最終話 これからの二人
地下から地上に出ると、精霊二人が手分けして、捜索に出ていた人々にミラの無事を伝えて回ってくれた。すぐに郊外にあったピエルネの所持する別荘へ、父と騎士団、キアン伯爵やオルガ神官も集まった。
「――ミラッ!」
ミラの姿を見て駆け寄ってきた父に、力強く抱きしめられる。目を赤くしている父を見れば、自分がいかに愛されているのかよくわかった。
痛いくらいに力を込めてくる父を、安心させるようミラも抱きしめ返す。
捕らえたピエルネの身柄を騎士団へと引き渡しながら、地下室で聞いた彼の動機をみなにも説明した。
過去の話を知り、愕然としている父に、ミラの心も痛む。それでも母が父を嫌いになって去ったのではないと知れたことは、救いになったはずだ。
もう一人、ピエルネが母にしたことを知り、怒りをあらわにしたのは、意外にもオルガだった。
「え、オルガ神官と母って仲が良かったんですか?」
戸惑うミラに、オルガは頷く。
「私とエラは幼馴染で友人でした。私の方が年は二つ上でしたけれど」
「でも母が神殿でパンを売るのに反対してたんですよね?」
「友人だろうが、規則は規則ですから。もちろんエラの作るフィッシュフライサンドは格別でしたから、私はきちんと休息日に店へ食べに行っていましたよ」
ルールを破ってこそこそと買い食いするような真似、自分はしないと堂々胸を張る。さすがは規律の鬼、鋼鉄の淑女と名高い人だ。
「神殿内でパンを売ってた母を、叱責してたっていうのは――」
誰にそんなことを聞いたのか、と眉を顰める。
「エラは神殿内なら安心と思っていたようですが、中央神殿の上層部なんて、コネで入ってきた貴族の三男、四男みたいなろくでもないのがはびこってるんですから。目立たぬよう私室を訪れるなんていう、あのセクハラ野郎共に隙を見せる真似、とんでもありません。あの子は警戒心がなさ過ぎでした!」
オルガに怒られている当時の母の姿が、なんだか容易に想像できた。
「本当にあの子は昔から楽天的で、のんびりしてて――」と暫く愚痴が止まらないオルガだったが、我に返ったように一旦言葉を切った。
「まあ友人と思っていたのは私だけだったのかもしれませんが……。エラは妊娠したことを私には一言も告げずに、王都を出ましたから」
オルガは寂しげに視線を床に落とす。しかし再び顔を上げたその瞳には、苛烈な怒りが宿っていた。
「私に相談さえしてくれればっ、神殿の威信にかけて、必ず男側に責任を取らせたのに!」
母が妊娠を隠した理由が透けるようだ。根はいい人なのだろうが、この人は若干思想が強めな節がありそうだ。
「そうすれば……」とオルガは一瞬声を詰まらせる。
「そうすれば――故郷から遠く離れた地で事故死なんて、そんな最期はとらせなかったっ」
感情的に声を高くしたオルガに、ミラの胸にこみあげてくるものがあった。時間が出来たらオルガには、もっといっぱい母の話を聞いてみたいと思う。
「この国はまだまだ女の立場が弱いんです。女をとっかえひっかえするナンパ野郎もいれば、母親から子供を取り上げるような無慈悲なことを平気でしたりする、ろくでもない男が多すぎます!」
思わぬ矢が飛んできて、キアンとキースが目を泳がせる。
「まあ公爵様は、それでも最終的には責任を果たそうとしていたようですけれど」
本人を前に流石に言い過ぎたと思ったのか、オルガはきまり悪い顔になった。
「いいえ、オルガさんの批判はもっともです。僕は本当に卑怯な人間でした」
父が静かに首を振った。
「若い頃の僕は……父が怖かった。雷のような怒声も、振り回される杖も、怖くて仕方なくて、父に逆らえなかった。それでいてエラのことを手放すことも出来なくて……。早くに亡くなった母に、領民を守れる立派な当主になると約束していたから、家を捨てる決断も下せず、本当に弱くて中途半端な男でした」
父の事情をわかっていたから、母は秘密で付き合うことを受け入れていたのだ。
「エラの優しさに、ずっと甘えていた自覚があったから、彼女が王都を去った時、愛想をつかされても当然だと、その後を追うこともしなかった」
実際母が父の元を去ったのは、隠れ家に囲われることを厭ったのではなく、ピエルネに脅されたからだったが、事情を知らなかった父は自分を責めたことだろう。
