7 メイド探し
公爵邸まで送るというキースに、用事があるから噴水広場の近くで下ろしてくれと頼んだ。
「ここからすぐそこの通りにある建物に用があるの、一人で行けるし、待っててもらわなくて平気よ。このへんなら辻馬車も拾えるし」
「公爵令嬢にあるまじきことはやめろ。あんた今日はメイドも連れて来てないだろ。一人で出歩くな」
渋い顔したキースはミラと一緒に行くと言い張った。馬車を降りてキースを連れて歩き出しながらミラはちょっと困った。
これから行くのが仕事の斡旋業をしている場所だと知れば、キースはそんなところへなんの用だと聞くだろう。
説明するのも面倒臭いな、と悩んでいたとき、丁度建物から目当ての人物らしき女性が出てくるのを目撃した。昨日訪れた際、その女性は今日もこの時間に来るはずだと聞いていたのだ。
「ねえっあなた、ちょっと待って!」
ミルクティー色の三つ編みを垂らした、二十歳半ばの女性を呼び止める。
「なんでしょう? あのどちら様で」
「悪いんだけど、ちょっとその手、見せてくれない?」
強引に女性の両手を取る。ミミズ腫れとなった血の線が何本も走る彼女の手の甲を見て、ミラは眉を顰める。
「痛そうね」
「な、なんなんですか、離してくださいっ」
説明するより早いから、とミラは女性の手を握ったまま聖女の力を使う。淡い光とともに、傷痕はみるみる消えていく。
女性の目が驚愕に見開かれる。
「これって……! あなたまさか聖女様っ!?」
「神殿であなたの噂を耳にしたものだから、気になってたの」
唾をつけとけば治る程度の傷なんかじゃなくて、我儘な男爵令嬢に傷つけられたメイドの手を治してやりたかった、前世で後悔していたことの一つだ。
前世でミラがメイドの話を知った時には、まともな次の職を見つけられなかった女性はすでに独り王都を去っていた。
今世は間に合ってよかった。信じられない様子で両手を見つめている女性にミラは微笑みかける。
「それでよかったら、あなたうちの――」
言い終わらないうちに女性が勢いよく地べたに膝をついた。石畳みに額をこすりつけ懇願する。
「聖女様、どうかどうかっ私の弟をお救い下さい!!」
悲痛な声に、ミラは後ろで成り行きを見守っていたキースと顔を合わせて困惑した。
「傷を治して頂いたお礼も言わずに、不躾なお願いをしてしまい、たいへん申し訳ございませんでした。私、リゼ・リシャールと申します」
膝が痛そうなので一先ず立つように促すと、リゼは少しばかり冷静さを取り戻したようだった。
「ですがどうしても聖女様に弟の容体を診て頂きたくて。もう一月以上咳が止まらなくてベッドに伏せたままなんです!」
「ミラでいいわよ。もちろん、弟さんの様子診させてもらうわ」
「ミラ様!」と感動で目を潤ませるリゼに案内されて、大通りから少し外れた下町へと向かう。当然のようにキースもついてきた。
「一度お医者様に診せたんですが、その時貰った薬も、もうきれてしまって。毎日お薬を飲ませて、滋養のいいものを与えていれば治るって言われたのに……こんな時に私が仕事を失ってしまったから」
新しい薬を買う余裕もないのだと、不甲斐なさそうに唇を噛む。
没落貴族の家に生まれ、両親も早くに亡くし、弟の面倒を一人で見てきたそうだ。
医者の見立てでは、季節の変わり目で引いた風邪をこじらせ、肺炎を起こしているという。
古いアパートメントの一室、ミルクティー色の髪が姉に瓜二つの少年は、ベッドから上半身を起こした拍子に激しく咳き込んだ。
リゼとキースを下がらせて、ミラは少年の傍らに寄り添い、彼の胸に手を当てる。
患部に手を当てて、治したいと強く念じる、聖女の力の使い方は簡単だ。ただ相手に力を送ることで、自分の体力気力が奪われるような感覚に陥り、長く使うととても疲れてしまうのだ。
重い病気は一度の力の行使では治りきらないことがあるが、幸い少年の顔色はすぐによくなり、咳も落ち着いていく。再び横になるよう促すと、スヤスヤと穏やかな寝息を立て始めた。
涙ぐんだリゼが何度もミラに頭を下げた。
過去では、リゼは独りで王都を出た、と人伝に聞いていた。
自分の行動で、未来はちゃんと変わるのだ――そう知って、ミラは内心で深く安堵した。
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