↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
8/13

第8話:悪役令嬢パーティーは、断罪式を再演する

 王宮大広間には、二度目の断罪式が用意されていた。

 金の燭台。白大理石の床。王家の紋章を掲げた高座。あの日、最初の断罪式が開かれた場所だった。

 ただし、空気は同じではない。


 王太子派の中央席には、今日も空きがある。教会関係者の顔は硬い。貴族たちは扇の陰で互いの表情をうかがっている。

 民衆代表席には、教会前広場にいた者たちも呼ばれていた。傷を塞がれた職人。熱の引いた子どもの母親。膝の痛みが軽くなった老女。

 王太子派は、正式な場で押し切るつもりだった。だが、正式な場には、見た者も呼ばれている。


「エリザベート・ローゼンベルク」

 王太子アルフォンスの声が、大広間に響いた。

 その隣には、聖女リリアーナが立っている。白い衣装。伏せた目。胸の前で重ねた両手。ただ、その顔には、以前のような被害者の安堵はなかった。


「および、悪役令嬢一派」

 アルフォンスは、並んだ令嬢たちを睨んだ。セレスティア。マルグリット。ルクレツィア。エレオノーラ。ロザリンド。イリス。

 王国が悪役と呼んで切り捨てた令嬢たちが、エリザベートの背後に立っている。


「王家と教会の名において、ここに正式な再断罪を行う」


 拍手が起きた。だが、遅い。薄い。

 セレスティアが、扇の陰で微笑んだ。

「本日は、拍手の初速がずいぶん遅いですわね」

 アルフォンスの眉が動く。だが、今は止まれない。


「罪状を読み上げろ」

 側近が巻物を開いた。

「セレスティア・ヴァレンティス。王太子派夜会を混乱させ、社交界に不安を広めた罪」

 セレスティアは、静かに礼をした。


「混乱ではございません」

 彼女は大広間の席を見渡す。

「評価です」

 貴族たちの目が、空席へ動いた。


 王太子派の中央席には、今日も欠けがある。中立席は、むしろ埋まっている。王太子派へ近づきすぎない場所に、主要家門の代理人たちが座っていた。

「本日の出席配置も、主催者への評価として記録しております」

 セレスティアは扇を閉じる。


「社交界では、どこに座らなかったかの方が、長く残りますもの」


 側近の声が、少しだけ詰まった。

「マルグリット・ベルフォール。王宮予算を妨害し、王太子殿下の正当な式典運営を阻害した罪」

 マルグリットは帳簿を開いた。

「妨害ではありません。差し戻しです」


 大広間に、紙をめくる音が響く。

「本日の再断罪式、正式な式典費では承認されておりません。王太子派臨時支出として申請され、教会協賛金で補填予定。しかし、協賛金の支出名目は『聖女庇護広報費』です」

 神官の顔色が変わる。

「つまり」


 マルグリットは、アルフォンスを見た。

「この断罪式の支払い先が、まだ決まっておりません」

 貴族席に、低いざわめきが走る。

 王太子派が用意した正式な場。その費用すら、正式ではなかった。


「王国の金庫は、怒鳴っても開きません。断罪式でも同じでございます」

 側近が、慌てて次を読む。

「ルクレツィア・グランヴェル。聖女リリアーナ様の儀式を冒涜し、危険魔法により奇跡を妨害した罪」

「冒涜ではありません」


 ルクレツィアが水晶板を掲げる。

「解析です」

 彼女の指が、水晶板の表面をなぞった。

 大広間の証言台の下に、薄い光の線が浮かび上がる。香炉の横に置かれた小さな水晶も、淡く反応した。

 教会関係者が息を呑む。


「発声増幅。光量補助。証言者の輪郭を神聖に見せるための簡易術式」

 ルクレツィアは、淡々と言った。

「再断罪式でも、見せ方を整えるのがお好きなのですね」

 リリアーナが、証言台の下を見て、小さく身を固くする。もう、光は彼女を守っていなかった。


「エレオノーラ・ヴァイスブルク。近衛隊長に暴力を振るい、王家の命令を妨害した罪」

 エレオノーラは、近衛隊長へ視線を向けた。


「隊長」

 近衛隊長は、硬い顔で立っている。

「私は、暴力を振るいましたか」

 大広間が静まった。


 近衛隊長は、しばらく答えなかった。だが、書記官席に置かれた初期報告書を見て、低く言う。

「前列を停止された。私の剣は落とされた」

 アルフォンスが睨む。

 隊長は続けた。

「だが、負傷者は出ていない」


 貴族席がざわめく。エレオノーラは、短く礼をした。

「私は、王太子殿下の怒りを守るために動いた近衛隊を止めました」

 彼女は、細剣の柄から手を離した。

「近衛隊は、王族を守る部隊です。失敗を隠す布ではありません」


 アルフォンスの顔が赤くなる。

「ロザリンド・アシュベリー。記録を盗み、証言を妨害し、噂を操作した罪」

 ロザリンドは、柔らかく微笑んだ。

「はい。読ませていただきました」

 側近が一瞬、言葉を失う。


 ロザリンドは、懐から薄い紙束を取り出した。

「本日の断罪台本、二度目の改訂版です」

 アルフォンスの顔色が変わった。

「なぜ、それを」

「前回より少し整っています」


 ロザリンドは紙をめくる。

「ですが、まだ事実と合っていません」

