32 犯人
「ほんでここ、どこなんやろな」
濡れたミラとキースの体のまわりに、小さな火をいくつも灯して、器用に手早く乾かしながら、レオがぼやく。ミラの呼びかけに応じて、一足飛びにやってきた精霊たちも、自分たちの居場所がわかっていないらしい。
「どこかの建物の地下みたいだが」
石造りの壁には、一定間隔で明かりが灯されているが、窓はなく、薄暗い通路が左右に広がっている。
「くそっ、さすがに俺の剣は近場には置いてねえか」
縛られた際没収されたという剣を探すが、ぐるりと見渡しても何もない通路だ。敵陣で帯剣していないことに、キースは居心地悪そうな顔をしている。
「どっちにいったら地上に出れるのかしら」
迷いつつ、ひとまず牢を出て右手側にミラたちは進み始める。
「ラルフ、俺がミラちゃんたちと残るから、おまえいっぺん建物出てここがどこか――」
レオとラルフが話し合っていたその時、
「――ああ、よかったです、見つかって」
急に背後から声が掛かって、びくりとミラの肩が跳ね上がる。
振り返ると、立っていたのはピエルネ副神官だった。
「ご無事だったんですねえ」
「ピエルネ神官! 助けに来てくれたんですか」
ホッと肩の力を抜きつつ、それにしても――と、つい今は関係ないことをミラは考えてしまう。
――この人って、いつも全然足音を立てないのね。
「あの、ここって一体どこなんでしょう――」
ピエルネの方へ、一歩進みかけたミラの肩を、キースが掴んで引き留めた。
「……神殿で、一晩明けて思い出したことがあると、オルガ神官が申し出てきました。ピエルネ神官、あなたは昔下級神官だった頃、文章をつくるのがうまいからと、友人に恋文の代筆を頼まれたことがあるそうですね」
困惑するミラを自分の背に隠すようにして、前へ出たキースが続ける。
「他人に恋文を任せるという行為が不誠実だ、と彼女は注意したそうですが、その時見た手紙の字が、友人そっくりに書かれていて驚いた、と。あなたは字がきれいなだけではなく、他人の字を真似るのがとても得意らしい」
ミラは思わず息を飲む。
「……あの人は、つまらないことを覚えていますね」
煩わしそうに苦笑したピエルネに、キースの口調が一段と冷ややかになった。
「それに、あんたはコルベルの豪勢な私室について知ってたな。オルガ神官は個人的に大神官の私室を訪れたことはないと言っていたが、あんたは部屋に入ったことがあるということだ」
「大神官は弱いくせに酒好きでしたから、外国の珍しいお酒を手に入れたと言って訪ねたら、喜んで部屋に入れてくれました」
「酔わせてつぶして、その隙に裏帳簿を部屋へ隠したか?」
「帳簿を用意したのは私ですが、あの人が横領したことがあるのは事実ですよ。聖女が現れ、急に神殿に入ってくる金が倍増して、すっかり目が眩んでいました。浮かれて寄付金に手をつけるなんて、実に愚かな人間です」
もはや何も隠す気がないらしい。ピエルネは静かな笑みを浮かべ続けている。
「大神官を失脚させて、自分が後釜に座りたかっただけなら、横領に気づいた時点で訴え出れば済んだことだ。なんでわざわざミラの字を真似たリストなんてつくって、聖女まで共犯に見せかけようとしたんだ」
「そうよ、なんで私を悪女に仕立て上げようとしたの!?」
ミラもつい口を挟まずにはいられない。剣で刺されたのは半分事故のようなものだったが、この男の策略のせいで自分は悲惨な最後を遂げたのだ。
「聖女がいきなり姿を消し、誘拐の可能性が高ければ、公爵家は黙っていないし、国を挙げての大捜索になることでしょう。ですが金を横領して逃げた悪女を探すのでは、探し方も探す場所もまったく違ってくるとは思いませんか? 見つからなければ国外逃亡も疑うでしょうね」
ピエルネは青くなっているミラを見つめて、いけしゃあしゃあという。キースの顔が険しくなる。
「つまり、あんたの狙いは最初から、金でも大神官の座でもなくて、聖女を手に入れることか」
「本当は一年程かけて寄付金を横領し、その間もっとじっくり計画を練るつもりだったんです。なのに――この数か月で、急にあなたは変わってしまったミラさん」
丸メガネの縁を押し上げ、ピエルネは眉根を寄せる。
