第8話:悪役令嬢パーティーは、断罪式を再演する
王宮大広間には、二度目の断罪式が用意されていた。
金の燭台。白大理石の床。王家の紋章を掲げた高座。あの日、最初の断罪式が開かれた場所だった。
ただし、空気は同じではない。
王太子派の中央席には、今日も空きがある。教会関係者の顔は硬い。貴族たちは扇の陰で互いの表情をうかがっている。
民衆代表席には、教会前広場にいた者たちも呼ばれていた。傷を塞がれた職人。熱の引いた子どもの母親。膝の痛みが軽くなった老女。
王太子派は、正式な場で押し切るつもりだった。だが、正式な場には、見た者も呼ばれている。
「エリザベート・ローゼンベルク」
王太子アルフォンスの声が、大広間に響いた。
その隣には、聖女リリアーナが立っている。白い衣装。伏せた目。胸の前で重ねた両手。ただ、その顔には、以前のような被害者の安堵はなかった。
「および、悪役令嬢一派」
アルフォンスは、並んだ令嬢たちを睨んだ。セレスティア。マルグリット。ルクレツィア。エレオノーラ。ロザリンド。イリス。
王国が悪役と呼んで切り捨てた令嬢たちが、エリザベートの背後に立っている。
「王家と教会の名において、ここに正式な再断罪を行う」
拍手が起きた。だが、遅い。薄い。
セレスティアが、扇の陰で微笑んだ。
「本日は、拍手の初速がずいぶん遅いですわね」
アルフォンスの眉が動く。だが、今は止まれない。
「罪状を読み上げろ」
側近が巻物を開いた。
「セレスティア・ヴァレンティス。王太子派夜会を混乱させ、社交界に不安を広めた罪」
セレスティアは、静かに礼をした。
「混乱ではございません」
彼女は大広間の席を見渡す。
「評価です」
貴族たちの目が、空席へ動いた。
王太子派の中央席には、今日も欠けがある。中立席は、むしろ埋まっている。王太子派へ近づきすぎない場所に、主要家門の代理人たちが座っていた。
「本日の出席配置も、主催者への評価として記録しております」
セレスティアは扇を閉じる。
「社交界では、どこに座らなかったかの方が、長く残りますもの」
側近の声が、少しだけ詰まった。
「マルグリット・ベルフォール。王宮予算を妨害し、王太子殿下の正当な式典運営を阻害した罪」
マルグリットは帳簿を開いた。
「妨害ではありません。差し戻しです」
大広間に、紙をめくる音が響く。
「本日の再断罪式、正式な式典費では承認されておりません。王太子派臨時支出として申請され、教会協賛金で補填予定。しかし、協賛金の支出名目は『聖女庇護広報費』です」
神官の顔色が変わる。
「つまり」
マルグリットは、アルフォンスを見た。
「この断罪式の支払い先が、まだ決まっておりません」
貴族席に、低いざわめきが走る。
王太子派が用意した正式な場。その費用すら、正式ではなかった。
「王国の金庫は、怒鳴っても開きません。断罪式でも同じでございます」
側近が、慌てて次を読む。
「ルクレツィア・グランヴェル。聖女リリアーナ様の儀式を冒涜し、危険魔法により奇跡を妨害した罪」
「冒涜ではありません」
ルクレツィアが水晶板を掲げる。
「解析です」
彼女の指が、水晶板の表面をなぞった。
大広間の証言台の下に、薄い光の線が浮かび上がる。香炉の横に置かれた小さな水晶も、淡く反応した。
教会関係者が息を呑む。
「発声増幅。光量補助。証言者の輪郭を神聖に見せるための簡易術式」
ルクレツィアは、淡々と言った。
「再断罪式でも、見せ方を整えるのがお好きなのですね」
リリアーナが、証言台の下を見て、小さく身を固くする。もう、光は彼女を守っていなかった。
「エレオノーラ・ヴァイスブルク。近衛隊長に暴力を振るい、王家の命令を妨害した罪」
エレオノーラは、近衛隊長へ視線を向けた。
「隊長」
近衛隊長は、硬い顔で立っている。
「私は、暴力を振るいましたか」
大広間が静まった。
近衛隊長は、しばらく答えなかった。だが、書記官席に置かれた初期報告書を見て、低く言う。
「前列を停止された。私の剣は落とされた」
アルフォンスが睨む。
隊長は続けた。
「だが、負傷者は出ていない」
貴族席がざわめく。エレオノーラは、短く礼をした。
「私は、王太子殿下の怒りを守るために動いた近衛隊を止めました」
彼女は、細剣の柄から手を離した。
「近衛隊は、王族を守る部隊です。失敗を隠す布ではありません」
アルフォンスの顔が赤くなる。
「ロザリンド・アシュベリー。記録を盗み、証言を妨害し、噂を操作した罪」
ロザリンドは、柔らかく微笑んだ。
「はい。読ませていただきました」
側近が一瞬、言葉を失う。
ロザリンドは、懐から薄い紙束を取り出した。
「本日の断罪台本、二度目の改訂版です」
アルフォンスの顔色が変わった。
「なぜ、それを」
「前回より少し整っています」
ロザリンドは紙をめくる。
「ですが、まだ事実と合っていません」
彼女は書記官席へ紙を置いた。
