23 隠れ家の秘密
この日、四人で集まったのは、パンを食べるためだけではない。一番の目的はパン屋から少し離れた、西区にある住宅地へ行くこと。
そのあたりにあるはずの、ミラが前世で父から教わった隠れ家、兵士たちが待ち伏せていて、ミラを捕まえたあの場所を確認しに来たのだ。
大体の場所は把握していたが、あの時は馬車移動だったので、正確な位置は曖昧だった。
青い屋根の小さな家に候補を絞って、精霊二人に上空からも探して貰ったので、該当の物件はすぐに見つかった。
背の高い生垣にぐるりと囲まれた家。
芝があるだけの前庭を見下ろす。
前世はここで死んだ。
蘇ったときすぐにこの場所を探しに行かなかったのは、忙しかったのもあるが、来るのが怖かったせいもある。
一度死ぬ、という体験はトラウマもので、刺された時の痛みを思い出すだけで、冷たい汗が噴き出す感覚がある。
「大丈夫か、ミラ」
「平気よ」
顔色が悪かったのか、キースが声を掛けてきたが、ミラは虚勢を張る。
芝に出来た赤黒い血だまりの幻影を、ミラは頭を振って払い落とした。
精霊たちが先に壁をすり抜け中に入り、内側から鍵を開けてくれた。
二階建ての一階部分には、ダイニングとキッチン。
ダイニングテーブルのセットがあるだけの簡素な部屋で、人が住んでいた気配は希薄だった。
二階に上がると、ベッドにクローゼット、書き物机などがおかれ、一階よりも物が揃っている。
使われていない家具には埃除けとして、白い布が掛けられていた。
その中で一つ、家具としてはあまり見慣れないシルエットのものがあるのに気づき、ミラは好奇心で覆いの布を外してみた。
「これって――」
「――ゆりかごか」
隣に立ったキースが僅かに目を眇めた。
木目の整った白い木材に、小鳥や小リス、淡い色のたくさんの花がペイントされた、とても手の込んだ代物だった。
傷や汚れは一切なく、新品に見える。
試しに他の布も外してみた。どれもきれいな状態で未使用のようだ。女性が好みそうな可愛らしいデザイン、もっと言えばミラの母が好んだ色、デザインだった。
「ここは……お父様が、お母様に新しく用意した家なのね」
ゆりかごまで用意していたのなら、やはり母が王都を去る前から、父は母の妊娠を知っていたことになる。
「……ミラさん、書き物机の引き出しに、手紙がありました」
束にされた手紙には、よく見慣れた文字。
母から父に宛てた手紙だった。
手紙のやりとりからわかるのは、ミラを授かったことを、母は父に相談したこと。
相談の結果、祖父にあたるシルヴァンティス公爵には二人の関係も子供の存在も秘密にし、エラはこの家で隠れてミラを生み、二人で協力して育てていこう、という結論にいたったことが読み取れた。
結婚も認知も望まない、ただ二人で子供を育てられればそれでいい。
エラはそれで一度は納得したようだったが――。
残っていた最後の手紙で、エラは決断を覆す。
この先も公爵に結婚を許される未来がなく、二人の関係や子供のことがバレることに怯えながら、この家でこそこそ暮らす生活には耐えられそうにないこと、それくらいなら子供と二人、自由に暮らしたい、という気持ちが書かれていた。
――どうか私たちのことは忘れて下さい。
そんな言葉で終わる手紙を父に残し、母は王都を出たようだ。
「……」
読み終えた手紙を手に押し黙ったミラの、複雑な気持ちを推し量り、キースが言葉を選びつつ言う。
「……酷なこと言うようだが、平民出のあんたの母が公爵夫人になるのは相当厳しいことだ。伝手があれば一度貴族の養子に入って、貴族の娘という肩書を手に入れてから結婚する方法もなくはないが……。あんたの祖父が血筋にこだわる厳格な人だったなら、それも難しかったんじゃないか。父親の立場からすると、無理を通して結婚したところで、後々苦労させるのが目に見えていたなら、あえて形式に拘らないのも択だったんだろう」
「うん、わかる。わかるから大丈夫」
この隠れ家を用意した父が、父なりに責任を果たそうとしたのも十分わかる。ただそれが母の望む形ではなかったというだけで。
最終的に、父に黙って姿を消すという選択をしたのは母なのだから、一方的に父を責めるのも違う。
きれいごとで世の中は回らないことも知っている。
全部わかるんだけれど、それでも――。
母が身を引いた、という聞いていた話に間違いはないのに、思っていた内容と違うことが、やはりショックだった。
「でもごめん、ちょっとだけ一人にしてもらってもいい?」
「……先に下に降りてる」
一人になった部屋の中で、ミラはぼんやり考える。
王都を離れた身重の母を父は追わなかった。
一度は別れを選んだのに、再度ミラを引き取りにきたのは、母が亡くなったことを知って同情したからか。
それともミラが聖女になったので、公爵家の娘として利用価値が出来たから?
考えたくないことがぐるぐると頭を回る。
誰も知らない場所だからと、父がミラにここへ向かうよう促して、なのに待ち伏せにあって……どうして前世であんな目にあったのか、再度この場に訪れてみた今でもよくわからない。
おかしな不安に心を揺すられて、まるで酔ったように足元が覚束なくなる気がした。




