30 逮捕
「見つかりましたよ! 裏帳簿!」
「コルベルの部屋や。やっぱあいつがクロで間違いない」
精霊たちからの報告が上がってからは早かった。
キアン伯爵を通じて騎士団を神殿へ送り、すぐにコルベルの身柄と証拠の品を押さえてもらうよう動いた。
突然突入してきた騎士団に、神殿内は騒然となった。
「待ってくれ! 裏帳簿など知らん! こんなのは何かの間違えだ!」
捕えられたコルベルの声が、廊下に響き渡る。
事情のわからない他の神官たちが狼狽えざわつく。その様子は副神官二人も同様だった。
「いったいこれはどういうことなのです!?」
「大神官様が横領……? 本当なんですか……?」
オルガとピエルネにも、念のためそれぞれ自室で話を聞くことになり、兵士が二人に付き添った。
次いで戸惑う神殿関係者全員に、順番に聞き取り調査をする旨が伝えられる。
また事態の全貌が明らかになるまで、しばしこの件について神殿内で箝口令が敷かれることになった。このスキャンダルが世間に与える衝撃を鑑みての、国王陛下による命だという。
「裏帳簿、本当にあったのね」
連行される人々を見ながらミラが呟く。
「クローゼットの奥から見つけました!」
「もっと机の鍵付きの引き出しとかに隠しとるんかと思ったんやけどな」
「そういうとこの方が、なんかあった時真っ先に調べられるからじゃねえの」
「でも素直に罪を認める気はなさそうね、大丈夫かしら」
「あいつに騎士団の取り調べを、のらりくらりと受け流せるような根性はなさそうだがな」
キースの予想通り、その日の日暮れには、コルベルが不正の一部について認める自供をしたという報告が、神殿で待機していたミラたちに入ってきた。
「コルベルは、神殿の寄付金の一部を私欲のために用いたことを白状しました。聖女様におきましては情報提供、捜査へのご協力頂きまして、大変助かりました。正式に捜査が終わりしだい、おって国王陛下からもお言葉があることでしょう」
ミラは騎士団の団長から直接労いの言葉を貰った。
前世では自分が追われる身だったのに、こうやって犯人逮捕に寄与する立場になったことで、ミラはひとまずはホッとする。
「まったく信じられないっ、神殿の模範たるべき大神官が、横領だなんて……!」
自供によりコルベルの単独犯ということがわかって監視が解かれたオルガは、怒りのあまり卒倒しそうな勢いだった。拘束された心労から顔色も悪く、周囲から勧められ自室へ休みにいってしまった。
「以前から随分豪華に私室を飾られていたり、高価なお酒を召されていたり、清貧を説くお立場としてはいかがか、というところがありましたけれどねえ。……いやはや、さすがにこんなことになるとは」
ピエルネも疲れの滲む顔で残念そうに首を振った。彼は動揺が激しい他の神官たちに、皆落ち着いた行動をするようにと声を掛けて回っていく。
「しかしながら、コルベルの自供している金額と、実際に横領されたと思われる金額にはかなりの開きがありまして。本人は誘惑に駆られうっかり手をつけてしまったなどと言っており、聖女様の字を真似た、精巧な偽の帳簿を用意した計画的犯行については、現在も否定しているのです」
「そんなん絶対罪を軽くしたいだけの言い逃れやろ」
呆れ顔のレオの言葉がもっともに聞こえる。
「俺は父上と騎士団と一緒に捜査に協力することになった。より詳しい供述が引き出せたら知らせるから、待ってろ」
キースの言葉に頷いて、その日は公爵邸に戻った。
神殿の体制を揺るがす事態を受けて、翌日の神殿の一般業務はすべて休みとなった。
とはいえ、急な怪我人や病人はどうしてもやってくるので、ミラはモヤモヤした気持ちを抱えつつも、出来るだけ平素通りに対応するよう努めた。
昼の休息時間、診療室から神殿内の私室へ、ラルフとレオと共に一旦戻ったミラは、扉の前に小さな花束がおかれているのに気づく。
花束を持ち上げて確かめる。青いリモアナの花束に、メッセージカードが添えられていた。
「なんですか、それ」
「キースからだわ」
整っているが全体的にわずかに斜めに傾いだ、特徴的な文字はキースの直筆だ。予定を合わせる際など、何度か手紙のやり取りをしたので見慣れている。
「いつ届いてたのかしら、なんでわざわざ改まってこんなカード……」
「なんて書いてあるんです?」
「夕方神殿に来るから、私の仕事が終わった後、……二人で会いたいって」
「告白か!?」
「告白ですか!?」
「違うでしょ! え、うそ、ち、違うでしょ!?」
気色ばむ精霊二人につられてミラの声も上擦る。
「いやいや、リモアナの花束なんてガチですやん。公爵邸に送るとミラちゃんとこの親父さんがうるさそうだから、こっちにこっそり届けたんちゃう」
