19 悪役令嬢のリベンジ
「流石に喉が渇いたな。――あんたの分もなにか取ってくる」
近くのボーイが赤ワインしか持っていないのを見て、キースが飲み物を取りに行ってくれた。
「フィレセント公爵令嬢、素晴らしいダンスの腕前でしたわ」
「ええ、とっても素敵でした!」
ミラが一人になるのを見計らって、二人の少女が近寄ってきた。
「ありがとうございます。ミラでいいですよ」
社交界で同じ年頃の少女から好意的に話しかけられるのは初めてで、素直に嬉しい。
「それにキース様も、手足が長いのでダンス映えしますわぁ。士官学校に入学されて以降ますます背も伸びて立派な体格になられて」
「そうそう、剣術の腕もトップクラスだとか。ミラ様とキース様ってすごくお似合いですわ。お二人はお付き合いされてるんですよね?」
「まぁあ! 彼とはお友達ですわ~」
後半少し声を落としつつ、興味津々に目を輝かせる令嬢二人に、ミラは用意していた台詞を嬉々として使う。
「そうですわよねえ、まさか公爵令嬢が、キース様となんて、ありえないですわよねえ」
折角のいい気分に水を差したのは、華奢な体つきした、金髪の巻き毛に青い目、という絵に描いたようなお嬢様だった。家の爵位はキースと同じで確か伯爵だったはずだ。
淑やかそうな微笑みを浮かべているわりには、ずいぶん強引に話に入ってきた。
「実はわたくしにも一昨年、シルヴァンティス伯爵を通じて婚約の打診が来たんですけれど、でもお父様がお断りしましたのよ」
婚約の打診ってだけで婚約してたわけでもないのに、ミラとキースが話題になったらしゃしゃり出ずにはいられないなんて、相当うざったい。
「だってほら……あの肌色が子供に遺伝したらと思うと、ゾッとしますでしょう?」
――本当に、あんたみたいのにはゾッとするわ。
「それに伯爵家も司法大臣の座も、継ぐのは弟さんだという噂ですわ。キース様は騎士になるとか。……それじゃねえ?」
――よくしゃべることね。冷めた心地で、ミラは近くのボーイが持つ銀のトレイへと手を伸ばす。
「あらやだ、手が滑りましたわ」
赤ワインのグラスを掴むと、中身を伯爵令嬢に浴びせかけた。
「キースは、将来立派な騎士になるわ。あなたは逃した魚の大きさに、後悔するわよ絶対」
頭から赤ワインを垂らしながら、茫然としている伯爵令嬢を放って、ミラは同じく声を失くしているボーイへワイングラスを返し、踵を返す。
「――あんた、何やってんだ」
背後では、グラスを二つ手に、キースが呆れ顔で立っていた。
騒ぎが大きくなる前にとキースに促され、ミラたちはバルコニーへと避難した。
「これこれ!これがやりたかったのよ。可憐なお嬢様をイジメるやつ! どう? 今のなかなか悪役令嬢ぽくなかった?」
茶目っ気に笑って見せたが、キースは笑わなかった。ミラに片方のグラスを差し出しながら溜息を吐く。
「べつに肌の色だとかは言われ慣れてる。あんたが気にすることじゃない」
全部聞かれていたと思うと決まりが悪い。
「年頃の息子にそろそろ婚約者が必要だろうと、気を回した父が勝手にしたことで、破談にされて俺としてはかえって助かった。他にも『鮮血のような赤い瞳が冷たく不気味に見える』だとか、母譲りのこの容姿をとやかく言うヤツは多いしな」
「血の色が冷たく見えるとか、変なの」
自嘲気味になる相手に眉を顰める。
「血って、温かいのに。知らないのかしら」
納得いかない気持ちで、グラスに口づける。中身は林檎の炭酸水だった。
「寧ろ生命を象徴する色じゃない、すごくきれいで――私は好きよ」
「……」
夜空の下でもきらめく、その瞳をじっと見つめると、キースの方から目を逸らした。
無言でグラスを呷るキースの目元が、ほんのわずかに赤い。
図らずともリベンジに成功したらしい。照れた横顔がレアで、ミラは思わず微笑んだ。




