28 キアン伯爵の告白
「おはようございます。お加減はいかがです?」
翌朝改めて、ミラとキースはキアンの私室におもむいた。
ベッドから上半身を起こした状態のキアンは、見たところ顔色もよく、もう聖女の力は必要なさそうだった。本人も体調は良いという。
「あなたには迷惑をかけた、申し訳ない」
キアンが深く頭を下げる。
「いえそんなっ、これも聖女の役目ですからっ」
父親より年上の人に頭を下げられると落ち着かなくて、かしこまらないで欲しいと頼む。
「……それから、昨夜は疲労が溜まっていたところに動揺が重なったとはいえ、大変失礼な誤解を口にしてしまった。どうか忘れて欲しい」
「え? ああ、はい?」
「いいから。気にすんな。忘れろ」
隣からキースが素早く耳打ちしてくる。
「執事に聞きましたよ、父上。最近大臣の仕事で忙しくしている以外にも、社交の付き合いも増やしたそうですね。それで過労で倒れるなんて何やってるんです?」
キースは父親に対しても「あんたバカか」くらい言いそうな呆れた態度だ。
わずかに躊躇ったあと、思い切ったようにキースが聞く。
「もしかして、俺のためですか」
「……」
沈黙は肯定と同じだと悟ったのだろう、諦めた風にキアンが口を開く。
「……シルヴァンティス家の長男だというのに、お前が不当な扱いを受けるのは、すべて私のせいだ」
息子が受けている中傷や、当主の座は弟が継ぐべき、などの周囲の意見は当然把握しているのだろう。
「その責任をとるには、お前が将来継ぐ地位を盤石にするとともに、我が家の決定に誰も口出させないくらいの力をつけておくべきだと」
キースが額に手を当てる。
「俺が昨日話したかったのは、そのことです」
ちらりと一度ミラの方を見てから、父親へと向き直る。
「俺が司法大臣になりたくないのは、なにも周りに陰口叩かれたりするのが辛いからなんて理由じゃありません。ただその地位に、魅力を感じないからです。以前も言いましたが、再度言わせてください。――俺は、将来騎士になりたいんです」
凛と背筋を伸ばし、父親の横に立つ。
「純粋に剣を握るのが楽しくて、剣の道を極めたいんです。騎士は俺の子供の頃からの憧れで、将来の夢です。どうかお許しいただきたい」
「……そうなのか」
キアンが戸惑いの滲む声を出す。
「私の、思い込みだったのだな……」
呟くキアンに頷いて、キースが続ける。
「アレスタは頭もいいし、正義感もある。真面目過ぎるきらいもありますが、司法官には向いていますよ。アレスタが成人するまでにはまだ時間もあるから、あなたが今無理して仕事を増やしたり人脈づくりに急いたりする必要はない」
一度言葉を切ったキースが、さらに一歩踏み込んで告げる。
「母を捨てたことで、あなたは俺にずっと罪悪感を覚えているのかもしれないが、俺は父上のことを恨んでたりしませんよ」
「…………捨ててはいない」
すべて観念したように、キアン低く掠れる声を絞り出す。
「捨てられたのは、私の方だ」
「父上?」
「花祭りの後、身ごもったことに気づかず一度王都を出るも、再び戻って来て伯爵家を訪れた彼女の腕の中、銀髪の産毛生える赤子を見た瞬間、私の中で覚悟は決まっていた」
皺の深くなる眉間を、キアンが軽く押さえる。
「伯爵家の身分もなにも、すべて捨てていい。彼女と二人、市井の暮らしにまじりどんな仕事もする。貴族教育で培った基礎知識はどんな場所でもある程度役に立つはず、彼女と子供、必ず幸せにしてみせる。だから、結婚しよう、と」
覚悟を決めてそう相手に告白したそうだ。
「だが彼女からは、『ごっめん、無理』と言われた」
「……」
「……」
変わらぬ無表情のまま、口調まで再現してみせたキアンに、どう反応すればいいかわからず、ミラとキースは固まった。
「『あの時は若くて不慣れな感じが可愛いと思ったし、お酒も入ってて盛り上がっちゃったけど、本来はもっと筋肉質なほうがタイプだからあなたじゃ細過ぎるし、今の踊りの仕事が好きだから結婚とかまだ考えてなくて、なのにすべてを捨てる覚悟とか言われても重くて怖いかもごめん』と言われた」
流れるように淡々と語るが、その目は窓の外、遠くの方を見つめている。
ミラとキースは気まずい視線を交わし合う。
「本拠地である故郷と様々な国を行ったり来たりする今の生活が気に入っているが、赤子を連れて旅を続けるのは難しいから戻ってきた、申し訳ないが赤子を引き取って欲しいということだった」
「それで言われるまま引き取ったんですか?」
やや苛立ち籠るキースの問いに、キアンは静かに頷いた。
「卓越した踊りの才を自らの誇りとし一芸で生き抜いてきて、自由奔放で誰にも縛られないところが、彼女の魅力だった。――伯爵家にとどめることも出来なかった」
「伯爵夫人は務まらないってそういう意味かよ……」と脱力した風にキースが小さく呟く。
「ならそう言えばよかったでしょう」
言葉が足らなすぎる、と文句の出る息子に、キアンは複雑な表情を見せる。
「知れば、おまえが、傷つくだろうと思った」
母親に捨てられたのだと、愛されて生まれなかったのだと、息子が思わないように。
詳しいことは口を閉ざした結果、自身は情のない父親だと勘違いされ続けていたのだから、不器用な人である。ミラも聞いていて呆れてしまう。
「それと、すべて打ち明けるには、私のプライドが邪魔した」
おまえのためだけではない、とキアンは正直に本音を明かす。
確かに周囲や息子には、情けなくて事実を言えなかったという気持ちもわかる。
「歳を重ねた今となっては、当時の私の行いは伯爵家の嫡男として生まれた身で、あるまじき軽率なものだったと理解している」
キアンが私室に飾られた一枚の家族の肖像画へ視線をやる。
キアンの隣に描かれているのは、茶色に近い金髪をした、目立つ容姿ではないが穏やかそうな女性。その前に並ぶのは、肌の色が異なる、銀髪の男の子が二人。
「互いの家柄のつり合いで決めた結婚とはいえ、コーネリアのこともアレスタのことも大切に想っている。だが未だに……お前の、燃え盛る炎を宿したような神秘的な瞳を直視すると――少し胸が痛むのだ」
その口調は今なお熱を孕んでいる。
自分の息子の瞳の色を、「血のように冷たい」と周囲が評していることについては、伯爵は知らないようだ。
「……事情はよくわかりました」
キースが軽く肩を竦める。
「話を聞いた上で、改めて言いますが、あなたを恨んだりはしません。俺の進路の話は、今すぐにじゃなくていいので、考えておいてください。とにかく今は――よく休んでください、父上」
言い置いて、キースはミラを促し、キアンの部屋から退出した。
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