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朝倉詩音の怪異録  作者: ゆるっとおやじ


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18/24

文化祭前夜

十月になった。

学校中が文化祭の準備で浮き足立っていた。廊下には看板が並び、教室からは作業する声が漏れていた。


三年生にとっては最後の文化祭だ。

俺はそれをあまり意識しないようにしていた。意識すると、終わりが近いことを考えてしまうから。

朝倉は相変わらずだった。


文化祭の準備をしながら、合間にノートを広げていた。最近は怪異の記録だけじゃなく、地下のものの記憶を書き留めることも増えていた。

「何か見えたのか」と俺は聞いた。

「昨日の夜、夢を見た」朝倉はノートから目を上げた。「田村先生が、若い頃の夢」

「地下のものの記憶に、先生が?」

「先生じゃない。先生の、もっと若い頃の話。二十年以上前の——先生がまだ学生だった頃の記憶が、混じり込んでいた」

「どんな夢だったんだ」


朝倉はペンを置いた。

「先生が、この学校に来る前の話だと思う。別の場所で、誰かと一緒にいた。その人が——」朝倉は少し考えた。「怪異に関わっていた」

「先生の過去に、怪異があったのか」

「たぶん。でも先生から聞いたことがない話だった」朝倉は窓の外を見た。「聞いてみようかと思ってる」


放課後、田村先生を訪ねた。

先生は職員室で一人、採点をしていた。俺たちが来るなり、ペンを置いた。

「何かあったか」

「怪異じゃないんですが」と朝倉が言った。「先生のことで、少し気になることがあって」

先生は少し表情を変えた。


「私のこと?」

「先生が学生だった頃——怪異に関わったことがありますか」

静寂が落ちた。

先生は採点用紙を裏返した。ゆっくりとした動作だった。

「……なぜそれを聞く」

「地下のものの記憶に、先生の若い頃らしき記憶が混じっていました」朝倉は静かに言った。「この土地と関係のある記憶が」


先生はしばらく黙っていた。

窓の外で、風が吹いた。枯れ葉が舞った。

「話したことがなかった」先生はゆっくり言った。「誰にも」

「話せますか」

先生は立ち上がった。

「職員室じゃない方がいい。来い」


連れて行かれたのは、また旧校舎の和室だった。

三人で座った。

先生は最初、天井を見ていた。何かを整理しているみたいに。


それから、口を開いた。

「二十五年前の話だ」

先生が語り始めた。


田村誠が大学生だった頃。当時先生は教育学部に通っていた。将来は教師になるつもりで、真面目に勉強していた。

同じゼミに、木下 透という男がいた。

「木下さんという人が、怪異に関わっていたんですか」と朝倉が聞いた。


「そうだ」先生は目を伏せた。「木下は変わった男だった。普通の学生なのに、心霊スポットに興味があって、怪異を意図的に引き起こそうとしていた」

「なぜそんなことを」

「力が欲しかったんだと思う。怪異を利用して、自分の思い通りに物事を動かしたかった」先生は手を見た。「最初は馬鹿にしていた。でも——木下が本当に怪異を引き起こしたとき、笑えなくなった」

「どんな怪異を引き起こしたんですか」と俺は聞いた。

先生は少し間を置いた。


「人を、消した」

沈黙が落ちた。

「消した?」と朝倉が言った。

「ゼミの仲間が一人、いなくなった。木下と揉めた後に。痕跡もなく、記憶も薄れていって——最終的に誰もその人のことを覚えなくなった」

「記憶を消す怪異を、使ったんですか」

「そう思う。でも証明できなかった。私だけが、うっすらと覚えていた」先生は顔を上げた。「田村家の血のせいかもしれない。怪異に敏感だから、完全には消えなかった」

「その後、木下さんはどうなったんですか」と俺は聞いた。

「大学を卒業して、消息が分からなくなった。私は教師になって、この学校に来た。二十年間、木下のことは忘れようとしていた」先生は静かに言った。「でも——最近、思い出すことが増えた」