「それからは、エラのことは諦めて、公爵家の跡取りとして、勉強や仕事に全力で取り組んだけれど……でも、父が無理やり進めようとする縁談には、どうしても頷けなかった。どれだけ父に叱責されても、相手側の女性に恥をかかせることになっても、エラ以外の女性を妻に迎えるのが嫌だったんだ」
ミラが知りたかった、当時の心境を父が語ってくれる。
「一年半程前、突然父が心臓の発作で亡くなった時、自分でも恐ろしいほど薄情だけど、僕は、やっと僕の人生が自分のものになったような気がした。それから、あまりに身勝手だって頭ではわかっていたけど、エラときみの居場所を探さずにいられなかった。正式に公爵家を継ぎ、僕自身が社交界で力もつけた今なら、身分違いの結婚をしても、エラを守りきれるんじゃないかって思ったんだ。でも十五年も経っていたから、なかなか手がかりを見つけられずにいて……」
そんな中届いたのは、母の訃報だった。父の後悔はどれほどだっただろうか。
「きみに嫌われたくなくて、ずっと探していたなんて、嘘までついた。恨まれたって仕方ないと思う。最低な僕を、どうか許して欲しい」
父がミラの目の前で片膝をついた。頭を下げる父にミラは大きく首を横に振る。
「私、お父様を恨んだことなんてないです。お母さんも、お父様のことを別れても大事に想ってました。お父様は悪くないって、ずっと言ってましたから」
むしろ母を助けられなかった自分を、父が恨んでいるかもと思っていたくらいだ。
「で、でも最初にドレスやアクセサリーをプレゼントした時も、全っ然嬉しそうじゃなかったし! 金に物言わせて父親面しようとしてるって思われてるのかもって、怖くなっちゃって。神殿に通いつめなのも、屋敷で僕と一緒にいたくないせいかなって。嫌われてると思ったら、どう話しかけていいかもわかんなくってえ」
「そ、それは嬉しくなかったわけじゃなくて! ただ高価なプレゼントに気後れしちゃっただけで。私もその、お父様にどう接したらいいのかわからなかっただけで、嫌ってたなんてことないです!」
子犬のように瞳をうるうるさせて嘆く相手に、ミラは慌てる。
「私は、お母さんとお父様の子に生まれて、よかったです」
「ミラ……」
微笑んだミラの両手を、膝をついたまま、父がぎゅっと握った。
「エラが残してくれたきみのことを、これからの人生かけて大切にするよ。僕の娘でいてくれてありがとう、ミラ」
それから父がすくっと立ち上がる。
「キースくん……今回は娘を助けてくれて本当にありがとう。父親として心からお礼をいうよ」
先程までの弱気な態度とは変わり、背筋を伸ばしてキースを見る。
「ところで、きみ、うちのミラとはどういう関係なのか、聞いてもいいかな?」
「えっ、お父様?」
突然話の矛先が変わって、ミラは目をパチパチさせる。
「知ってるよ、キースくん。きみ、すごくモテるらしいじゃないか。士官学校の校庭で行う剣術の授業を柵越しに見学にきたり、学校の正門で出待ちしているお嬢さん方が、たくさんいるらしいね」
キースってそんなにモテるの……? と、何故かミラはなんとなくショックを受ける。
「それだけモテて、多くの女性と浮名を流してきたきみが、ミラとはどういうつもりで付き合っているのか、ぜひ聞かせてもらいたい」
いきなりつめられて、キースは一瞬動揺した風にも見えたが、すぐに冷静な面持ちで返す。
「誤解があるかもしれませんが、お嬢さんとは普通に友人です」
「花祭りに二人で出かけておいて『友達』とかのたまう男、僕は本当に許せない」
一切笑顔のない顔で父が言う。横からオルガが父の意見に追従してきた。
「いますね、そういう男。花祭りに誘われた時点で期待するに決まっているのに、『そんなつもりなかった』とか、不誠実極まりないですよね。控えめに言ってカスです」
「そうだよミラ! 花祭りに行っといて、ちゃんと告白してこない奴なんて、相当な遊び人に決まってるよ!」
花祭りにリモアナの花束渡して告白なんて、ド定番中のド定番だろう! と憤る。
「もしくは、その期に及んで告白する覚悟も決められない、相当なヘタレかのどちらかです」
「どっちにしろ、ミラにはふさわしくないからっ」
ここにきて父とオルガは完全に結託している。