 彼女は書記官席へ紙を置いた。

「断罪は、始まる前に読めばただの台本です。二度目でも、それは変わりませんわ」

 書記官たちが、筆を止めた。


 最後に、側近は声を張った。

「イリス・レインフォード。偽聖女として民衆を惑わせ、教会の聖女認定を乱した罪」

 神官が、待っていたように前へ出る。

「教会の認定なき治癒など、聖女の力とは認められぬ。その娘は、偽聖女である」

 イリスは静かにうなずいた。


「はい。認定はありません」

 神官が口を開きかける。だが、その前に、民衆代表席から職人が立った。

「でも、俺の血は止まった」

 母親が、子どもを抱き寄せながら言う。

「熱も、下がりました」


 老女が杖を握る。

「膝の痛みも、軽くなったよ」

 イリスは、三人へ頭を下げた。

「聖女かどうかは、教会でお決めください」

 彼女は神官を見る。

「治ったかどうかは、この方々が知っています」


 大広間の空気が変わった。教会の認定。王家の庇護。証言台の光。それらよりも、目の前で立っている人間の方が、強かった。


* * *


 側近は、巻物を握ったまま固まっていた。六つの罪状は、すべて読み上げられた。だが、それは断罪にならなかった。

 セレスティアの罪は、社交導線の取得だった。マルグリットの罪は、資金線の取得だった。ルクレツィアの罪は、魔法解析の取得だった。

 エレオノーラの罪は、戦力配置の取得だった。ロザリンドの罪は、情報線の取得だった。イリスの罪は、民衆人気の取得だった。


 王太子派が悪役として並べたものは、すべて王国攻略の職能だった。アルフォンスは、歯を食いしばってエリザベートを見る。

「これらすべてを指揮した首謀者」

 側近が、最後の罪状を読み上げる。

「エリザベート・ローゼンベルク。王家に反逆し、悪役令嬢たちを集め、王国の秩序を乱した罪」


 大広間の視線が、エリザベートへ集まった。彼女は、ゆっくりと微笑む。

「罪状は、それで全部ですか?」

 広間の空気が、あの日と同じ形に戻った。

 アルフォンスの顔が歪む。

「また分類するつもりか」


「いいえ」

 エリザベートは、黒革の名簿を開いた。

「今回は、取得済みの職能を確認するだけですわ」

 彼女は、一歩前へ出る。

「殿下。あなた方は、私たちを悪役と呼びました」


 セレスティアが横に並ぶ。

「社交を悪女と呼び」

 マルグリットが帳簿を抱えて並ぶ。

「経理を冷酷と呼び」

 ルクレツィアが水晶板を下ろす。

「魔法解析を危険と呼び」

 エレオノーラが細剣から手を離したまま立つ。

「騎士の職能を乱暴と呼び」

 ロザリンドが紙束を閉じる。

「情報を陰険と呼び」

 イリスが、治癒した民衆へ目を向ける。

「治癒を偽りと呼びました」


 エリザベートは、アルフォンスを見る。

「王国が切り捨てたものは、今ここに並んでいます」

 広間は静まり返っていた。


「社交を捨て、経理を捨て、魔法を捨て、騎士を捨て、情報を捨て、治癒を捨てた」

 彼女は、王太子派の席を見る。

「それで、何をもって王国を動かすおつもりですか?」


 アルフォンスは答えられなかった。答えようとすれば、今ここにいる令嬢たちの職能を認めることになる。否定しようとすれば、ここまでの敗北をもう一度見せられる。

 大広間の中心が、変わっていた。

 そこはもう、王太子が悪役令嬢たちを裁く場所ではない。王国が捨てた機能が、王太子派を裁く場所になっていた。


 エリザベートは名簿を閉じる。

「悪役令嬢パーティー。第一連携、成功ですわね」

 六人が、そろって礼をした。


 エリザベートは、名簿の新しい欄に印をつける。

「反転舞台、取得」

 それは、最初の断罪式とは違う勝利だった。あのときは、断罪式を結成式へ変えた。今度は、再断罪式そのものを奪った。


* * *


 再断罪式は、最後まで続かなかった。

 書記官は記録を保留した。教会認定官は確認を求めた。近衛隊は動かなかった。貴族たちは拍手をしなかった。

 民衆代表席では、職人が自分の腕を見ていた。


 アルフォンスは、まだ高座に立っている。だが、誰も彼の勝利を固定しなかった。

「これで終わったと思うな」

 彼は低く言った。

「王宮舞踏会がある。王国中の貴族が集まる場だ。そこで誰が中心に立つべきか、思い知らせてやる」


 セレスティアが扇の陰で笑った。

「舞踏会ですか」

 マルグリットが帳簿を開く。

「費用確認が必要ですね」

 ルクレツィアが水晶板を見る。

「照明と演出具も確認しましょう」


 エレオノーラが近衛隊の配置を見る。

「警備動線も」

 ロザリンドが薄く微笑む。

「招待客名簿も、すでに動いております」

 イリスは、民衆代表席の方を見た。

「具合の悪い方がいれば、先に診ます」


 エリザベートは、ゆっくりとアルフォンスを見た。

「断罪の舞台は、返していただきました」

 そして、黒革の名簿を閉じる。


「次は、王宮舞踏会をいただきます」


 再断罪式は、王太子派の処刑台に変わった。

 次に奪うのは、王宮舞踏会の中央だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。