21 偽装されたリスト
「舞踏会、楽しかったようでなによりです。お二人が華やかな会場でダンスをしている間に、私たちがついにリストを見つけてきましたよ」
公爵邸の応接間、リゼの運んできた紅茶を一口啜って、ラルフが微笑む。
隣ではソファの背にぐったり体を預けたレオが、疲れた顔でハチミツ入りのマドレーヌを咥えている。
「本当にありがとう二人とも!」
ラルフの笑みに圧を感じつつ、心から礼を言うミラの横から、キースは早速机の上に置かれたリストに手を伸ばし、パラパラとめくり始める。
「――このマーガレット・マクベス男爵夫人という六十代の女性、直接の知り合いじゃないが、俺は彼女についてはわりと詳しい」
数ページめくったところで手を止めて言った。
「爵位は男爵でも、夫人の実家は事業に成功していて大変裕福だ。若い時から女神信仰に厚く神殿に足しげく通っていて、新たな聖女の誕生にも人一倍喜んでいたと聞く。寄付に糸目はつけなそうなのに、記されているのはひどく庶民的な金額だな」
「なんでキースはその方のことよく知ってるの」
「引退された前々騎士団長、ケネス・マクベスの奥方だからだ」
「へえー…」という感想しか出てこない。
「あとこの三人」
トントントンと三行続けて指で叩く。
「コイツらは俺と同じ士官学校の生徒だ。典型的な金持ち貴族の子息で、普段から家柄を鼻にかけている、見栄っ張りな連中だから、こんな庶民と同額の寄付はしないはず」
「三人全員、診療理由が『剣技での打撲』になってますね」
キースの指さしたリストをラルフが覗き込む。
「それって、もしかして――相手はあなた?」
「……」
キースが黙って紅茶を啜った。
「キースっ、あなた同級生を毎月神殿送りにしているの?!」
「あの時は授業外に教師の目を盗んで、コイツらの方から仕掛けてきたんだ。複数人相手の不利な状況だったから、こっちも加減が利かなかった」
俺のせいじゃない、とやや早口に言い訳する。
火の粉はしっかり振り払うタイプだということだ。
「……昔から一部の奴らが、しつこくちょっかい出してくんだよ」
貴族の子息の中で嫌がらせをしてくる連中がいるという。
キースの生まれをからかってか、それとも剣技の腕や、その美貌をやっかんでか。話を聞いて少し同情したが、いやでも過剰防衛の疑いがどうしても拭いきれない。
「わかりやすく金額を書き換えている跡は見当たらないんだが……いや、ちょっとまて」
リストを調べていたキースが、ぴたりと固まる。何か重要なことに気づいた顔だ。
「なんかどっかで見た字だと思ったら……この字、全部あんたの字じゃないか」
「はい? いきなり何を言ってるのキース?」
リストは神殿の書記が清書すると伝えたはずだ。突飛なこと言うキースに首を傾げながら、ミラは横からリストを受け取った。
リストの文字を読んで青くなる。
「…………私の字だわ」
「最後に確認で押してある神殿の印章だが、誰が使えるんだったか?」
「大神官と副神官しか使っちゃダメだけど……保管庫にあるから、私も使おうと思えば使えるわ」
四人の間にしばし沈黙が下りる。
レオが最初に口を開いた。
「ふむ、つまりミラちゃんが、本物のリストと自分が丸々書き換えたリストをすり替えてる、ってことや」
「やってないから! これ、私の字だけど、私の字じゃないから!!」
自分でも意味がわからないほど、そっくりな字体であるが、当然書いた覚えなどない。
「もし、私が今このリストをあなたのお父様のところへ持っていって、『これは偽物のリストで、本当はお金が横領されてます。因みに私は一切関与していません』って伝えたら信じて貰えると思う?」
「いや、新手の自首かと思うな」
司法大臣の実の息子は冷静な判決を下す。
