最後の冬
十一月が終わって、十二月が来た。
校舎の窓から見える山が、すっかり枯れた色になっていた。朝の空気が冷たくて、息が白くなった。
卒業まで、三ヶ月を切っていた。
朝倉と俺の関係は、文化祭の日から少し変わった。
大きくは変わっていない。相変わらず図書室で向かい合って座って、朝倉はノートを書いて、俺は本を読む。
でも帰り道を、一緒に歩くようになった。
それだけだった。それだけだけど、俺には十分だった。
朝倉も同じだと思っていた。
おかしいと気づいたのは、十二月の第二週だった。
朝倉が図書室に来なくなった。
一日だけなら気にしなかった。でも三日続いた。
メッセージを送った。
図書室来ないのか
返信は来た。でも短かった。
ちょっと調べものがある
何を
また話す
それだけだった。
俺は気になったけど、待つことにした。
でも四日目の朝、朝倉の顔を見て——待てなくなった。
朝倉の顔が、疲れていた。
眠れていないような目だった。頬が少し痩けていた。
「どうした」と俺は聞いた。
「大丈夫」と朝倉は言った。
「大丈夫じゃない顔をしてる」
朝倉は少し黙った。
「夢を見る」朝倉は静かに言った。「毎晩」
「地下のものの記憶か」
「違う。知らない夢だ。この土地の記憶じゃない、もっと遠い場所の夢。知らない人たちが出てくる。知らない言葉を話している」
「知らない言葉?」
「日本語じゃない。でも意味は分かる」朝倉は窓の外を見た。「助けてほしい、と言っている」
放課後、田村先生に話した。
先生は朝倉の話を聞いて、眉を寄せた。
「この土地の記憶じゃない夢、か」
「はい」と朝倉が言った。「四日間、毎晩同じ夢を見ています。場所が少しずつ変わっていく。でも人たちは同じで、ずっと助けを求めている」
「その人たちの様子は?」
「古い服を着ている。でも時代が特定できない。この国の人じゃないかもしれない」朝倉は手を見た。「夢から覚めると、手が冷たい。今朝は、指先に霜焼けみたいな跡がついていた」
先生は朝倉の手を見た。
確かに、指先が赤くなっていた。
「夢の中で何かに触れているのか」
「分からない。でも——夢が終わるとき、いつも同じ場所に行き着く」
「どんな場所だ」
「この学校の地下だと思う」朝倉は静かに言った。「地下のもっと深いところ。地下の神が眠っていた場所より、さらに下」
凛に話すと、凛は少し考えてから言った。
「水無瀬家の記録に、一つだけ読んでいないページがあります」
「なぜ読まなかったんだ」と俺は聞いた。
「怖かったから」凛は正直に言った。「木下さんが切り取ったページの近くにあって、何か関係があると思って。でも——今なら読めるかもしれない」
「読んでほしい」と朝倉が言った。
凛は頷いた。
「今夜、読みます」
翌朝、凛が図書室に飛び込んできた。
珍しく、顔が青かった。
「読みました」凛は椅子に座った。「水無瀬家の記録の、最後のページ」
「何が書いてあった」と朝倉が聞いた。
「この土地の地下には、二つのものが眠っていると書いてあった」
「二つ?」俺は言った。「地下の神は一つじゃないのか」
「地下の神は一つ。でも——その下に、もう一つある」凛はノートを広げた。「水無瀬家の記録には、こう書いてある。大地の神の下に、旅人の魂が眠っている、と」
「旅人の魂?」
「ずっと昔、この土地に辿り着いた人たちがいた。遠い国から来た人たちが、この土地で行き倒れた。大地の神が彼らを地下に受け入れて、眠らせた。いつか帰れるようにと」凛はノートを見た。「でも大地の神が封じられてしまったから、旅人たちも一緒に封じられた。帰れないまま、ずっと眠り続けている」
朝倉が目を閉じた。
「夢の中の人たちだ」朝倉は静かに言った。「遠い国の言葉を話していた。知らない服を着ていた。ずっと助けを求めていた」
「地下の神を封じたとき——」俺は言った。「旅人たちも、一緒に封じられた。でも地下の神は第三シーズンで送られた。なのに旅人たちは——」
「まだ眠っている」と凛が言った。「地下の神が送られても、旅人たちは別の層に閉じ込められたまま。自力では出られない」
「だから朝倉に夢を見せた」俺は言った。「助けてほしいと、伝えようとした」
「帰してあげられるのか」と俺は朝倉に聞いた。
朝倉は目を開けた。
「やってみないと分からない。でも——地下のものの記憶に、旅人たちのことが少しある。大地の神が彼らを受け入れた記憶が」朝倉はノートを開いた。「送り方が、通常とは違うと思う。この土地の怪異じゃないから。遠い国の人たちだから」
「どう違うんだ」
「彼らが帰りたい場所に、送り届けないといけない」朝倉は静かに言った。「橘さんや白哉さんは、この土地に送れた。でも旅人たちは——遠い国に向けて、送らないといけない」
「遠い国って、どこだ」
「夢の中で、見えた景色がある」朝倉は目を細めた。「砂漠と、青い空。太陽が大きくて、空気が乾いていた。シルクロードの方角だと思う」
田村先生に相談した。
先生はしばらく考えてから、言った。
「シルクロードの旅人が、この土地で行き倒れた。それがずっと眠っている、か」先生は窓の外を見た。「この土地は、それだけ古い」
「帰してあげたい」と朝倉が言った。
「方法は?」
「方角に向けて、送り出す儀式が必要だと思います。でも——一人じゃ無理だ。この土地と、遠い国の両方を知っていないといけない」朝倉は俺を見た。「桐島家の記録に、何か手がかりがあるかもしれない」
「父さんに聞く」俺は言った。
「お願い」
その夜、父に電話した。
父はすぐに出た。
「湊か。また何かあったか」
「ある。シルクロードの旅人が、地下に眠っている」
電話の向こうで、父が黙った。
三秒。五秒。
「……知っていた」
俺は立ち上がりそうになった。
「知っていたのか」
「桐島家の古い記録に、一行だけ書いてあった。大地の下に、遠い客人が眠ると」父は静かに言った。「でも詳しいことは分からなかった。送り方も、場所も」
「朝倉が夢を見ている。旅人たちが助けを求めている」
「そうか」父は沈黙した。「湊、一つだけ言えることがある」
「何だ」
「桐島家の作法の中に、方角に向けて送り出す儀式がある。普通の儀式とは違う。遠くへ、という意味を持つ作法だ」
「それを使えるか」
「使える。でも——」父は少し間を置いた。「その儀式は、送る人間がこの土地に深く根ざしていないと、方角がずれる。遠い国に向けて送るには、この土地の記憶を持つ者が一緒にいないといけない」
「朝倉が、一緒にいる」
「そうか」父の声が、少し柔らかくなった。「なら、できる。来週末、行く」
電話を切って、朝倉にメッセージを送った。
父さんが来る。方法がある
返信はすぐだった。
よかった
大丈夫か。夢は続いてるか
続いてる。でも——昨日の夢は、少し違った
どう違った
助けてほしい、じゃなかった。ありがとう、と言っていた
俺はスマホを見つめた。
まだ何もしていないのに?
そう。でも——来てくれると、分かったのかもしれない
俺は窓の外を見た。
冬の夜空に、星が出ていた。
遠い国から来た人たちが、ずっと眠っている。
ずっと、帰りたかった。
もう少しだけ、待っていてほしい。