「断罪は、始まる前に読めばただの台本です。二度目でも、それは変わりませんわ」
書記官たちが、筆を止めた。
最後に、側近は声を張った。
「イリス・レインフォード。偽聖女として民衆を惑わせ、教会の聖女認定を乱した罪」
神官が、待っていたように前へ出る。
「教会の認定なき治癒など、聖女の力とは認められぬ。その娘は、偽聖女である」
イリスは静かにうなずいた。
「はい。認定はありません」
神官が口を開きかける。だが、その前に、民衆代表席から職人が立った。
「でも、俺の血は止まった」
母親が、子どもを抱き寄せながら言う。
「熱も、下がりました」
老女が杖を握る。
「膝の痛みも、軽くなったよ」
イリスは、三人へ頭を下げた。
「聖女かどうかは、教会でお決めください」
彼女は神官を見る。
「治ったかどうかは、この方々が知っています」
大広間の空気が変わった。教会の認定。王家の庇護。証言台の光。それらよりも、目の前で立っている人間の方が、強かった。
* * *
側近は、巻物を握ったまま固まっていた。六つの罪状は、すべて読み上げられた。だが、それは断罪にならなかった。
セレスティアの罪は、社交導線の取得だった。マルグリットの罪は、資金線の取得だった。ルクレツィアの罪は、魔法解析の取得だった。
エレオノーラの罪は、戦力配置の取得だった。ロザリンドの罪は、情報線の取得だった。イリスの罪は、民衆人気の取得だった。
王太子派が悪役として並べたものは、すべて王国攻略の職能だった。アルフォンスは、歯を食いしばってエリザベートを見る。
「これらすべてを指揮した首謀者」
側近が、最後の罪状を読み上げる。
「エリザベート・ローゼンベルク。王家に反逆し、悪役令嬢たちを集め、王国の秩序を乱した罪」
大広間の視線が、エリザベートへ集まった。彼女は、ゆっくりと微笑む。
「罪状は、それで全部ですか?」
広間の空気が、あの日と同じ形に戻った。
アルフォンスの顔が歪む。
「また分類するつもりか」
「いいえ」
エリザベートは、黒革の名簿を開いた。
「今回は、取得済みの職能を確認するだけですわ」
彼女は、一歩前へ出る。
「殿下。あなた方は、私たちを悪役と呼びました」
セレスティアが横に並ぶ。
「社交を悪女と呼び」
マルグリットが帳簿を抱えて並ぶ。
「経理を冷酷と呼び」
ルクレツィアが水晶板を下ろす。
「魔法解析を危険と呼び」
エレオノーラが細剣から手を離したまま立つ。
「騎士の職能を乱暴と呼び」
ロザリンドが紙束を閉じる。
「情報を陰険と呼び」
イリスが、治癒した民衆へ目を向ける。
「治癒を偽りと呼びました」
エリザベートは、アルフォンスを見る。
「王国が切り捨てたものは、今ここに並んでいます」
広間は静まり返っていた。
「社交を捨て、経理を捨て、魔法を捨て、騎士を捨て、情報を捨て、治癒を捨てた」
彼女は、王太子派の席を見る。
「それで、何をもって王国を動かすおつもりですか?」
アルフォンスは答えられなかった。答えようとすれば、今ここにいる令嬢たちの職能を認めることになる。否定しようとすれば、ここまでの敗北をもう一度見せられる。
大広間の中心が、変わっていた。
そこはもう、王太子が悪役令嬢たちを裁く場所ではない。王国が捨てた機能が、王太子派を裁く場所になっていた。
エリザベートは名簿を閉じる。
「悪役令嬢パーティー。第一連携、成功ですわね」
六人が、そろって礼をした。
エリザベートは、名簿の新しい欄に印をつける。
「反転舞台、取得」
それは、最初の断罪式とは違う勝利だった。あのときは、断罪式を結成式へ変えた。今度は、再断罪式そのものを奪った。
* * *
再断罪式は、最後まで続かなかった。
書記官は記録を保留した。教会認定官は確認を求めた。近衛隊は動かなかった。貴族たちは拍手をしなかった。
民衆代表席では、職人が自分の腕を見ていた。
アルフォンスは、まだ高座に立っている。だが、誰も彼の勝利を固定しなかった。
「これで終わったと思うな」
彼は低く言った。
「王宮舞踏会がある。王国中の貴族が集まる場だ。そこで誰が中心に立つべきか、思い知らせてやる」
セレスティアが扇の陰で笑った。
「舞踏会ですか」
マルグリットが帳簿を開く。
「費用確認が必要ですね」
ルクレツィアが水晶板を見る。
「照明と演出具も確認しましょう」
エレオノーラが近衛隊の配置を見る。
「警備動線も」
ロザリンドが薄く微笑む。
「招待客名簿も、すでに動いております」
イリスは、民衆代表席の方を見た。
「具合の悪い方がいれば、先に診ます」
エリザベートは、ゆっくりとアルフォンスを見た。
「断罪の舞台は、返していただきました」
そして、黒革の名簿を閉じる。
「次は、王宮舞踏会をいただきます」
再断罪式は、王太子派の処刑台に変わった。
次に奪うのは、王宮舞踏会の中央だった。




