33 真相
「私に怨みがあったんですか? それとも公爵家を陥れたい訳が? もしくは聖女の力をなにか悪事に使おうとして?」
どうしてこんなことをしたのか理由を問うと、ピエルネは今度こそ観念したように口を開いた。
「それは……あなたが、エラさんの娘だからです」
「母が、なんです?」
「エラさんは、本当にキラキラとしたオーラをまとった人でした。彼女はいつも優しくて、神殿にパンを売りに来るたび、私にとびきりの笑顔を見せてくれて……私はすっかり彼女の神聖さに魅了されてしまいました」
ちょっと待って、前にも母は女神に愛されていて、オーラがあるとか言ってたけど……いやそれ、ただの恋する男の錯覚じゃない!?
「なのに散々気を持たせるようなことをしておいて、私が告白すると、彼女は微笑んで『ごめんなさい』と!」
振られたそうだ。母は誰にでも愛想の良い人だったので誤解させたのだろう。
「それからしばらく、私はエラさんの後をつけるようにしていました。そして彼女が公爵令息との間に、子供まで身籠っていることを突き止めたのです」
さらっとストーカー行為に走っている。なにこの人怖い、とミラは絶句する。
「結婚出来もしない相手の子を産んで育てようなんて馬鹿げた考えだと、私はあの男と別れるように助言しました。なのに彼女は、いずれは公爵夫人になれるなどという浅はかな野望を捨てきれなかったのか、まるで聞き入れようとせず……。だから私は言いました、見つけた隠れ家のことは公爵に伝えると。息子が平民の娘と婚外子を育てようとしていること、すべて暴露してやるってね」
自分がしたことが今も正しいと思っている風に、ピエルネは胸を張った。
「あの男のことを忘れると言うなら、公爵にも黙っていてやるし、子供ごと私が面倒を見てやるとまで言ったのにっ……エラさんは私の目を盗み、黙って王都から逃げ出してしまった!」
――きっと母はミラを守ることを優先したのだ。貴族の対面気にする祖父に知られ、子供を下ろすよう強要されることを恐れて、自ら王都から姿を消した。
そしてそうすることで、父の立場も守った。
公爵夫人の座なんて母が望んだはずない。ただ父の傍にいて一緒に子供を育てる、それだけでよかったはずだったのに。
そんな母の望んだ未来を、諦めさせたのだ、この男が。ふつふつと怒りがこみあげてくる。
「サイテー…」
「コイツの思考回路、マジでモテねえ奴のそれだな」
「そんなんだから振られるんですよ」
「しょーもな。振られた腹いせに相手も不幸にしてやろうっちゅー魂胆丸見えやん。好いた女の幸せも祈れん、ちっちゃい男やなホンマ」
これだけボロクソに言われても、自分の話に陶酔しているピエルネは、滔々と続ける。
「エラさんは女神に愛された女性なのだと、思っていました。けれど結局は金や地位目当てに、公爵令息に身を売るようなアバズレだったと知ってガッカリしたものです。しかしその後彼女が亡くなり、私は真実を知りました――本当に、女神に愛された存在は、娘のあなただったんだっ、聖女ミラさん!!」
いきなり勢いよく掌を指し向けられて動揺する。
「えっ、なになになに、怖い」
「あなたはエラさんに本当によく似ている! 私とあなたとの間になら、ずば抜けた神聖力の、完璧な子供が生まれるはずです!!」
「キッ……!」
きついし、気持ち悪いしで、言葉にならない。ミラの全身に鳥肌が立つ。
「ほんっっとうに無理!」
二回り以上歳の離れた相手から、恋愛感情を向けられていたと知り、寒気を覚えたミラは思わず自分自身の両肩を抱く。
たとえ歳の差あろうと、それが純愛ならばまだしも、好きだった女の子供だからという理由が、気色悪さを増幅させる。
「なぜそんなに嫌がるんです? ここの地下室には牢とはべつに、あなたがこの屋敷で一生快適に過ごせるよう、ちゃんとした部屋も用意してあるんですよ」
ミラを捕らえて生涯監禁するつもりだったという、まともな思考をしていない相手に、ゾッとする。
「ガチできめえな」
「やーばー」
「終わってますね」
他の三人からも、口々に罵倒が出る。
「なんでこんな男が神聖力高く生まれたんだよ。女神の気まぐれが過ぎんだろコレ」
「女神様でも見誤ることはあるんやろ。子供の頃は真っ直ぐ育ってたんが、途中どっかで一気にねじくれたんちゃう?」
「幼い時から信仰に傾倒してて、視野が狭く育ったんじゃないですか。エラさんと出会ったのが、二十代半ばとか? 遅めの初恋をこじらせると怖いですね」
それぞれ呆れる面々の前、さらにピエルネが声を張り上げる。
「私たちが結ばれれば、女神もさぞお喜びになるはず! なのに、どうして逃げようとするんです、ミラさんっ!」
興奮した様子でピエルネが、ミラに手を伸ばしてきた。狂気を感じるピエルネの眼光に囚われ、恐怖で咄嗟に動けなくなる。
しかしミラの前に立ちはだかったキースが、その手をすげなく振り払った。
「ふれさせねえよ」
ミラの肩を抱いて、ピエルネから距離をとる。
「イカレてんのも大概にしろよ。おまえみたいな身勝手なヤツが、こいつに触れていいわけねえだろ」
振り払われ、ふらふらと力なくその場に座り込んだピエルネを、苛烈な怒りが籠る瞳で一瞥し、キースが吐き捨てた。
「次触ろうとしてみろや、その腕燃やすで?」
物騒な言葉でレオが脅しをかける。
「うんと冷たい氷水でも上からぶっかけてみましょうか。そしたら少しは頭も冷えますかね」
にっこり目を細めるラルフも、相当腹を立てている様子だ。
過去の話を聞いてショックを受けたし、ピエルネの思惑には本気で戦慄した。
でもこうしてみながミラのために怒り、ミラを守ってくれるのを目にして、恐怖が薄れていく。
三人がついていてくれることに、勇気を貰う。
「ミラ?」
放心し地面に膝をついている男へ、ミラは一歩、歩み寄る。
大きく手を振り上げ、渾身の力を込めて――思いっきりピエルネの頬を平手打ちした。
ミラは片手を腰に当て、顎を上げ、大きく胸を反らす。肩に掛かった髪を勢いよく手で払いのけながら、声高らかに告げた。
「あんたみたいな男、私にちっともふさわしくないから! 身の程知らずもいいとこだわっ。お母さんにしたこと、横領して私に罪を着せようとしたこと、牢屋でよく反省しなさい!!」
どう? と、そこでキースの方に目を向ける。ミラの思いつく限りの悪女っぽいポーズだったのだが。
眉を顰めたキースが、たった一言で返す。
「――――微妙」