花祭りってそんな感じなの? 困ったミラは、こちら側にも援護が欲しいと視線を巡らす。
助けを求めて視線をやった先、レオとラルフの精霊二組は、楽しくてしょうがない顔でこのやり取りを見学している。役に立ちそうもない。
「キース、私はおまえをそんな不甲斐ない男に育てた覚えは……」
「父上まで参戦しないでもらえますか」
ちょっと黙っててください、とキースはキアンにすげなく言う。
首筋を撫でつつ、キースがやや辟易した様子でぼやく。
「だいたい、こういう話はそもそも外……周りがあまりどうこう言うことでもないでしょう」
「え、今、父親の僕を外野って言いかけた? 外野は黙ってろって??」
「言ってません」
丁寧な口調に限界きて、本来の口の悪さがまろび出そうになるのを堪えるキースが、「あんたからもなんとか言ってくれ」と珍しく本気で弱った視線を向けてくるのに、ミラも頷く。
「そう! 誤解してるからみんなっ、勘違いしないでほしいの!」
「まあ、キースさんみたいなノンデリ、これっぽっちも恋愛対象としては見てないって、ミラさんも言ってることですし、信じてあげたらいいんじゃないですか?」
どういうつもりか急に怒涛の加勢をしてくるラルフに、「いや、そこまで言ってはないけど……」と困惑する。
「とにかく私たちは、恋人同士なんかじゃなくて……」
言いながらミラはふと、やるせない不安を覚えた。
運命を変えるため、それまでの聖女の印象をがらりと変えたいという理由で、キースに恋人役を頼んだ。
けれどミラは悪女には壊滅的に向いてないそうだし、「無理に変わらなくていい」とキースに言われて以来、あまり背伸びする気は失くなっている。
キースだってキアンと和解出来たから、奔放なふりをする必要性はもうなく、二人の利害関係は消えている。
ピエルネが逮捕され死の危険もなくなった今、恋人のふりを続ける意味はまったくない。
これまではミラを助けて傍にいてくれたキースだけれど、もうお役目ごめんだ、と思われていたら……それは、寂しい。
でも、一緒にいて面白いって言ってくれたし……私も、キースといて、楽しいし――。
ふいにぎゅっと胸が苦しくなるミラの隣、混沌しかける場を鎮めようと、キースが一度咳払いをする。
「付き合ってるわけじゃないですが」
一同を制するように、キースは深紅の瞳でゆっくり周りを見て告げる。
「俺はミラさんを、ちゃんと大事に想っているので、傷つける真似はしないと約束します」
恋人的な意味じゃないし、こうでも言わないと話をまとめられないと思っているのだろうが……。
低く落ち着いた声音で告げられた言葉が、どうしようもなく嬉しくて、ミラの心臓が高鳴った。
じわじわと頬を赤くしていくミラの様子を見て、父が渋々といった調子で頷く。
「わかったよ、でもくれぐれも付き合い方は気をつけてね。ミラはまだ未成年なんだから」
「一線超えたら殺すから」と、物騒なセリフを笑顔でいう。
後ろ手を組み直立不動になったキースが、黙って深く頷き返した。いい加減誰か「一線」の意味を教えて欲しい。
「ええやん、ええやん! アレや、つまり今がいっちゃんええ時期ってことや!」
ずっと静観していたレオが、いい加減堪えきれないという風に噴き出すと、その場で飛び跳ねた。空中でくるくる回りながら腹を抱えて爆笑する。
精霊の跳躍に驚いた父やオルガたちが、目を瞬かせる。
そんな様子にミラの肩から力が抜ける。それから隣で同じように脱力しているキースを見上げる。
「とにかく、ひとまず全部解決したみたいだから……ありがとね、キース」
これまでずっと助けてくれた礼を改めて告げる。
「それから、えっと」
言葉を探すように足元に視線を彷徨わせるが、結局いい言葉が見つけられずに、再びミラは上目遣いにキースを見つめる。
「――これからもよろしく?」
ちょっと照れつつ微笑んだミラに、キースもハッと吐息で笑った。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました!
初めての投稿で拙い箇所が多いですが、よければ☆☆☆☆☆の評価つけてもらえると、今後の励みになります!
これから少しずつ投稿を増やしていくつもりなので、よろしくお願いいたします。




