6 初デート
翌日、昼過ぎに公爵邸に迎えに行くから支度して待ってろ、とだけ言われていたミラが、連れていかれたのは王都にある薔薇園だった。
緑に塗装された、蔓草紋様の鉄格子に囲われた広い庭園には、三百種類以上の薔薇が植えられているそうだ。
正門前で先に馬車を降りたキースが、座席のミラに片手を伸ばす。
「お手をどうぞ、ミラ嬢」
迎えに来たときは馬車の中から一言、「乗れ」と言った奴とは思えないうやうやしさだ。
庶民は立ち入ることのできない上流階級の憩いの場ということで、門前に立って訪れる者へ順番に頭を下げている庭番に、つられて頭を下げたのはミラだけだった。
園内は華やかなドレス姿の令嬢が多く、やや気後れしそうになるが、キースが手を引いてくれたので心強かった。
四月半ば、まだすべての薔薇が満開とはいかないが、あちらこちらから早咲きの種の芳醇な香りが漂ってくる。
朝方冷え込む日もまだあるものの、日中の日差しは暖かく、春めいていた。
ミラの本日のドレスも、春らしいあざやかな黄色。昨日訪れた仕立屋の、ショーウィンドウの一番目立つところに飾られていた新作だ。
とろりとした光沢のある生地で、飾りは少なくシンプルだが、ドレープの効いた裾にぐるりと一周細かく入った金の刺繍が、日差しの下でキラキラと光る。
髪は編み込みにして、カスタード色のレースリボンで一つにまとめて貰っていた。
キースはというと、明るいパールグレイのフロックコートに、アイスブルーのクラヴァットという爽やかな出で立ち。
真っ黒で無骨なデザインの、士官学校の制服しか見たことがなかったので新鮮だ。
長い睫毛に、二重のくっきりした瞳、頬から顎にかけてのなだらかなライン、顔だけ見れば女性的ともいえる美貌だ。
けれど鍛え上げられた体格の良さが彼を男らしく見せる。凛と背筋を伸ばして歩く、帯剣した姿はすでに一人前の騎士のように精悍だ。
肌の色や生まれについてとやかくいう貴族は多くても、キースが美青年なのは圧倒的事実で、今も多くの女性の視線を集めていた。
カップルでベンチに座っていた少女も、夫と腕を組んで歩いていた夫人も、横切るキースを目で追ってしまっている。
そんな彼にエスコートされて歩くのは案外悪くない気分だ。
――隣にいるご令嬢はどなたかしら?
――あちらもしかして聖女様じゃなくて。
ほとんど神官服しか着てこなかったので、ドレス姿のミラに気づかない者もいて、囁き合う声が聞こえくる。
とにかくキースの隣にいることでミラも注目を浴びることに成功した。
可愛らしい小鳥のさえずりに和みつつ、庭園を散策すること暫く。
庭園の折り返し地点まで来たところ、ひときわ見事な薔薇のアーチの下で、キースが足を止める。
「ここでいいか」
近くにいた庭師の一人を手招きすると、硬貨を渡し、指さした薔薇を一輪切って貰う。
キースが選んだのは、今日のミラのドレスに合わせた黄色の薔薇だった。
棘も抜いて貰った短い茎をもって、ミラの前に立つと、急に身を屈めてきた。
左手をそっとミラの頬に添え、右手に持った薔薇をミラの顔横、編み込んだ髪に優しく挿し込む。
その間まっすぐ見つめられる深紅の瞳から、ミラは目を逸らすことが出来なくなる。
形のよい唇がゆっくりとさらに近づいてくるにつれ、心拍数が上がってくる。
銀の睫毛が触れそうな距離に、知らず頬が熱くなった。
特徴的な低くて良い声が、耳元で囁く。
「――これで明日には、俺たち二人は恋人同士、って噂が王都中に広がる」
さっと倒していた上半身を起こすキースの瞳は、わずかに悪戯っぽく光っていた。
