第12話:女王は、悪役令嬢パーティーを正式に呼ぶ
女王の執務室は、王宮の奥にあった。
大広間のような燭台も、舞踏会場のような音楽もない。壁には王国地図。机の上には各部署からの報告書。招集状の控え、未処理の支出申請、警備配置図、救護巡幸の混乱報告。
華やかなものは、何一つなかった。
けれど、この部屋には王国を動かす印章があった。
エリザベート・ローゼンベルクは、黒革の名簿を手に、女王の前に立っていた。
その背後には、六人の令嬢が並んでいる。
セレスティア。マルグリット。ルクレツィア。エレオノーラ。ロザリンド。イリス。
王国が悪役と呼んで切り捨てた令嬢たちだった。
女王は、彼女たちを順に見た。哀れむ目ではない。慰める目でもない。
使えるかどうかを見る目だった。
「先に申し上げます」
女王は言った。
「謝罪ではありません」
エリザベートは、わずかに目を細める。
「では、用件を伺います」
アルフォンスが、女王の横で顔を歪めた。
「母上。この女たちは、私が断罪した悪役令嬢です」
「ええ」
女王は否定しなかった。
「あなたが悪役と呼んで断罪したものだけで、昨日の王国は動いていました」
アルフォンスの顔色が変わる。
「一時的な混乱です」
「一時的な混乱で、命令書は三種類になりません」
女王は、机の上の報告書を一枚取った。
「王太子派単独運用の結果は、半日で出ました」
室内が静まった。
女王は、淡々と読み上げる。
「主要家門への再招集状、全件確認待ち。会計局前、支払い未処理。教会前広場、祈祷台調整不良。西門、物資滞留。記録室、命令書三種。救護巡幸、混乱」
内務卿が、深く目を伏せる。
アルフォンスは言葉を探した。だが、報告書はすでに机の上にある。声で消せる段階ではなかった。
「エリザベート・ローゼンベルク」
女王は、名を呼んだ。
「あなた方が有用であることは、もう分かりました」
優しい言葉ではなかった。だが、エリザベートはその方がよかった。
「名誉回復ですか?」
「必要なら後で行います」
女王は即答した。
「先に、王国を動かす機能がどこにあるのかを確定します」
エリザベートは微笑まなかった。その言葉は、慰めではない。救済でもない。王国が、自分たちを道具として見始めたということだった。
ならば、道具として使われる条件を取ればいい。
* * *
「エリザベート・ローゼンベルク」
女王は、机の上に正式文書を置いた。
「および、あなたが編成した六名を、王国機能調査のため、正式に招聘します」
アルフォンスが声を荒げた。
「母上!」
「黙りなさい」
女王の声は、大きくなかった。それでも、アルフォンスは言葉を止めた。
「王太子派は、半日で王国機能を詰まらせました。次に同じことをすれば、混乱では済みません」
女王は、エリザベートへ視線を戻す。
「社交。経理。魔法。騎士。情報。救護。あなた方には、それぞれの領域を調査してもらいます」
「調査だけでは足りません」
エリザベートは言った。
女王の目が、少しだけ細くなる。
「何が必要ですか?」
「止める権限です」
室内の空気が変わった。
アルフォンスが叫ぶ。
「何を勝手なことを!」
エリザベートは彼を見ない。
「社交導線が腐っていれば、招待を止めます。支出名目が崩れていれば、金庫を閉めます。魔法設備に偽装があれば、演出を止めます。警備配置が物資を殺すなら、導線を変えます。記録が事実を曲げるなら、筆を止めます。救護計画に患者がいないなら、巡幸を止めます」
女王は、静かに聞いていた。
「王太子の命令でも?」
エリザベートは、そこで初めて微笑んだ。
「王国を壊す命令なら」
アルフォンスが机を叩く。
「私は王太子だぞ!」
「王太子の権限は」
女王が言った。
「王国を止めるためのものではありません」
アルフォンスは、返せなかった。
その言葉は、剣よりも重かった。王太子の命令が、王国そのものより上ではないと、この場で定められたからだ。
女王は、正式文書をエリザベートへ向けた。
「条件を認めます」
内務卿が息を呑む。
「陛下。本当に――」
「本当に必要なら、止められる者がいなければなりません」
女王は印章を手に取った。
「昨日、それが証明されました」
* * *
六人の令嬢たちが、一歩前へ出た。
女王の机の上に、権限を書き加えた文書が置かれる。
社交導線確認権。王宮予算監査権。儀式設備調査権。警備導線修正意見権。記録室資料閲覧権。救護名簿作成権。
そして、王太子派による妨害が確認された場合の、一時停止権。
セレスティアは、扇を閉じた。
「招待状と席順の控えを拝見いたします」
マルグリットは、帳簿を抱え直す。
「未精算支出は、承認前に止めます」
ルクレツィアは、水晶板を下ろしたまま言った。
「儀式設備は、光る前に確認します」
エレオノーラは、地図へ視線を向ける。
「警備で道を殺す配置は、通しません」
ロザリンドは、静かに微笑む。
「記録室の扉は、正式に開けていただきます」
イリスは、救護計画書を見た。
「診る人の名前から書きます」
女王は、一人ずつの言葉を聞いた。そして、文書に印章を押した。
重い音が、机の上に落ちる。
その瞬間、悪役令嬢パーティーは、非公式な妨害者ではなくなった。
王国が切り捨てた女たちは、王命で王国機能へ入る。
アルフォンスの顔は、怒りで赤くなっていた。
「その女たちは、悪役令嬢だ」
「ええ」
女王は、もう一度認めた。
「だから呼びました」
アルフォンスが息を呑む。
「あなたが正統な者たちだけで回せると言った王国は、半日で止まりました。ならば、次は悪役と呼ばれた者たちで動くか確認します」
それは、謝罪ではなかった。
許しでもなかった。
ただ、王国が必要とする機能の場所を、女王が認めただけだった。
* * *
エリザベートは、黒革の名簿を開いた。
社交。
経理。
魔法。
騎士。
情報。
聖女候補。
その横に、新しい欄が増える。
王命。
エリザベートは、黒い手袋の指先で、その文字をなぞった。
「正式権限、取得」
女王の印章が押された文書が、机の上にある。
王太子派を通さずに、王国機能へ触れる権限。調べるだけではなく、止める権限。王太子の命令であっても、王国を壊すなら止める権限。
アルフォンスは、低く言った。
「認めない」
女王が彼を見る。
「まだ、認めないと?」
「私は王太子です。最後の裁定を求めます」
内務卿が顔を上げる。
女王は、しばらくアルフォンスを見ていた。
失望ではない。怒りでもない。
手順を一つ進める顔だった。
「よろしい」
女王は言った。
「では、最後に王国中枢で確認しましょう」
エリザベートは、名簿を閉じる。
「王国中枢ですか」
「王太子に残された最後の席です」
女王の声は冷たかった。
「そこまで残したいなら、そこで示しなさい」
アルフォンスは唇を噛む。
エリザベートは、少しだけ首を傾けた。
「では、攻略完了の確認をいたしましょう」
悪役令嬢たちは、正式な場へ呼ばれた。
次に奪うのは、王太子に残された最後の席だった。