「なぜ今になって」と朝倉が聞いた。

「分からない。でも——」先生は窓の外を見た。「文化祭の準備が始まった頃から、夢を見るようになった。木下が出てくる夢を」

俺と朝倉は顔を見合わせた。


「先生」と朝倉が言った。「木下さんが使った怪異——人の記憶を消す力——それは、どこから来たものだと思いますか」

「分からない。でも木下は言っていた。自分で作ったわけじゃない、拾ったと」

「拾った?」

「どこかで見つけた、と言っていた。古いものを」先生は眉を寄せた。「詳しくは教えてくれなかった。でも——この辺りの出身だったから」

「木下さん、この土地の出身なんですか」と俺は聞いた。

「そうだ。この町の出身だと言っていた」


朝倉がノートを開いた。

「人間が引き起こした怪異。でもその元になったものは、この土地にあった何かだ」朝倉はペンを走らせた。「木下さんが今、この土地の近くにいるとしたら——」

「文化祭の時期に先生が夢を見始めた。何かのタイミングがある」俺は言った。「木下さんが、また動き始めたのかもしれない」

先生は静かに言った。


「私も——そう思い始めていた」

和室を出た。

廊下を歩きながら、朝倉が小声で言った。

「人の記憶を消す怪異。それをコントロールできる人間がいるとしたら——」

「厄介だな」と俺は言った。

「これまでとは違う。怪異そのものじゃなくて、怪異を使う人間が相手だから」

「怪異は封じられる。でも人間は——」

「簡単じゃない」朝倉は廊下の窓から外を見た。文化祭の看板が風に揺れていた。「でも、やることは同じだと思う。向き合うしかない」


俺は朝倉を見た。

「怖いか」

「怖い」朝倉は素直に言った。「相手が人間だから、余計に」

「一緒に向き合う」

「うん」朝倉は歩き出した。「分かってる」


翌朝、凛に話した。

凛は話を聞きながら、だんだん顔色が変わっていった。

「記憶を消す怪異——」凛は小声で言った。「私、何か知ってるかもしれない」

「何を知ってるんだ」と俺は聞いた。

「水無瀬家の古い記録に、それらしいものがあった。土地の記憶を操るもの。封じるんじゃなくて、使う方法が書いてあって——」凛は顔を上げた。「おかしいと思って、読まなかった。でも誰かが読んでいたとしたら」

「木下さんが、水無瀬家の記録を読んだ可能性がある」朝倉が静かに言った。

「木下さんって——」凛は少し考えた。「水無瀬家と関係がある人なんですか」

「調べてみないと分からない」俺は言った。「でも可能性はある」


凛は鞄を開けた。

「家に帰って、記録を探してみます。あの記録がまだ残っているかどうか」

「気をつけろよ」と俺は言った。「読まなくていい。あるかどうかだけ確認してくれ」

「分かりました」凛は頷いた。それから少し不安そうな顔をした。「先輩たち、記憶消されたりしないですよね」

「消されない」と朝倉が言った。「消される前に、こっちが動く」

凛は少し笑った。


「朝倉先輩、頼もしい」

「当たり前だ」

その夜、俺はベッドに横になりながら考えた。

これまでの怪異は、全部この土地に根ざしたものだった。帰れない者、封じられた御神体、地下の神。全部、人間じゃなかった。


でも今回は違う。

人間が怪異を使っている。意図を持って、誰かの記憶を消した人間が、この土地の近くにいるかもしれない。


スマホが鳴った。

朝倉からだった。

調べたら、木下透という名前が出てきた

どこから

田村先生の昔の大学の同窓会名簿。ネットに古いのが残ってた

住所は

この町の近く。隣の市に、今も住んでいる可能性がある

俺は起き上がった。


隣の市か

そう。それと——もう一つ


何だ

少し間があった。


木下透の職業、書いてあった

何をしてる人だ

教師

俺は固まった。

教師?

そう。


しかも——

また間があった。今度は長かった。

来週から、この学校に講師として来ることが決まってる

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