山も灰色。


 それでも、道端には小さな緑が残っていた。


 雑草。


 苔。


 木の芽。


 緑の弓使いは、その一つ一つを確かめながら歩いていた。


「……まだ生きている」


 しゃがみ込み、地面から伸びた小さな芽に触れる。


 すると――


 パキッ。


 背後で枝が折れた。


 緑の弓使いはすぐに立ち上がった。


 弓を構える。


「誰だ」


 返事はない。


 もう一度、枝が揺れる。


 緑の弓使いは矢をつがえた。


「出てこい」


 しばらくして、茂みから人が現れた。


 灰色の服を着た老人だった。


「……弓使いか」


「そうだ」


「なら、頼みがある」


 老人は山の奥を指差した。


「この先に、緑の森がある」


 緑の弓使いの目が変わる。


「緑の森?」


「ああ」


 老人は頷いた。


「この世界から色が消えても、そこだけはまだ緑が残っている」


「どうして?」


「分からん」


 老人は首を振る。


「だが、昔からその森には奇妙な言い伝えがある」


「どんな?」


「森が、自分自身を守るという話だ」


 緑の弓使いは立ち上がった。


「案内してくれ」


「だが……」


 老人は不安そうに山を見る。


「すでに魔王軍が向かっている」


「分かった」


 緑の弓使いは歩き出した。


「急ごう」


 二人は山道を進んだ。


 しばらくすると、灰色の霧が濃くなってきた。


 その向こうに――


 森が見えた。


「……!」


 緑の弓使いは足を止めた。


 そこだけ、世界が違っていた。


 木々は緑。


 草も緑。


 苔も緑。


 小さな花まで咲いている。


 まるで、色を喰らう魔獣の手が届いていないようだった。


「こんな場所が……」


 老人が呟く。


「だから魔王軍に狙われている」


 森の奥から、金属音が響いた。


 ガシャッ。


 ガシャッ。


 灰色の兵士たちだった。


 木を切り倒しながら、森へ侵入している。


「やめろ!」


 緑の弓使いが叫ぶ。


 兵士たちは振り返った。


「緑の弓使い!」


 一人が叫ぶ。


「森を守る者が現れたぞ!」


 兵士たちが武器を構える。


 緑の弓使いは弓を引いた。


「一本目」


 矢が飛ぶ。


 斧を持った兵士の手元を射抜き、斧を落とす。


「二本目」


 別の兵士の槍を弾く。


「三本目」


 足元の地面へ矢が突き刺さる。


 そこから蔓が伸び、兵士の足を絡め取った。


 次々と兵士が倒れていく。


 しかし――


 森の奥から、さらに兵士が現れた。


「多い……!」


 緑の弓使いは後退する。


 矢筒を見る。


 残りは少ない。


 森を守るために戦えば戦うほど、矢は減っていく。


 そのとき。


 森の木々がざわめいた。


 風は吹いていない。


 それなのに、枝が大きく揺れている。


「……?」


 老人が呟いた。


「森が怒っている」


 兵士の一人が木へ斧を振り下ろす。


 その瞬間。


 地面から根が飛び出した。


「うわっ!」


 兵士が転倒する。


 別の場所からも根が伸びる。


 木の枝が兵士を絡め取る。


 蔓が鎧の隙間へ入り込む。


 森そのものが、兵士たちを追い払っていく。


 緑の弓使いは呆然とした。


「森が……戦っている」


 老人が笑った。


「言っただろう」


 森の中央に、巨大な樹が立っていた。


 他の木々よりも遥かに大きい。


 その幹には、淡い緑の光が流れている。


 緑の弓使いはその樹へ近づいた。


 すると――


 一本の枝がゆっくりと伸びてきた。


 枝先に、小さな緑色の実が一つ実っている。


 緑の弓使いは手を伸ばした。


 実に触れた瞬間。


 頭の中に、森の景色が広がった。


 緑の大地。


 色とりどりの花。


 青い空。


 鳥たち。


 そして――


 黒い影。


 色を喰らう獣たち。


「……これが、この森の記憶?」


 緑の弓使いは目を閉じた。


 この森も、かつては世界の一部だった。


 特別な場所ではない。


 ただ、生き続けてきた。


 だからこそ、色を守っている。


 緑の弓使いは静かに呟いた。


「俺も守る」


 弓を握る。


「この森だけじゃない」


 振り返る。


 灰色の世界が広がっている。


「全部の緑を」


 その瞬間。


 弓に淡い緑の光が宿った。


 一本の矢をつがえる。


 森の風が集まってくる。


 葉が舞う。


 枝が揺れる。


 緑の弓使いが放つ。


 ヒュオオオオッ!


 矢は一本だった。


 だが、飛んでいる途中で無数の光の矢へ変わった。


 森へ侵入していた灰色の兵士たちの武器だけを、次々と弾き飛ばしていく。


 兵士たちは逃げ出した。


 最後の一人が森の外へ出る。


「撤退!」


 その姿が灰色の霧へ消えていった。


 静寂が戻る。


 緑の弓使いは大きく息を吐いた。


 老人が近づく。


「お前なら、この森を守れる」


「……いや」


 緑の弓使いは首を振った。


「俺一人じゃない」


 周囲を見る。


 木々。


 草。


 芽。


 森に生きるすべてのもの。


「みんなで守るんだ」


 老人は微笑んだ。


 その夜。


 緑の弓使いは森の中で休んだ。


 焚き火のそばで、弓を眺める。


 先ほどまで普通の弓だった。


 今は、弓の表面に細い緑の模様が浮かんでいる。


 新しい力を得た。


 だが、それ以上に大きなものを知った。


 色は、ただそこにあるものではない。


 生きようとするものが残す力なのだ。


 翌朝。


 緑の弓使いは森を出た。


 老人が尋ねる。


「どこへ行く?」


 緑の弓使いは、山の向こうを見た。


「黒の魔王の居城へ」


「一人で?」


「ああ」


 弓を背負う。


「俺が行かなければ、次はこの森が狙われる」


 森を振り返る。


 緑の葉が風に揺れている。


「だから、魔王を止める」


 緑の弓使いは歩き出した。


 その頃。


 遠く離れた場所で――


 一人の白い剣士もまた、黒の居城を目指して歩いていた。


 しかし二人は、まだ知らない。


 同じ敵を目指していることも。


 いつか同じ道を歩くことになることも。


 今はただ。


 白と緑。


 それぞれの旅が、始まったばかりだった。

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