20 キースの生まれ
しばしお互いやわらかな夜風に吹かれつつ、黙ってグラスを傾けていたが、ふいにキースが上着のポケットに手を入れた。
何かを取り出して、ミラへと放り投げる。
しゃらりと鎖を鳴らしてミラの手に落ちたのは、銀製のロケットペンダントだった。
楕円状の蓋には、五月に盛りを迎える青い花――国花であるリモアナの花が彫金されている。伯爵家の持ち物としては少々荒い意匠だった。
促されて、ロケットの蓋を開ける。
親指程のロケットに収められた肖像画。小さなキャンバスに精緻に描かれていたのは、生き生きとした笑みを浮かべたきれいな女性だった。
黒檀色の豊かな巻き毛に、褐色の肌、ガーネットのごとく力強く光る瞳。頬の輪郭までもが、キースとよく似ている。
「……アミャルダーニという名らしい。幼い頃、『必要ならばお前が持っていろ』と父から渡されて以来、なんとはなしに持ち歩くのが癖になってるんだ」
本人はつまらない癖だ、と言いたげだったが、首に下げて身につけるまではせずとも、幼いころから携帯する習慣がついているなら、大事なお守りのようなものなのかもしれない。
「自分の母が、巡業に来ていた異国の踊り子だってのは、物心ついた時にはもう屋敷の使用人たちの噂話で知っていた。けど全部が噂通りとも限んねえのかもって、五歳くらいのときか、父に直接尋ねたことがある。生まれた子を抱いて王都に戻った母を、伯爵家の門前で追い返したって話は本当なのかって」
幼い子供というのは怖いもの知らずである。いやキースがやや特殊なのだろうか。
「父ははっきり頷いたよ、『そうだ、お前の母親は伯爵家の嫁には到底なれない人間だったからだ』って。えらく淡々と言われて、さすがにガキの俺でも、それ以上踏み込んだ話は出来なかったな。ロケットは、その時に貰った」
ミラの手からペンダントを受け取り、再びポケットへとしまう。
「なんの弁明もないんだな、と虚しくなったのは憶えてるが、言うほど怒りはなかった。所詮話したこともない母だ。それに俺が四歳の頃に嫁いできた義母のコーネリア様が、実の子のように良くしてくれたから。父も俺と異母弟を平等に扱ったし、おかげでアレスタも素直に兄弟として俺に接してくる。だから周りがどう思うかは知らないが、俺は現状にそんな不満はないんだよ」
キースの言葉が途切れ、続きを探すように間が空く。
「……くそっ、悪い、なんでこんな話始めたんだったか」
自分自身に呆れたように、くしゃりと前髪を軽く掻き乱す。
「なんとなく、あんたには話しておきたくなったんだ」
「――私も子供の頃よく周りから『父親に捨てられた可哀想な子』って言われたことあるけど、その分お母さんがいっぱい愛してくれたから、そんなに不幸とか、寂しいとかなかったな。そういうとこ、私たち似てるのかもね」
「けどあんたの父親は、あんたのことをわざと捨てたんじゃないんだろ?」
「うん……お母さんは子供が出来たことをお父様には告げず王都を出て、お父様はお母さんの書置きで初めて私の存在を知ったって。そのあと私のことはずっと探してたんだって。――でも、それって本当かな」
「ああ?」
「身重な女の一人旅なんて珍しいんじゃない? 失踪後すぐに探していたとしたら、公爵家の力をもってして、平民の女の一人、追跡出来なかったと本当に思う?」
「……」
キースが黙った。
父と会ったとき、ずっと探していたと言われて嬉しかった。出会ってから、父はずっとミラに優しい。
だけど未だにミラは父に対して本音で向き合えてはいない。
母を助けることが出来なかったミラを、恨んでないのか、父に聞けなかった。そして、本当にミラを探していたのか、という疑問も父に正面から尋ねることが出来ずにいる。
――お母さんをどれくらい愛してた?
――私のこと、どのくらい愛してる?
真実を知るのが怖くて、なにも聞けないでいる臆病な自分が、嫌になる。
「でも! 今は本当に甘やかされてるなぁって感じてるのよ。そうだ、今日のパーティの話をした時、お父様がそのうちあなたにも挨拶したいって言ってたわ」
明るく話題を変えると「んん? ああ……」とキースはなんだか微妙な顔つきになる。
だがそれも一瞬で、彼も雰囲気を変えようとするかのように、グラスに残っていた炭酸水を飲み干して、フロアの灯りのほうへと向き直る。
「折角だ、もう一曲くらい踊ってから帰るぞ」
パッと手をとって、バルコニーからフロアへとミラを引っ張っていく。
白々しく貴公子の礼法を守ってダンスに誘われるよりも、こうして雑に手を取られる方がずっといい。
「……いいけど、今度のダンスはもっと手加減してよね!」
気づかないうちに夜風で体が冷えていたのだろう、重ねたキースの手が、とても温かく感じた。
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