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BLACK EATER ―色を喰らう魔王と、四色の英雄―  作者: まーサンタ
第二部 緑の旅

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第十一話 森に響く矢



 森は、まだ眠っていた。


 灰色の朝。


 木々は色を失い、枝だけを空へ伸ばしている。


 その森の奥で――


 一本の矢が飛んだ。


 ヒュッ。


 矢は灰色の鳥をかすめ、その背後にあった木へ突き刺さった。


「外した……」


 声が響く。


 木の上から、緑の弓使いが降りてきた。


 地面に落ちた矢を拾う。


「もう一度」


 弓を構える。


 目の前には、枯れた木。


 その枝に、一枚だけ緑の葉が残っている。


 緑の弓使いは、その葉を見つめた。


 矢を放つ。


 ヒュッ。


 矢は葉の横を通り抜け、後ろの枝へ刺さった。


「……まだだ」


 もう一本。


 今度は、葉を揺らすだけで枝には当てない。


 矢が飛ぶ。


 緑の葉が、ひらりと舞った。


「よし」


 緑の弓使いは弓を下ろした。


 その顔には、まだ笑みがなかった。


 世界から色が奪われて、どれくらい経ったのか。


 森に生きるものたちは、次々と姿を消していた。


 鳥。


 鹿。


 小さな虫。


 そして植物。


 緑の弓使いは、残された緑を探しながら森を歩いていた。


 そのときだった。


 遠くから、悲鳴が聞こえた。


「助けて!」


 緑の弓使いは振り返る。


 続いて――


 グルルル……。


 獣の唸り声。


「……またか」


 弓を背負い、森を駆ける。


 木々の間を抜ける。


 その先に、小さな集落があった。


 灰色の兵士たちが、集落を襲っている。


 逃げる人々。


 倒される柵。


 そして――


 巨大な獣が、集落の中央に立っていた。


 顔はワニ。


 前足はライオン。


 後ろ脚はカバ。


 異様な姿の獣。


 アミムト。


 その巨大な口には、赤や黄色の布が咥えられている。


「……色を喰っている」


 緑の弓使いは弓を構えた。


 矢を一本。


 二本。


 三本。


 連続して放つ。


 ヒュッ!


 ヒュッ!


 ヒュッ!


 矢が灰色の兵士たちの武器を次々と弾き飛ばす。


「なにっ!?」


 兵士たちが振り返る。


 だが、そこには誰もいない。


 木の上。


 緑の弓使いが次の矢をつがえていた。


「そこだ!」


 兵士が叫ぶ。


 矢が飛ぶ。


 槍を持った兵士の手元を正確に射抜く。


 槍が地面へ落ちた。


「こいつ……!」


 緑の弓使いは次々と矢を放つ。


 誰一人として傷つけない。


 ただ武器だけを狙う。


 最後の兵士の剣を弾いたところで、集落に静寂が戻った。


 しかし――


 ドォン!


 地面が揺れた。


 アミムトがこちらを向いていた。


「お前……」


 巨大な口が開く。


「緑の匂いがする」


 緑の弓使いは弓を構える。


「そうか」


 アミムトが鼻を鳴らした。


「うまそうだ」


「食べられるものなら食べてみろ」


 矢が放たれる。


 アミムトの顔へ向かう。


 だが――


 ガキン!


 前足で弾かれた。


「硬い……!」


 アミムトが突進する。


 緑の弓使いは木の上へ飛び移る。


 巨大な身体が木へぶつかる。


 バキバキッ!


 木が大きく揺れた。


「速い……!」


 アミムトが再び突進する。


 緑の弓使いは枝から枝へ飛び移る。


 矢を放つ。


 一発。


 足元へ。


 二発。


 地面へ。


 三発。


 木の根元へ。


 アミムトは止まらない。


「逃げるだけか!」


 巨大な口が笑う。


「なら、森ごと喰ってやる!」


 アミムトが地面を踏みつける。


 ズンッ!


 大地が揺れる。


 木々が倒れ始めた。


「やめろ!」


 緑の弓使いの表情が変わった。


 この森には、まだ緑が残っている。


 ほんの少しだけ。


 それを守るために、ここにいる。


 緑の弓使いは弓を引き絞った。


「森を壊させない」


 一本の矢。


 これまでとは違う。


 矢尻の周囲に、淡い緑の光が集まっていく。


 放つ。


 ヒュウッ――!


 矢はアミムトの足元へ突き刺さった。


 瞬間。


 地面から蔓が伸びる。


「なに!?」


 蔓がアミムトの脚へ絡みつく。


 一本。


 二本。


 十本。


 瞬く間に巨大な獣の身体を縛り上げる。


「ぐおおおおっ!」


 アミムトが暴れる。


 しかし、蔓はさらに太くなっていく。


 緑の弓使いは息を切らしながら弓を下ろした。


「……森の力を借りた」


 アミムトは怒りに吠える。


「この程度で……!」


 力任せに蔓を引きちぎる。


 だが、その隙に集落の人々は逃げていた。


 アミムトは追おうとする。


 その前に、一つの矢が突き刺さった。


 地面。


 アミムトの鼻先。


「それ以上近づくな」


 緑の弓使いが睨む。


「次は外さない」


 アミムトはしばらく睨み合った。


 やがて、口を大きく開ける。


「覚えておけ」


 灰色の息が漏れる。


「緑の弓使い」


「……」


「お前の色は、必ず喰ってやる」


 アミムトは森の奥へ逃げていった。


 緑の弓使いは追わなかった。


 集落へ戻る。


 倒れた柵を起こす人々。


 怯えながらも片付けを始めている。


 その中で、一人の子どもが緑の弓使いへ近づいた。


「ありがとう」


 小さな手に、一枚の葉が握られている。


「これ……」


 差し出された葉は、鮮やかな緑だった。


 緑の弓使いは受け取る。


「……綺麗だな」


「うん」


 子どもが笑う。


「緑って、まだなくならないよね?」


 緑の弓使いは答えなかった。


 ただ、その葉を見つめる。


 そして静かに頷いた。


「ああ」


 弓を背負う。


「なくさせない」


 集落を出る。


 向かう先は、森のさらに奥。


 そこには、黒の魔王軍が集まっているという。


 そして、その先には――


 黒の魔王の居城がある。


 緑の弓使いは、まだ知らない。


 遠い大陸のどこかで、白の剣士が同じ城を目指していることを。


 今はただ。


 一本の弓を手に。


 残された緑を守るために。


 一人、灰色の森を進んでいった。

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