「半年前まで諾々と神殿に従うだけの、愚かで可愛らしいお嬢さんだったというのに……見た目も挙動も派手になり、急に精霊を連れ歩くようになった。神殿の意から外れて自ら行動し始め、王妃や国王の目に止まるまでになりましたね。一体、何がきっかけだったのやら――その男とつるむようになったのが原因ですか」
苦々しくキースを見やるが。
「いや? こいつは俺と知り合ったときにはもう『悪女になりたい』とか、おかしな方向に舵切ってたから、俺のせいではねえなぁ」
キースは真面目に否定した。
おかしな奴だと思われてたらしい、と知って今更ながらに恥ずかしい。
――変わったのは、一度死んで、蘇ったからよ。
そんな理由さすがに誰も思いもつかないだろう。
「どうしてか、寄付金の横領についても勘づいて、どうもコソコソ神殿内を調べているらしいとわかり、急遽計画を早めリストをコルベルの部屋に隠しましたが――まったく、当初の私の計画はすっかり狂ってしまいました」
計画を変更し、コルベルの逮捕で注意が削がれた隙に、ミラを拉致しようとしたが、思惑外れてキースも一緒に連れ帰る羽目になったのだ。
「この地下室、なんなんですか」
「私が昔子爵である父から譲り受けた別荘です。秘密裏に地下を改造し、牢をつくったのですが――どうやって口枷やロープを外して、牢から出てきてしまったのやら」
嘆かわしいという風に、大きく肩を竦めてみせる。
「まぁよいです。もう一度、牢の中に戻って頂きましょうか」
突然、荒々しい足音を立てて、ピエルネの後ろから六人の屈強な男が現れる。ミラたちを攫った面子だ。それぞれ手に獲物を構えている。
「金なら好きなだけ払います、この人たちを捕えなさい」
すぐにキースとレオが前に出て、ラルフがミラの手を引いて後ろに下がった。
「キースさん、あなたもさすがに武器がなければ手も足も出ないでしょう。皆さん、怖いのはオレンジ髪の精霊です、火を使うので気をつけ――」
後ろから指示を出すピエルネの言葉が終わる前に、キースが動いた。
「甘いんだよ」
キースが長い足を高く蹴り上げる。
目の前の男の腕から血が噴き出た。
――靴に隠した仕込みナイフ!?
飛び散る血に、ミラはとっさに悲鳴を飲み込む。
「うわあぁっ」
腕を切られた男が、反射的に持っていた剣を取り落とす。素早くその剣を拾ったキースは、しゃがみ込んだ体制そのまま、剣を一閃させる。
「ぐううっ!」
両足脛を薙ぎ切られた男が呻きながら膝をついた。
奪った剣で真っ先に相手の足を狙い、機動力を削ぐ、騎士というより暗殺者のような動きだ。
六人相手に不覚をとってミラともども連れ攫われたことに腹を据えかねているのか、最初から容赦がない。
さらに動揺する手近な男の胸に飛び込むように剣を振るい、相手の武器を叩き落す。流れるような無駄ない動きで隣の男の得物も弾き飛ばし、あっという間に男三人を制圧した。
「おいおい、おまえさん、あんま血飛沫飛ばすなや。女の子のいる前で、ちっとは戦い方を選べんもんかねー」
「おまえのソレはいいのかよ」
呆れるキースの視線の先、
「ひいいっ、なんだこれっ?!」
「ぎゃああっ」
「あっちい!!」
衣服から燃え上がった火を消そうと、必死に自分たちの体をはたきながら阿鼻叫喚する男が三人。
「俺はこーうまいこと服の布一枚に留めてやな」
「肉が焦げる匂いがしてんだよ」
危ない場所からミラを庇うように前に立っていたラルフが、二人の会話からも遠ざけるよう、さらにミラを後ろへと押しやった。
「以前下町の路地裏で、俺たちを襲わせたのもあんたか。大方捨て駒使って、俺らの力量を測ろうとしたんだろ」
「ほんで次は数を倍にすれば足りるとでも思ったん? 単純すぎやろ。アホちゃう?」
「まあ俺と精霊がこの場にいること事態、想定外の成り行きなわけだがな」
一切怪我を負うことなく平然とした態度でいる二人に、金で雇われただけのゴロツキはあっさりと音を上げた。
「こんな化け物相手なんて聞いてねえぜ!」
「逃げろ、殺されちまう!」
男たちは互いに手を貸しながら、ばたばたとコルベルを追い越して、その場を逃げ出した。
「くっ、まったく使えないやからですね」
残されたピエルネが顔を歪める。
「さあ、観念して秘密裏に聖女を捕らえてどうするつもりだったのか、あんたの思惑すべて、吐いて貰おうか」