「あんたに濡れ衣がいった理由がこれでわかったな。犯人は他人の字を真似るのがうまいらしい」
「なんなのこのリスト、こんなのあったら困るわ! 王城にある残りの月のリストもみんな私の手書き文字になってるってことよね?!」
完全にミラが首謀者のようなリストを前に頭を抱える。
「いっそまとめて隠滅しますか? 私たちの力で管理室の書類、全部水浸しにするか燃やすとかなら出来ますけど」
「えーっと、それはまずいかな」
他にも大量にある重要書類を、すべておしゃかにするのは流石に無法過ぎる。
「精霊って社会性に欠けんのな。倫理観バグってんだろ。てかあからさまに精霊の力ってわかったら、聖女の差し金ってすぐバレるぞ」
「じゃあどないすんねん」
レオが不機嫌に二つ目のマドレーヌに齧りつき、「お、こっちはレモン風味やん、うまい」と速攻で機嫌を直した。
「そもそもがあんたの『予知夢』を前提とした話だから、説明しづらいんだよな」
キースは信じてくれたが、いきなりそんな話しても普通は不審がられるだろう。
「まずは実際寄付した金額と違うって、受付した神官や、寄付者たちに証言して貰わないとよね?」
「受付に関しては、それぞれその日選ばれたかぎりの下級神官だから、記憶が明瞭とは思えない。この三人については日頃の行いが悪いから、ただ見栄をはって嘘ついてると思われてもおかしくないぞ。『元騎士団長の奥様』の証言なら、ある程度信用を得られそうだが……もっと多くの証言がいるな」
「キースがあたりをつけたこの四人以外に、あとどれだけの人数が、どのくらいの金額を誤魔化されてるのか、リストの一人一人を精査して確かめなきゃだめね」
前世ではミラが聖女になってから、無実の罪で訴状が出されるまでの一年間で、一体いくらの金額が横領されていたのか、と考えてしまう。
「ああ、だがそれをするには俺らだけでは手が足りない。もっと手っ取り早い証拠が欲しいところだが」
「証拠ってたとえばどんな?」
「――犯人は本物のリスト、捨ててると思うか?」
「自身で金額なんかを管理するために、念のためこっそり手元に残してるってこと?」
「捨ててしまった方が証拠隠滅になるが、裏帳簿を隠し持ってる可能性はわりとあると、俺は思う」
それが見つかれば犯人も知れるし、言うことなしだ。
話の流れにラルフがストップをかける。
「ちょっと待って下さい。その裏帳簿、誰が探すんですか?」
「……」
「……」
「あんたら精霊使いが荒いんとちゃう?!」
ミラとキースが精霊二人に視線を送り、レオがソファから立ち上がって抗議した。
「姿消せるやつらが、神殿内にある各部屋に入りこんで探すしかないだろ」
「候補が三人もおるんやろ」
「一人は女性の神官ですよね、女性の部屋を漁るような真似、したくないんですけど……」
「コルベル大神官! まずコルベル大神官の部屋を探すべき! 一番怪しいんだから!」
一人目でビンゴな可能性はかなり高い、とミラは主張する。
「お願いっ、また美味しいお菓子とお酒! 用意するから!」
拝み倒すミラの横で、ぼそりとキースがまた余計なことを言う。
「どうせおまえら暇なんだから、渋んなよそれくらい」
「は? 暇って言いました?」
「おま、ゆうてええことと悪いことあんねんで」
「冗談ですやん」
「うわっソレめっちゃムカつくわ!!」
しれっと口調を真似られて、レオがキースの胸をどつく。
ミラが知らないノリを見せるキースと、男同士だと距離が近くなる精霊たちに、つい感心して言った。
「あなたたち、随分仲良くなったのね」
「ねえよ」
「ないわー」
「どこがです!?」
声をそろえて言い返すとこが、とはあえて言わずに、ミラもレモンが香る焼き菓子へと手を伸ばした。
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