10 火の精霊
神殿の裏手にある森。ラルフと向かったのは、そう深い森ではなく、人が通れる小道もあった。
それでもドレスで歩くには険しい道もあったが、都度ラルフが手を取ってうまくエスコートしてくれた。
聖女のことを嫌っていた精霊だが、ふるまいはきわめて紳士的である。
木陰の道は涼しく、しばらく歩いたが汗ばむほど疲れることもなかった。
急に視界が開け、目の前に木々に囲まれた小さな湖が現れる。
「わぁキレイ……」
透明度の高い、エメラルドブルーの湖面に感嘆の息が零れる。
「私が生まれた場所です」
木漏れ日の眩しさに手庇をつくって、しばし湖の青さに見惚れていると。
「ラルフ!!」
いきなり頭上の木から飛び降りてくる影があった。
「無事やったんか! もーホンマ心配したで! いきなり聖女に召喚されてから全然帰ってこんしっ」
両手を広げてラルフに突撃してくる。
「てか聖女のおる時に神殿近くうろついてるとか迂闊過ぎやろ、なにしてんねん!」
勢いよくハグされて、その後バンバン両肩を叩かれても、慣れているのかラルフはされるがままだ。
声も動きもうるさい、二十歳前の青年姿。
奔放に四方に跳ねた、鮮やかなオレンジの髪。濃い青から澄んだ黄緑へグラデーションになった不思議な色合いの瞳を見るからに、彼も精霊なのだろう。
しかし貴族的なラルフと違い、平民に近い恰好をしている。
シンプルな生成色のシャツに、格子縞のはいった胡桃色のズボン。それなりに裕福な商家の子といったところだ。
シャツの袖口は適当に捲られていて、襟元を編み上げる黒いリボンの結びもゆるく、ラフな印象だ。
身長はラルフより高く、手足がながくてスタイルが抜群にいい。
東の国境近くに住む民が使う方言で話すところも、ラルフとは全然違う。
「ついてへんかったなー、守護精霊なんかにされてまあ! 大丈夫だったん? 聖女からパワハラセクハラされんかったか!?」
ラルフの両肩を掴んだまま詰め寄る。
勢いがありすぎて、セクハラなんてしてないと口を挟む隙もない。
「ほんでこっちのお嬢さんは誰や?」
ようやくミラに気づいた様子の相手に、肩に置かれた手を振りほどきながらラルフが告げる。
「この方が聖女です」
「はああ?」
頭から爪先まで二度見されて決まりが悪いが、態度には出さず丁寧にお辞儀する。
「心配かけてごめんなさい。精霊との契約をよくわかってなかったせいで、連れてくるのが遅くなっちゃったけど、悪気はなかったの。ラルフのお友達なのね、よろしく、私ミラ」
大きな丸い瞳をぱちぱちさせたと思うと、犬歯の目立つ白い歯を見せてニカッに笑う。
「なんや全然ええ子やん! よろしくなミラちゃん、俺は火の精霊レオンナルト。レオでええから。ラルフとは兄弟みたいなもんや」
ミラの右手を握ってぶんぶん振る。警戒心も距離感もゼロだ。
「生まれた日が同じだっただけの腐れ縁ですよ」
水と火の精霊が兄弟? というミラの疑問を察したラルフが教えてくれる。
「レオ、これから私はミラさんと一緒に行動するようになるので、ここにはあんまり来れないですよ。あなたはどうします?」
「ん? そんなら俺も一緒についてくわ」
あっさり決めるレオに、ラルフもさも当然みたいな顔で頷く。
味方になる精霊は多い方がいいので、ミラとしてはありがたい。
「ねえ聞きたいんだけど、あなたたちって女神様と話せるの?」
それが出来れば事態は一発で解決しそうだが、残念ながらラルフは首を横に振る。
「女神様と直接話せるのなんて上級精霊の中でもごく一部ですよ。私たちのような中級精霊は間近にお姿を拝見したこともないです」
精霊の上級、中級、という括りもミラにはよくわからない。中級というのはどのくらいの力を持つのだろう。
「ここまで歩いてきたけど、例えば帰りは神殿内の自室まで瞬間移動とかは出来る?」
「知ってる場所になら、私たち精霊は一瞬で行けますけど、あなたを連れては無理ですね」
「姿を消す透明化や、物体透過の能力が利くんは自分の体のみや。瞬間移動とはちゃうけど、ミラちゃん抱えて神殿前まで飛んでくことなら出来るで」
空から舞い降りてくる聖女、悪目立ちしそうで遠慮したい。
「因みにラルフは無理やで。コイツはペンより重いもんを持てへん男や」
立てた親指で示されて、ラルフは不本意そうだが、反論しないあたり自信はないらしい。
精霊が人並外れて怪力ということもないようだ。
ミラ達に出来ること、これからやらなきゃいけないこと、考えることが多く頭がぐちゃぐちゃになりそうだ。
蘇って以来、自分はあまり頭がいい方ではない、ということをミラは理解していた。
なのでミラは早々に決めた――自分より賢くて、かつ意外と面倒見のいい男を呼ぼう、と。
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