26 花祭りの思い出
いい加減お腹も膨れてきて、次第にミラとキースの関心は食べ物以外の露店へと移る。
噴水周りのメインストリートから外れた横道の屋台では、珍しいものがたくさん売られていた。
キースは生き物を売る出店で立ち止まり、おしゃべりする鳥や、爪の鋭い猛禽類を興味深そうに見ていた。
全身が鋭いトゲに覆われたトカゲを見つけ、「小さいドラゴンみたいだな」と本気で飼いたがっていたが、暖かい場所でしか飼えないと説明されて思案する。
「コーネリア様が花を育てている温室に、放し飼いにしたらダメだろうか」
「……泣かれるんじゃない?」
ダメだと思う、と真面目に忠告する。
ミラも西国の鮮やかで大胆な柄の染め物に目を奪われたり、東の国から来た知らない天然石をあしらった、変わったデザインのアクセサリーを手に取ったりする。
「ねえ、こっちとこっちだったら、どっちが可愛いと思う?」
「……まずどこが違うのかを教えてくれ」
ミラはそっとアクセサリーを棚に戻した。
さらに歩くと、親指ほど小さいキャンバスに、道行く人の肖像画を描いている露店があった。
「すごい、あんなに細い筆先であっという間に仕上げるのね」
物珍しげに職人の手元を覗き込み感嘆するミラに、「あんたも描いて貰えば」とキースが促してくる。やってみたいのが見え見えだったのだろう。
「どうぞ! お嬢さんっ、座ってください」
前の客が丁度帰る頃だったので、職人もすかさずミラに声を掛けてくる。
「じゃ、じゃあ」
両手を膝にのせて、ミラはちょこんと木製の丸椅子に腰かける。
「次は兄さんのもすぐに描いてやるからな」
「いや俺はべつに……」
「いいから、いいからっ」
狙った客は逃さない歴戦の手腕で、ミラの絵を描き終えた職人は、今度はキースを強引に椅子へと座らせた。
「で、この絵をこうして、こちらのロケットに入れまして……はい出来上がり!」
銀製のロケットがついたペンダントを差し出す。絵とロケットペンダント、二つセットの商売らしい。
銀製のペンダントは大分お祭り価格だったけれど、ミラが財布を出す前にキースが支払ってくれた。
キースにお礼を言って、店主から自分の絵を受け取ろうとしたが、渡されたのはキースの絵だった。
「ほら、これをお互いの首に下げて、お祭り回っといで」
「いや、私たちそういう仲じゃ」
こんなところでまで恋人のふりをする必要はないのだが、しかしキースは説明するのも面倒だとばかりに、渡されたミラの絵が入ったロケットを大人しく首にかけた。
「いいの?」
キースの方が露骨に嫌がりそうだと思ったのに意外だ。
「俺が自画像入りのロケットを首に下げてる方がキモいだろ」
「それはそう」
なんとなく面映ゆい気分で、ミラもペンダントを首にかける。
再び歩き出したミラの横、首に下げたロケットの表面を、指先で撫でたキースが小さく呟いた。
「つーかこれ、祭りの定番品なんだな」
異国からの楽団が来ているのか、離れた場所から流れてくる聞きなれぬ旋律に耳を澄ませるよう、軽く睫毛を伏せる。
「……こうやって、二人で祭りを回ったんだな」
誰と誰がとは言わなかった。
聞かなくても勿論わかるから、ミラも頷いた。
「素敵な思い出ね」
橙色したランタンの光あふれる通りの美しさに目をやりながら歩いていると、酔っているのだろうか、前から足取りの覚束ぬ男が歩いてくる。
「気をつけろ」
大きくふらついた男とぶつかりそうになったミラの肩を軽く抱いて、キースが自分の方へ引いてくれた。
「……剣ダコ」
肩にかけられた手を見て、ついつぶやく。以前も手が触れたことは何度かあるが、手袋をしているときも多かったし、掌の固さを意識したのは初めてだった。
「ん? ああ、あんまりきれいな手じゃなくて悪いな」
「そうじゃなくて! ただ、剣術頑張ってるんだなって思って」
自分の手と全然違う、大きくて、男らしい手だな、と思ってしまったのだ。
「――ねえ、騎士になりたいって話、もう一度ちゃんとお父様に話した方がいいんじゃない?」
急にどうした、と言いたげにキースは眉を顰める。
「いや、それなら何度も言ったが、向こうが聞き入れねえんだって」
「本当にちゃんと話した? 騎士になりたい、じゃなくて、当主を継ぎたくない、って言ってない?」
「ああ? なに言って――」
はたと途中で言葉を止めたキースが、考える顔になる。
「自分には当主は向いてないとか、自分なんかより弟さんの方が周囲に望まれてるとか言ってない?」
「……」
こんな風に一緒に祭りを回ったキアン伯爵とキースのお母さんを想像したら、きっと生まれた息子のことだって大事に想っているはずだと思えた。
大事な息子の、本当の夢なら、認めてくれるんじゃないだろうか。
ただ、伝え方を間違えているだけで。
「騎士になるため、キースがこんなに頑張ってるって知れば――そのいくつもタコが出来た、細かな傷も多い、大きくて固い掌を見せて、お願いしたら、許してくれるような気がするの」
現状に不満はないと言いつつ、自分の容姿について語る時、少し自嘲的になるキースを知っている。
「伯爵はきっと、あなたが遠慮してるんだって、思ってるんじゃないかしら」
血の繋がりがあっても、いや、家族だからこそ、素直に本音で向き合うことは難しい。父子の関係に悩むミラだから、余計にキースのことを応援してあげたくなる。
誤解があるなら解いて、二人の関係がよりよいものになったらいい。そしたら、きっとミラだって今より勇気を貰えるはずだから。
「そう改めて言われると……確かに誤解されるような言い方したことあるかもしれねぇな」
ミラの言葉も一理あると、やや反省したようにキースがぼやく。
「それなら今から帰ってお父様に話しに行きましょう! 善は急げよ!」
「はあ? 今から?」
「こういうのは思い立ったらすぐ行動するのがいいの。タイミングを逃すと結局またずるずる先延ばしにするに決まってるんだから。あなたが逃げないよう、私も一緒に行ってあげる!」
「一緒にって、本気で言ってんのか」
面識ない伯爵に突然これから自分も一緒に会うなんて、冷静に考えると緊張してしまいそうだ。
祭りのテンションに感化され、勢い余ったことを言った気もするが、今更引けない。
「大マジよ!」
「……んじゃあ、行くか、一緒に」
ミラのテンションがおかしいことに気づきながら、あえて強く拒否しないキースも、少しだけ祭りの熱に浮かされているのかもしれなかった。
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