31 囚われの二人
「ミラ、起きろ、おい、大丈夫か?」
肩を揺すられて目が覚めた。
「……キース? 傷は!?」
がばりと起き上がったミラは、なによりも先にキースの右腕を確認する。
「平気だ、あんたが治してくれたから」
キースが自分の右腕を差し出して見せる。切り裂かれた服の下、褐色の肌に傷跡は残っていなかった。
「よかった……!」
ミラの肩から大きく力が抜ける。
自分たち二人は狭い牢屋に閉じ込められているようだった。背後は石壁で、すぐ目前には太い鉄格子がある。しかしミラは、ここがどこで、これからどうなってしまうのかとか考える前に、ただただキースが無事なことに安堵していた。
ホッとしたら、涙腺が緩む。ポロポロと泣き出したミラにキースが狼狽えた。
「おい、泣くな」
「だって、あなた、剣が持てなくなるところだったのよ」
「無事だったんだからいいだろ。つーか、将来騎士になって王国民を守りたいって奴が、いま目の前の女一人、守れねんじゃどうしょもねえよ」
だから泣くな、そう言われても涙が止まらない。
「巻き込んじゃって、ごめんなさい……っ」
前世でキースは、ミラとはほとんど関係ない人生を歩んでいたはずだ。なのに、今世でミラが自分の運命を変えようとして、強引にキースの人生をも巻き込んだ。
自分の勝手のせいで、キースの騎士としての未来が失われるところだったのだ。自身の浅はかな行動が恥ずかしくて、申し訳なくて、胸が苦しくなる。
「んな巻き込んだとか、謝ることじゃないだろ。あんたには父を助けて貰った恩がある。それに……」
罪悪感に打ちのめされ俯くミラの肩を支えるように、キースが手を添える。
「俺はあんたと一緒にいるのが面白い」
意外な言葉に驚いて、ミラの涙が止まる。
「鍛錬以外にそう思えることはあんまりないんだが、ここんとこあんたと行動するようになって、毎日退屈しなくなった」
顔を上げれば、赤い瞳と間近でかち合う。
「だから、謝る必要は一切ない」
いつだって、キースの瞳は温かな色をしている。
「キース…………ありがとう」
ごめんなさい、という言葉をなんとか飲み込んで、感謝を告げる。キースの口元が優しく緩んだ。
「――さて、そろそろ精霊を呼んで欲しいんだが」
「え、あ、そうだ! 私の猿轡、外れてる!?」
今更気づいて自分の口に手を当て驚く。両手も自由だ。
「俺が外した」
「どうやって!? キースは縛られてなかったの?」
「縛られてたが、万一の時のため普段から靴底に隠してる仕込みナイフで切った」
「普段から隠してる仕込みナイフ??」
言われて見れば床にロープが散乱している。
なにそれ、どんだけ普段サバイバルな日々を送ってたの?
段々と度を越していったと思われる同級生の嫌がらせと、それを毎度ゆうに超えた対応をしてきたのだろうキースにも、ちょっと引いた。
しかし引いてる暇はないと、すぐに頭を切り替えて、ミラは精霊の名を呼ぶ。
「ラルフレインっ、来て!」
瞬時にラルフが、その後続いてレオが姿を現す。
「ミラさん!」
駆け寄ってきたラルフが、いきなりミラをぎゅっと抱きしめた。
「……心配しましたっ、無事でよかったです……!」
普段人との距離を守るタイプのラルフだから、本当に案じてくれていたのが伝わってきて、ミラも嬉しくなる。
「俺も無事だが?」
「ああ、はい、よかったですね」
キースの言葉に途端冷静な顔になる。
「ミラちゃん、俺も! 俺も心配した!」
なぜか便乗したがるレオが、バッと大きく両手を開く。その勢いにつられてミラも手を開く。ぎゅーっと抱きしめられた。
「おいこら」
キースの眉間に皺が寄る。多分そんなことしている場合じゃない、と言いたいのだろう。
「……結局、あのキースのカードは偽物だったってことよね」
犯人は他人の字を真似るのがうまいと知っていたのに、気づかず呼び出しに応じてしまったのは迂闊だった。
「ああ、たまたま神殿に行ったら、俺の知らないカードで呼び出されたと聞いて焦った」
コルベルが捕まったことで、すっかり安心してしまっていた。冷静でいられなかったのは、告白だのなんだの、精霊二人が煽ったせいでもある。
「それでみんなで手分けして、ミラさんを探しに行って」
「探していたらちょうどあんたが危ないとこに出くわして――咄嗟に飛び出して、怪我してまとめて連れ攫われるなんざ情けねえな」
もっとうまく立ち回れてれば、とキースは悔しげだ。
「相手の男は六人いて、全員しらない面だった。拘束と目隠しされて馬車で運ばれ、この牢に放り込まれた」
「キースさんまでいなくなったもので、公爵邸と伯爵邸、騎士団にも連絡を入れて、捜査の範囲を広げてたところです」
「ミラちゃんの親父さんも心配しとったで。俺らすぐ一回戻って全員呼んでくるわ」
「いや、ここがどこで、何をされるかわからない以上、まずは一刻も早くこの牢を出たい」
応援を呼ぶのはそれからだ、というキースに頷いて、ミラもラルフに頼む。
「そうね、取り合えずここから出してくれる?」
「どうやってですか?」
きょとんと聞き返された。
そうだった、二人がいとも簡単に牢の中に入ってきたから失念したが、彼らはミラたちを透明にして外へ出せるわけではないのだ。
「……使えねえ」
キースが小さく舌打ちする。
ラルフの猫っ毛が逆立つのを感じて、慌ててミラが間に入って提案する。
「レオの火の力で、扉の鍵を溶かすとかはダメ?」
牢の扉につけられた古そうな金属の錠前は、特別分厚くも大きくもない。人の力の前ではさしたる違いじゃないが、精霊の力を使えばどうにか出来る代物なのではと思ったのだ。
「力技やなー。金属溶かすんにどんだけ熱がいんのやろ。やったことねーわ」
しかし在処のわからない鍵を闇雲に探しに行くわけにもいかない。
とにかく試してみようと、頭を掻きつつレオが牢の外に出る。ぱちんと指をはじくと錠前が激しい炎に包まれた。赤から青へと炎が色を変える。
中に残ったラルフが狭い牢屋内、ミラたちに熱がいかないよう、炎と二人の間に立ち、水の膜を作って守ってくれる。しかし――。
「熱い、熱いですレオ!」
「ハア? 一気に熱くせんと溶けへんやろ。おまえがもっと気張れや!」
「そ、それは――やればいいんでしょ、やればっ!」
むっとしてラルフが気合を込めて力を振るった途端、バシャアアッと派手な水音が立ち、その場の全員がびしょ濡れになった。
「火ィ消えたー!!」
「いや、見ろ」
濡れた前髪を掻き上げてキースが指さす先、熱されてから急激に水で冷やされた錠前には、無数の亀裂が入っていた。
「おっ、イケたんちゃう」
レオが力を籠めると、熱ですでに変形しもろくなっていた錠前は案外簡単に砕け落ちた。おろおろしていたラルフがホッと胸を撫でおろす。
ひとまずミラたちは牢屋から脱出することに成功した。