かかった吐息がこそばゆくて、耳元をごしごし拭きながら、揶揄われたミラは唇を小さく尖らせる。
「こんなんでいいの?」
「ここにくるのは圧倒的に女が多いから、効果はてきめんだ」
したり顔でキースは頷く。
「しつこい男にいい寄られて困ってる、というご令嬢に頼まれて恋人のふりをしたのが最初だな」
そこからの紹介で同様なことを数件したら、「女遊びが激しい」と世間で認定されるに至ったそうだ。
友人に彼氏がいると嘯いてしまったとか、独りで観劇やカフェに行きづらいとか、それなりに需要があるらしい。
「もし俺たちの関係を誰かに直接聞かれたら、含みを持たせつつ『お友達』とでも言っとけよ。それで時期を見て別れる際にはあんたが俺に愛想をつかした、って体にしてくれ。じゃないと――公爵様に俺が殺されかねない」
真剣な顔つきのキースに深く頷いておく。
「神殿であんたにうっかり暴言かました後も、内心結構ヒヤヒヤしてたんだ」
ミラが父に告げ口すると思っていたそうだ。
「公爵家から正式に抗議なんか来たら、流石に父から士官学校を自主退学の上で謹慎、程度の罰はくらったかもだしな。そもそも公爵様が本気で怒って伯爵家に圧かけてきたら家が潰れかねない」
娘にはひたすら甘い父がこの国トップ層の権力者、という事実がいまいちピンとこない。
――権力が大きいからこそ、その分敵も多いってことよね。
前世ミラへの濡れ衣を父は、公爵家を陥れる罠ではと疑っていたことを思い出し、ミラは気持ちを引き締めた。
正門への道を戻りながら、気になっていたことを聞いてみる。
「キースはどうして騎士団に入りたいの」
「強くてカッコいいからだ」
故郷の村にいたころ隣に住んでいた、わんぱくな少年みたいな答えが返ってきた。
「古代歴史書『モデルク戦記』の悪竜を倒した騎士ペレスとか、子供はみんな憧れるもんだろ。『リモナ王国史第六巻』に載るユアーク渓谷での戦いを制したダンテ騎士団の話とか。王立騎士団第三十六期団長の活躍を描いた『メルシャ史学』も好きだし。むろん現在の騎士団長も尊敬しているし、剛腕で名を馳せた先代騎士団長には今、士官学校で指導いただいているが本当に人格者で――」
「え、待って全然わかんない、あなた歴史オタク?」
「オタクって言うな」
長い話を思わず遮るミラに、憮然とした顔になる。
「てか『リモナ王国史』なんかは誰でも幼少期から習うだろ。あんたは学校でなに教わってたんだ」
「学校行ったことないもの」
読み書きや簡単な計算は母が教えてくれたけれど、詳しい国の歴史なんかは学んだことがない。
思わず声が小さくなるミラに、キースはややバツが悪そうに首筋を撫でながら、とりなすように聞く。
「けど今は公爵様が家庭教師をつけてくれたりしてるんだろう?」
「まず貴族社会に馴染めるようにって、お父様がマナー講師をつけてくれてるけど、正直それだけで手一杯というか。ほぼ毎日神殿に通いつめだったし……」
「……あんたホント掃除なんかやってる暇じゃなかったんじゃないか」
ごもっともで耳が痛い。
貴族のマナーもまだまだ分からないことばかりだし、聖女の身ながら神殿で行われている宗教学などの座学も避けてきてしまった。
掃除はもとより、擦り傷や肩こりなんか治している場合ではなかった……。
真面目に反省しつつ、ミラは帰りの馬車へと乗り込んだ。
読んでいただきありがとうございます!
↓☆☆☆☆☆で評価つけて貰えたらとても嬉しいです!
ぜひブックマークして続きも読んで欲しいです!




