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25 花祭りの装い

 花祭りには、一番盛り上がる時間帯だという、だんだんとランタンが灯り始める夕暮れに出かけた。


 噴水広場の近くで待ち合わせたキースは、いつも通り帯剣しているが、無地の黒いシャツに茶のズボン、というシンプルで目立たない恰好だった。


 貴族社会ではなにかと噂になる肌の色も、市井であっては言うほど特別ではない。


 とくに今日は、観光や商売で国外から来ている人も多いので、肌の色も髪の色も千差万別だ。


 それでも通りすがりに、そのまばゆい銀髪に見惚れる人は一定数いるようだった。


 自分たちだけ祭りを楽しんで、その間精霊たちに働いて貰っているのも悪いので、祭りにはラルフとレオも誘った。


 珍しい精霊二人に、ちらちらと視線を送る人たちもいる。とくに髪色が特別なラルフに驚く人は多い。

 それでも精霊だとそれほど騒ぎにならないのは、祭りの仮装とでも思われているせいかもしれない。


 ミラの今日の格好はというと、淡い水色の布地に、透けるほど薄い紫のシフォン生地重ねてある、花びらのようなドレス姿だ。パニエで控えめに広がるスカートの裾には、白いリボン飾りがいくつか揺れる。


 仕立屋を訪れた際、カタログの中からミラが一番純粋に可愛いな、着てみたいな、と思って選んだドレスだった。


 髪には青いリモアナの花を模した、小ぶりの髪飾りを一つだけ。色合い的によく似合うとリゼが勧めてくれたものだ。


 長い黒髪はまっすぐ生来のまま、下ろしっぱなしにしている。


 貴族ではないが中流階級の、良家のお嬢さんくらいに見える恰好でやってきたミラは、流れる髪を耳に掛けながら、三人の前に立つ。


「えっと、お待たせ」

「……」

「……」

「おおー!今日の格好、めっちゃ可愛ええやん!!」


「本当かしら?」

「ほんまほんま、よう似合ってんで!」


 はにかむミラに、レオはニカッと笑って肯定してくれる。すぐに大袈裟なほど褒めてくれたレオの傍ら、残りの二人は無言のまま、何故かそれぞれ左と右の方向を向いた。


「じゃあ、行きましょうか!」と歩き出したミラの背後。


「痛っ! えっ俺今なんで蹴られたん? あっ、そゆこと? やめてね? お前らが悪いんやからなソレ。瞬発力が足りんねんっ」


 何やら男三人がわちゃわちゃ騒いでいる。相変わらず仲が良いようだ。


「わあ、本当にすごい人ね!」


 噴水を中心にぐるりと露店が並ぶ広場、そこからさらに放射線状に小さな店がたくさん出ている。


 村の花祭りとは規模が違う。周囲の熱気にあてられてミラの頬も熱くなってくる。


 暫く四人で固まって歩いていたが、途中でミラは後ろの精霊二人を振り返って、気になっていたことを言う。


「一緒に、って誘っちゃったけど、レオとラルフは今日くらいべつに聖女のお守りじゃなくて、自由に見て回って来てもいいのよ?」


「いやでも二人にするのは……。聖女の傍にいるのが自分の役目ですし」


 喜ぶかと思ったのに、ラルフはなんとなく面白くなさそうな顔をする。そんなラルフの肩をレオがどつく。


「ええやん、ミラちゃんもこう言ってんやし! 俺らは俺らで、二人で遊びに行こうぜ。おまえかて今年の花祭ワインの出来楽しみにしてたやろ。花祭り名物アヒルレースも見に行かなアカンし!」


