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朝倉詩音の怪異録  作者: ゆるっとおやじ


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7/13

終わらない夏休み

第二シーズン開幕

瀬戸神社に剣を返した翌週、夏休みが始まった。

静かな夏だった。

怪異もなく、痣もなく、鏡が笑うこともなく。朝倉からのメッセージも、調査報告じゃなくて「祖母に会いに行ってきた」とか「本を読んでいる」とか、そういう内容だった。


俺は祖母の家で、だらだらと過ごした。

それで良かった。そのはずだった。

おかしいと気づいたのは、夏休みの終わり頃だった。


八月の最終週、俺は近所のコンビニに向かっていた。夕方の住宅街、蝉の声が少し弱くなっていた。もう夏が終わる、と思った。

角を曲がったとき、男の子とすれ違った。

小学生くらい。

ランドセルを背負って、うつむいて歩いていた。


すれ違った瞬間、違和感があった。

振り返った。

男の子は、角を曲がっていた。でも足音がしなかった。あの距離であの速さなら、まだ足音が聞こえるはずなのに。


俺は角まで走って、曲がった先を見た。

誰もいなかった。まっすぐ続く道に、人影一つなかった。

朝倉にメッセージを送った。

変なものを見た気がする

返信は早かった。


私も


電話した。朝倉はすぐに出た。

「何を見た」と俺は聞いた。

「子ども」と朝倉は言った。「小学生くらいの男の子。ランドセルを背負って、うつむいて歩いてた」

俺は固まった。

「同じだ」

電話の向こうで、朝倉が息を呑む音がした。


「桐島くん、今どこ」

「家の近く」

「私は図書館の近く。距離が離れてる」朝倉の声が低くなった。「同じ男の子が、同じ時間に、別々の場所に出た」

始業式の朝、俺は早めに登校した。

校門をくぐった瞬間、感じた。


一シーズン目の最初、あの放課後の教室と同じ感覚。空気が、少し死んでいる。音が、どこか遠い。


校舎の中に、何かがいる。

朝倉は昇降口で待っていた。夏休み前と変わらない無表情。でも目が、少し鋭かった。

「感じる?」と俺は聞いた。

「感じる」と朝倉は言った。「先週から、ずっと」


「何が出たと思う」

「まだ分からない」朝倉は校舎を見上げた。「でも一つだけ確かなことがある」

「何だ」

「あの男の子、ランドセルを背負ってた」朝倉は俺を見た。「この学校の制服じゃなかった。小学生の、ランドセル」


俺は理解した。

「小学生が、この高校に出てる」

「そう」朝倉はノートを取り出した。新しい、まだ白いページが開いていた。「第二シーズン、始まりだね」


一時間目が始まる前に、田村先生が教室に来た。

先生は黒板に今日の予定を書きながら、さりげなく言った。

「今日から新学期だ。体調に気をつけろ」

それだけだった。でも俺の席の前を通り過ぎるとき、先生は小さな声で言った。

「放課後、来い」


放課後の職員室は静かだった。

田村先生は俺たちが来るなり、引き出しから一枚の紙を出した。

「夏休み中に、これが届いた」

古い封筒に入った手紙だった。消印は七月。差出人の名前はなかった。


中の便箋を開くと、一行だけ書いてあった。

夏が終わっても、帰れない子どもがいます

「誰から来たんですか」と朝倉が聞いた。

「分からない。でも筆跡に見覚えがある」先生は手紙を指した。


「坂本さんだ」

「用務員の坂本さんが?」

「そう思う。でも坂本さんに聞いたら、送った覚えがないと言った」先生は椅子に深く座った。「夢遊病みたいな状態で書いたのか、それとも——何かに書かされたのか」


俺は手紙をもう一度見た。

帰れない子ども

「小学生の男の子が、夏休み前から出てます」と俺は言った。「俺と朝倉、両方が見た」

先生は頷いた。驚いていなかった。


「知ってた?」と朝倉が聞いた。

「夏休み中に、職員が二人見ている。私も一度、校庭で見た」先生は窓の外を見た。「ランドセルを背負った男の子。でも近づこうとすると、消える」


「追いかけたんですか」

「追いかけた。消えた後、男の子が立っていた場所に——これが落ちていた」

先生が机の上に置いたのは、小さなものだった。 

黄色いプラスチックの、名札だった。

表面に、マジックで名前が書いてあった。


みなみ ひろと


「南 広斗」と朝倉がノートに書いた。「小学生の男の子」

「この学校の生徒じゃない」と俺は言った。「でもこの学校に出てくる」

「この土地に縁がある子かもしれない」朝倉はペンを止めた。「桐島くん、瀬戸神社の力は戻ったはずだよね。帰れない者は送られたはずだよね」

「そのはずだ」

「じゃあ、この子は——」朝倉はゆっくり言った。「剣を返した後に、新しく帰れなくなった子」


俺は息を呑んだ。

「夏休みの間に、何かがあった」

「そう。瀬戸神社の力が戻っても——新しい怪異は止められない」朝倉はノートを閉じた。「この子に、何があったのか。それを調べないといけない」


その夜、俺は南広斗という名前を検索した。

すぐに見つかった。

地元のニュースサイトに、七月の記事があった。


【行方不明】小学三年生の男児、登校途中に失踪 南広斗くん(9)


写真があった。

丸い顔に、短い髪。笑っている写真だった。

ランドセルを背負っていた。

記事を読んだ。


七月の第二週、登校途中に行方不明になった。通学路の途中で、同級生と別れてから消息が途絶えた。通学路は学校の近くを通っていた。

俺は地図を開いた。

広斗くんの通学路を確認した。

心臓が、止まりそうになった。

通学路は、瀬戸神社の裏山を迂回するルートだった。


剣を返した、あの夜から四日後に——広斗くんは消えていた。

朝倉に転送した。

返信が来るまで、五分かかった。

見た。桐島くん、一つ聞いていい?

何だ

瀬戸神社の力が戻ったとき、私たち、何かを解放したんじゃないかと思う


俺は画面を見つめた。

解放?

境界を司る神の力が戻った。でもその力が戻る過程で——封じられていた何かも、一緒に出てきた可能性がある


俺は窓の外を見た。夜の住宅街。どこにでもある、普通の夜。

俺たちが、広斗くんを巻き込んだのか

しばらく間があった。

分からない。でも——無関係じゃないと思う


翌朝、俺は早めに登校した。

校門の前に、朝倉がいた。

朝倉は俺の顔を見て、静かに言った。

「自分たちのせいだとしても、やることは変わらない」

「ああ」

「広斗くんを、帰してあげないといけない」

「ああ」

朝倉はノートを抱えて、校舎を見上げた。

「どこにいるんだろう」


その瞬間、校舎の三階の窓に——人影が見えた。

小さな人影。ランドセルを背負った。

俺たちを見下ろしていた。

朝倉が小さく息を吸った。

「いた」

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