「リモアナの花言葉は『永遠の愛』ですもんね! 二人っきりでって書いてあるんでしょう!?」
「告白なわけないでしょ……」
改めて冷静になり、ありえないから、と邪推する二人を制する。たんに五月に一番出回っている花なだけで、深い意味はないはずだ。
「ほんなら俺らも一緒に行ってええ?」
「絶対ダメ! ついて来ないで!」
告白は冗談として、わざわざこうして呼び出すからには、真面目な話があるのだろう。いったん事態が落ち着いた今、改めて話し合いたいことが出来たのかもしれない。
「あなたたち、内緒でついてきたら怒るからね!」
えー、と不満げな顔になる精霊二人に釘を刺す。
しきりに待ち合わせ場所を聞き出したがるレオは、絶対覗き見しにきそうだから、教えるわけにはいかない。
必要あれば呼ぶから、の一点張りのミラに、ちぇっとつまらなそうにレオが舌を鳴らす。
「あのノンデリに何か失礼なことされそうになったら、すぐ私たちを呼ぶんですよ。くれぐれも流されたり、早まった判断はしないでくださいね、ミラさん!」
ラルフはラルフでどういう心配をしているのかよくわからない。
とにかく何もないから、大丈夫だから! と、ミラは午後の診療に戻るまでの間、幾度ともなく精霊たちに言い聞かせなくてはならなかった。
夕方、診療を終え精霊たちを置いて部屋を出たミラは、通路に掛かっていた鏡の前で立ち止まる。
今日着ているドレスは、柔らかな色合いのピンクベージュ。花祭りの際キースに、無理するな、と言われて以降、ドレスは自分の好みで選ぶことが増えた。
――変じゃないわよね?
着ているドレスのひだを丁寧に伸ばして、髪にも手櫛を通す。
おろしっぱなしにした髪は、リゼが仕えるようになってから毎日念入りに櫛を通してくれるおかげで、以前より艶々のサラサラになっている気がする。
――べ、べつになんにも期待してないけど。でもほら、また似合ってないとか言われたら嫌だしね?
内心で誰にかわからぬ言い訳をしながら、ミラは神殿建物の裏手へと回った。
「キース……?」
裏の森にも繋がっている神殿裏手の小さな庭は、周囲に木々が多いせいか、夕刻になると思っていた以上に薄暗い。
まだ来ていないのだろうかと、きょろきょろと周りを伺いながら裏庭を数歩進んだその時。
背後から急にごつごつした手が伸びて、ミラの口をふさいだ。
「……!?」
「――大人しくしろ」
威圧するよう後ろから耳元で囁かれる。片手でミラの口を押えた男は、もう一方の腕でミラの左手首をつかみ上げる。
相手は一人じゃない。べつの男がミラの目の前に剣先をつきつけ脅し、さらにもう一人が強引にミラの口に猿轡をかませた。
「名前を呼べなきゃ、精霊はこないんだろ」
バクンと大きく心臓が鳴る。
見覚えのない男たちだが、精霊を呼べないよう真っ先にミラの口をふさいだ彼らは、聖女についてよく調べ対策してきている。さらに視界の端、森の方にも待機している男たちの人影と、ホロに覆われた荷馬車のようなものが見えた。
計画的な犯行に恐怖心が膨れ上がり、頭が白くなる。無我夢中で、ミラは暴れた。
唯一自由だった右手の肘が、背後にいた男のみぞおちに入った。ドンと男の体が揺れ、反動でミラは地面に膝をついてしまう。
「コイツっ!!」
ミラの左手首を掴む男の手に、さらに力が籠められる。ミラは痛みに思わず大きく身を捩った。
「暴れんなっ!」
「おい馬鹿っ、やめろ!」
髪を鷲掴まれ、剣を振りあげられる。
あ、ダメ……と心の中で悲鳴が上がる。
――これじゃ前と一緒……!
まるで最初からある筋書きを辿る繰り人形のような男たち。繰り返される運命の力を感じて、ミラの肌が粟立つ。
瞬間、赤い飛沫が、ミラの目の前に飛ぶ。
熱い、血が、頬について垂れた。
――キースっ!!
叫びたいのに猿轡のせいで声が出せない、ミラはただ瞳を見開いた。
ミラと剣を持つ男の間に飛び込んできたのはキースで、剣先を受けたその右腕からみるみる血が溢れ出す。
「……かすり傷だ」
そんな出血量じゃないというのに、ミラと目が合ったキースは、低く掠れる声を出す。
人のことを気にして、そんな強がりを言う――あなただってバカだわっ……!
伸ばされる男たちの手を振りほどき、ミラは急いでキースの腕に抱きついて聖女の力を注ぎこむ。
肩を掴まれ引きはがされそうになるが、決して離れまいと、ミラは必死にキースの腕にしがみつき続ける。全力で力を注ぐことにだけに集中する。
「もういい二人とも運べ! 早くしろ!」
男たちの声が段々と意識から遠くなる。
持ちうるすべての力を一気に注ぎこんだミラは、そこで意識を失った。




