表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
朝倉詩音の怪異録  作者: ゆるっとおやじ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
17/24

雨の日の図書室

ちょうど甘酸っぱい一話読切の箸休め回です。

では桐島と朝倉の読み切り、書きます!

読み切り「雨の日の、図書室」

五月の雨だった。

朝から降り続けていて、昼になっても止まなかった。校庭に水溜まりができて、体育が中止になった。


手持ち無沙汰になったクラスメイトたちが教室で騒いでいる中、俺は図書室に向かった。

朝倉がいると思っていた。


いた!

いつもの窓際の席に、いつものノートを広げて、いつもの無表情で座っていた。

でも今日は少し違った。

窓の外の雨を、時々見ていた。ノートに何かを書いて、また雨を見て、また書く。


俺は向かいに座った。

「何書いてるんだ」

「日記」

「日記? 調査記録じゃなくて?」

「今日は怪異がないから」朝倉はペンを置いた。「普通の日記」

俺は少し驚いた。朝倉が日記を書くとは思っていなかった。


「見せてくれるのか」

「見せない」

「だろうな」

雨の音だけが続いた。

図書室には他に誰もいなかった。司書の先生も、今日は奥の部屋にいるらしく、姿が見えなかった。

朝倉がまた窓の外を見た。


「雨、好きか」と俺は聞いた。

「普通」朝倉は答えた。「でも五月の雨は少し好き」

「なんで」

「匂いが好き。土と草と、雨が混じった匂い」朝倉は窓ガラスを見た。「地下のものの記憶の中に、この匂いがあった。何百年も前から、この土地はこういう匂いがしていたんだと思うと——」

「安心する?」

「そう」朝倉は俺を見た。「よく分かったね」

「お前のことは、少し分かるようになった」


朝倉は視線を落とした。

「少し、か」

「まだ全部は分からない」

「全部分かる人間なんていないよ」朝倉はペンを手に取った。「私自身も、自分のことが全部分かるわけじゃないから」


しばらく、俺は本を読んだ。朝倉は日記を書いた。

雨が少し強くなった。窓ガラスを叩く音が大きくなった。

朝倉がペンを置いた。

「一つ、聞いていい?」

「何だ」

「桐島くんは——この先も、この学校にいるつもりでいる?」


俺は本から目を上げた。

「いるつもりだけど、なんで急に」

「来年、三年生が終わったら——みんな、それぞれの場所に行く」朝倉は窓の外を見た。「大学とか、就職とか。凛はまだ二年あるけど、私と桐島くんは来年の春には」

「卒業するな」

「そう」朝倉は雨を見たまま言った。「その後のことを、最近考える」

「卒業が怖いのか」

「怖いというより——」朝倉は少し考えた。「終わるのが、惜しい」


俺は朝倉を見た。

「何が惜しいんだ」

朝倉は答えなかった。

でも耳が、少し赤かった。

俺は本を閉じた。


「一つ聞いていいか」

「何?」朝倉はまだ窓を見ていた。

「お前は——怪異がなくなったら、俺と話さなくなるのか」


朝倉がゆっくりと俺を見た。

「なんでそう思うの」

「怪異を調べるから、一緒にいる。それが理由なら——怪異がなければ、一緒にいる理由もなくなる」

朝倉はしばらく俺を見ていた。

雨の音が続いた。


「桐島くんは」朝倉は静かに言った。「怪異がなければ、私と話さないの?」

「話す」

「なんで」

「お前と話したいから」

朝倉は目を伏せた。

ノートの表紙を、指でゆっくりなぞった。


「私も」朝倉は小さな声で言った。

「何?」

「私も——怪異がなくても、桐島くんと話したい」

図書室が、静かになった。

雨の音だけが聞こえた。

俺は少し考えてから、言った。


「卒業しても、会えばいい」

朝倉が顔を上げた。

「会う?」

「同じ大学じゃなくても、会いに行けばいい。怪異があってもなくても」

朝倉はしばらく俺を見ていた。

「……桐島くんって」朝倉は言った。「たまに、すごく真っ直ぐなことを言うね」

「そうか?」

「そう」朝倉はノートを閉じた。「嫌じゃない」

「よかった」


朝倉は窓の外を見た。

雨が、少し弱くなっていた。

「来年の春、怖くなくなった」朝倉は静かに言った。

「なんで」

「終わりじゃないと思えたから」

俺は何も言わなかった。

でも少し、笑った。


昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。

朝倉がノートを鞄にしまった。俺も本を棚に戻した。

図書室を出る前に、朝倉が立ち止まった。

「桐島くん」


「何だ」

「名前で呼んでいい?」

俺は少し驚いた。

「好きにしろ」

「好きにする」朝倉はドアを開けた。「湊」

廊下に出た。

俺はしばらく動けなかった。

朝倉が振り返った。

「来ないの?」

「今行く」


廊下に出た。

雨は上がっていた。

窓から差し込んだ光が、廊下を明るくしていた。

朝倉が前を歩いていた。

俺はその隣に並んだ。

朝倉は何も言わなかった。


でも少しだけ、俺の方に近づいた。

それだけだった。

それだけで、十分だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