18 二人でダンスを
公爵邸で暮らすようになり、流石に豪華絢爛な屋敷にはもう驚かなくなったと思っていたが甘かった。
一歩足を踏み入れると、一段と念入りに飾られた会場の煌びやかさに一瞬目が眩んだ。
高い天井に吊るされた、大きなシャンデリアの光が乱反射して眩しい。
「ミラ・フィレセント様、キース・シルヴァンティス様――」
屋敷の従僕が大広間に入るミラたちの名を朗々と読み上げると、全身に突き刺さるような視線を浴びる。ミラは思わず体を硬くした。
「なんだ、チキってんのか」
相変わらず伯爵令息としてはどうかと思う言葉遣いだが、怖気づいたのは図星なので言い返せない。
「だってパーティなんてほとんど出たことないし」
思い出すのは、公爵邸で初めて行われたミラのお披露目パーティ。
最初こそ父が傍にいてくれたので問題なかったが、わずかに父が席を外したとたん、マナーの覚束ないミラの挙動をクスクス笑う声がそこらから聞こえてきて、居た堪れない思いをした。
「おどおどするから見下されるんだ。良い子ちゃんは卒業なんだろ。あんたは公爵令嬢なんだから、もっと傲慢なくらいに振る舞っていいんだ」
そうだった。そのためにドレスも髪型も工夫したんだから、弱気になっちゃダメだわ、とミラも自分を奮い立たせる。
「もしあんたが知らないマナーや社交界の話、あんたがついてけないだろう美術や音楽なんかの芸術の話を持ち出して、マウントとろうとしてくる貴族がいたら、全部無視しろ。それか無理やり話題を変えたっていい」
「そんな対応でいいの?」
「問題ない。今日この夜会で、あんたより身分の高い相手はいないんだからな。今夜は王家筋からの出席者もないし」
公爵令嬢という地位はそれほど特別なのだと教えられる。
「そもそもこの国の王家に、パーティで人を笑いものにするような品位のない人間はいないから、安心していい」
「それは――偉い人がちゃんと人格者だなんて、この国って結構いい国なのね」
「それは確かに言えてんな」
庶民視点からくるミラの言動が面白かったのか、キースがハッと短く笑う。
小馬鹿にしたような笑い方が、実は機嫌がいい時の笑い方だということも最近はわかってきた。
まずは二人で、主催者である侯爵夫妻へ挨拶をしにいった。
その後もキースの知り合いや、話しかけてくる来場者たちと挨拶をかわし、社交話に花を咲かせた。
身構えていたわりに、キースが隣にいるからか、「強そう」なドレスのおかげか、ミラへあからさまに無礼な態度をとるものはいなかった。
ドレスはどこでオーダーしたのか、ブラックダイヤはどこ産か、などという他愛ない話を振られ、「羨ましい」だの「とてもお似合いだ」だのと褒めそやされる。
もし失礼な相手がいたら、うんと冷たくあしらってやろうと意気込んでいたので、拍子抜けするくらいである。
また今夜パーティに出された白ワインは、フィレセント公爵領のものだったので、そちらも話題になった。
この国では一八歳以下は飲酒禁止なので、ミラ自身はまだ飲めないが、父の治める領地の特産品を褒められるのは気分が良い。
それから聖女としての活動についても。
「そういえば、先日王宮で開かれた王妃様主催のお茶会で、聖女様のことも話題になったそうですな」
「聞きましたわ、そのお話。身分を問わず広く民を救済しようという聖女様の精力的な行動を、王妃様も褒めていらしたとか。もちろんわたくしも素晴らしい行いだと思いますわ!」
「そうなんですか?」
人伝に自分の評価を聞いて驚くと同時に、面映ゆい気持ちにさせられた。
「お茶会で話題になったって、知ってた?」
入れ替わり立ち替わり押し寄せていた人波がいったん引いて、二人になった際にキースに話を振る。
「いや、知らなかったな。しかし王妃が賛同の意を示されたのなら、公の場であんたの活動を悪く言うような奴はいなくなるだろ。大神官だって今後態度を変えざるをえないんじゃないか。――まあこっちとしちゃ、わかりやすく牙向いてくれる方が、ありがたいんだがな」
確かに、表で賛同していても、内心でどう思っているかは計り知れない。
結局その後もしばらくいろんな人と話してみたが、ミラを敵視しているとわかるような相手はおらず、そうした噂話を聞くこともなかった。
かつてと違うと思わせる派手な衣装を見せつけ、たくさんの貴族と挨拶を交わしその顔と名前を覚え、また彼らが聖女にどんな反応を示すのかを見る、という本日の目的を大体果たした後。
もう早々にお暇してもいいのだけれど、どうするのだろうとキースの顔を伺った。
すると目があったキースが、ふっと彼らしからぬ貴公子然とした微笑みを浮かべる。
実に優雅に一礼して、ミラに手を差し伸べてきた。
「一曲踊っていただけますか、ご令嬢」
「え、まって私ゆっくりしたワルツしか踊れないっ……!」
新たに流れ出したテンポの速い曲に慌てるが、キースはさっとミラの手を引いてフロアに連れ出してしまう。
「俺についてくればいい」
観念してキースの肩に手を置いてスタートのポジションについたミラに、彼はこともなげに言う。
「あなたにダンスが好きなんてイメージなかったわ」
「体を動かすのは嫌いじゃないからな」
なるほど、舞踏会なんて堅苦しいイメージがあったが、ダンスも運動だと捉えれば、少し見方が変わる。
「もちろん踊りたくない面倒な女はいるが。ダンス中延々一方的に話してくる女とか、香水のキツすぎる女も無理だな」
キースらしい。歯に衣着せぬ言い分に、くすりと笑う。気持ちに余裕が出来たのか、今宵のオーケストラ演奏の、華やかなバイオリンの音色が、急に鮮明に耳に入ってきた。
キースのリードはわかりやすいけれど、動きが大きくてついていこうとすると結構ハードだった。
途中何度か足を踏んだが、キースがびくともしないので傍目にはわからなかったはずだ。
大きなターンに足が縺れそうになると、キースはミラの体を軽々持ち上げた。
ヒールが床から浮く。無重力で振り回されるのが怖いのか面白いのか、自分でもわからないままドキドキする。
派手なパフォーマンスに一瞬周りがざわめいたのがわかった。
フロアを駆け抜けるように踊りきると、わっと周囲から賞賛の声が湧く。
へとへとになるような踊り方ではあったが、しかし爽快感があった。
周りにバレぬよう息を整えるのに必死なミラの横、キースは涼しい顔だ。
こっそり額を拭っていると、隣からボソリと釘を刺された。
「あんた、俺以外の相手と踊るなよ」
足を踏むからと言いたいんだろうが、なんかムカついたので言い返してやりたくなる。
「なに? 妬いちゃうから?」
からかうミラの腰を、キースがいきなり抱いて引き寄せた。間近で目が合う。
「ああ、嫉妬で狂いそうになる」
――コイツ……っ!
低く甘い声で告げられた台詞に赤面した。
――こーゆーことやるのよね!
この場合、赤くなった方が負けだ。しっかり返り討ちにされて悔しさで歯噛みする。
「あなたってほんとっ」
「なんだよ」
素知らぬ顔をしつつも、ミラの素直な反応にキースの肩は小刻みに震えている。
ドレスのスカートを両手でぎゅっと握りしめて、ミラは内心で悪態ついた。
――この男、本当にムカつく!!
読んでいただきありがとうございます!
↓☆☆☆☆☆の評価やブックマークで応援してもらえると励みになります!