 レオがラルフの肩を引き寄せて、耳元に顔を近づける。


「大体俺らお邪魔やねん。二人でイチャコラしたいんやろ。空気読めや」


「だって邪魔したくなるんですもん。ミラさんには絶対あんなのよりいい人いますって」


 恥ずかしいからおかしな気を回さないで欲しい。こそこそしているが丸聴こえだ。

 結局「何かあればすぐ呼ぶから」と安心させることで、ラルフが渋々同意した。


「ところで精霊ってお金持ってるの?」


 レオがポケットから、骨董屋で高値で取引されるような古い金貨を取り出したのを見て、ミラは自分の財布から銀貨や銅貨を出して持たせた。


 レオが大きく片手を挙げる。


「ほなまたあとでなっ、掏摸と酔っ払いには気ぃつけや!」


「キースさん、ちゃんとミラさん守ってくださいね!」


 額を突き合わせるようにして一度笑い合った二人は、肩を並べて雑踏の中へと駆けていく。

 見た目は二十歳前、中身は百歳超えているという精霊だが、駆けだす二人の背中を見るに、精霊界基準ではわりとまだ幼い分類なのかも、とミラは思った。


 再び今度はキースと二人歩き出したミラは、軒を連ねる屋台に目移りしつつ、綿あめや粉砂糖をまぶした揚げ菓子などをチョイスする。傍ら、牛串に豚の煮込み、挽肉をつめたパイなど、キースは肉ばかり食べていた。


 ふいに反対方向からはしゃいで走ってきた子供が、ミラの横で盛大につまずいて転んだ。


「大丈夫?」


 ミラはさっと子供の前にしゃがみこむ。


 今にも泣き出しそうな子供の、擦りむいた膝へ手を伸ばす。小さな光が子供の傷を消し去っていく。

 不思議そうな顔をしている子供に、「内緒ね」と唇に人差し指を立ててみせた。


 すぐに子供の後ろから両親らしき男女が、慌てた様子で向かってくるのが見えて、ミラは立ち上がりその場を離れる。


「今日の聖女業は休みなんじゃなかったか」


 キースが呆れたような、面白がるような口調で言う。


 今日は聖女でも公爵令嬢でもない、ただのミラとして祭りを楽しみたい、とキースには事前に言っていた。


「いやでも目の前で転ばれたら流石に……なに、どうしたの?」


 キースがじっとミラを見つめているのに気づいて、首を傾げる。


「……そのドレス、似合ってるな」


 さっきレオにも言われたことなのに、キースが急に真面目な顔で言うから動揺してしまった。


「え、あ、ありがとう」


「あんたは、そういう淡い色の方が、似合うと思うぞ。髪もそのまんま下ろしてた方が、らしいんじゃねえの。舞踏会の時のドレスはあれだろ、どうせ『悪女っぽくみせたい』とかで選んだんだろ」


 お見通しだったらしい。


「服に着られてるっつーか、無理してんな、って感じがありあり出てて、ぶっちゃけ微妙だったな」


 今更ながら散々な言われようだった。


「前にも言おうかと思ったんだが」とキースが腰に片手を当てた。


「そもそもあんた、向いてないんだよ悪女とか」


 悪女っぽい服装、振る舞いをしようにも、根本的に似合ってない、と言う。


「全然男慣れしてねえし、襲ってきた相手のケガを心配するほどお人好しで、結局馬鹿がつくほど真面目に聖女の役目を果たそうとしながら、『悪女になりたい』は無理あんだろ」


 悪女の才能ゼロ、と断言される。


 いきなりお説教が始まったのかと不安になるミラの顔色を見て、「だから、何が言いたいのかって言うとだ」とキースが首筋を撫でながら、言葉を巡らせる。


「……いいんじゃないのか、べつにそんな無理して変わらなくても。――あんたは、あんたなんだから」

「……」


 悲惨な死を遂げたせいで、一生懸命生きてきたつもりだった前世の人生が、無駄なものだったように思えた。


 それまでの自分に価値を見出せなくて、もっと別の人間に生まれ変わらなきゃと焦っていた。


 でも多少変われたところはあっても、根本的にミラはやっぱりミラのままで――それでもいい、と言ってくれる人がいて――ふわふわと全身が浮き立つ心地がした。


「……ありがと」


 祭りの喧騒にかき消されてしまいそうな声になったが、キースは軽く頷いてくれる。


 照れくささをかき消そうと、周りの屋台へ目を向ける。 


「あ、次あの林檎飴が食べたいっ」


「まだ食うのかよ」


「レディにそういうこと言わないで!!」


 毎度炸裂するノンデリに、ミラは指を突きつけて抗議した。


読んでいただきありがとうございます!

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