22 三毛猫ベーカリー
「三毛猫ベーカリー」の看板が掛かる、赤いチェック柄の庇が愛らしい店。
店先の植木鉢横では、看板猫の年老いた三毛猫が、お腹をみせてのどかに日向ぼっこをしている。
昼時は避け夕方近くに来たので、店内のイートインコーナーに人はまばらだ。ミラたちは壁際、目立たない隅の席に腰掛けた。
ミラの母が考案し作るのを担当していたという、フィッシュフライサンドを、キースが四人分まとめて注文する。
六十半ばの店主は、ミラが昔働いていたエラの娘だと知って、驚くとともにいたく喜んでくれた。
「エラちゃんは働き者の良い子だったよ。突然店を辞めた時は寂しかったし、王都からもいなくなったと聞いて驚いた」
妊娠していたのも知らなかったそうだ。
「でも隠れて付き合っている恋人がいるって話だけは、以前聞いてたんだ。相手の父親がすごく厳しい人だから、内緒にしてるんだって。それを聞いた当初は、男が不甲斐ないと思ったもんだけど……まさかお相手が公爵様だったとはねえ」
パンのようにふっくらした頬を撫でつつ、しみじみと言う。
「しかも娘さんが聖女になって、こんな格好いいボーイフレンドを三人も連れて食べに来てくれるなんてね、本当びっくりだよ! ……三人とも外国の方なのかね?」
不思議な髪色や目の色を見て首を捻る店主に、「こっちの二人は精霊なんです」と説明する。
「精霊! へえ、精霊と付き合ってるの!?」
「付き合ってはないです!」
店主に目を向けられてもレオがニヤニヤしながら否定しないので、ミラが赤くなって答える。
「じゃあ、こっちの士官学校制服の子が彼氏かい?」
放課後そのままミラたちと合流したキースを見て聞く。
「彼氏じゃないです」と、なぜかラルフがきっぱり否定した。
恋バナが出来なくて残念そうではあったものの、店主はとにかくミラの来店に感激しきりで、冷たいレモンティーを人数分サービスでつけてくれた。
運ばれてきた出来立てのサンドイッチを一口齧ってキースが驚く。
「うまいな」
「美味しいですね」
「ウマ~! 衣サックサクやし、ソースも凝ってんわー」
「……うーん、もちろん美味しいんだけど」
満足気な三人に囲まれ、ミラだけが小首を傾げた。
「なんだろう、昔お母さんが作ってくれてたやつの方が、もっと美味しかったような……やっぱり、あの味はもう食べられないんだな……」
「ミラちゃん……」
「あ、いや、思い出補正ってやつなのかもだけどね!」
感傷的になりかけたのを恥じて、慌てて笑顔をつくる。
そんなミラを横目に黙々とサンドイッチを食べていたキースが、あっという間に平らげてから言う。
「……あんたが自分で作ってみたらどうだ」
「え?」
「当時の味を一番知ってるのはあんたなんだし、何度か作ってみりゃ、同じ味が出来るかもだろ」
「いいやん、それ! ミラちゃんの作ったんも食べてみたいわー」
「まずお店の人にレシピを聞いてみたらどうです? 知ってる手順と違ったり、配分の差や足りない材料に気づけるかもしれません!」
確かに幼い頃からミラは、母の横に立って台所仕事を手伝っていた。フィッシュフライサンドも一緒に作ったことがあったはずだ。
今は曖昧な記憶も、実際作ってみたら、思い出すことがあるかもしれない。
「そうね……うん。時間が出来たらチャレンジしてみようかな!」
気長に試していけば、いつか母の味を再現できるようになるかも。
なにより前向きな提案をしてくれる三人の心遣いが嬉しい。
新たに出来た目標がチカチカと胸の中で瞬いて、ミラの心を明るくしてくれた。
ミラの話を聞いて、店主は喜んでレシピを公開してくれた。
「確かにねえ、店で大量に作るにあたって省いた手間や、抑えたコストがあるのかもしれない」
もしなにかコツや隠し味がわかったら、自分にもぜひ教えて欲しいという。
「うちは菓子パンなんかも美味しいから、また食べにおいでよ。もちろんボーイフレンドも一緒にね」
店主はまるで親戚の子を見るような目でミラを見て言った。
パン屋の近くにあったという、母が暮らしていたアパートは、すでに別の建物に代わっていて見ることが叶わなかったが、昔の母の職場を見られてよかった。
店主によく礼を言い、また絶対に来ると約束して店を出た。




