二つが一つになる
月曜日の放課後、三人は図書室に集まった。
テーブルの上に、二つの巻物を並べた。
朝倉家の巻物と、水無瀬家の巻物。
並べた瞬間、何かが変わった。空気が、静かに緊張した。図書室の蛍光灯が一瞬だけ揺れた。
「感じる?」と凛が言った。
「感じる」と朝倉が言った。
俺には何も見えなかった。でも皮膚がざわついた。
「開けよう」と朝倉が言った。
朝倉家の巻物を広げた。
細かい文字が並んでいた。古い仮名交じりの文章。朝倉がゆっくりと読んだ。
「土の下に眠るものは、名を持たない。名を持たないがゆえに、縛ることができない。ゆえに封じるには——」朝倉は続きを読んだ。
「声と、水と、血が必要だ」
「血?」と俺は聞いた。
「一族の血。朝倉家の血と、水無瀬家の血を合わせて、封印の核とする」朝倉は巻物から目を上げた。「それが朝倉家の役割。血を提供すること」
次に凛が水無瀬家の巻物を広げた。
こちらも古い文字が並んでいた。凛が読み上げた。
「水無瀬家の役割は、声だ。地下のものに届く言葉を唱える。この言葉は水無瀬家の者にしか発音できない。血が、声に力を与えるから」
「つまり」俺は言った。「朝倉が血を提供して、凛が言葉を唱える。それが儀式だ」
「そう」朝倉は巻物を読み続けた。「でも——」
朝倉の手が止まった。
「どうした」と俺は聞いた。
朝倉は答えなかった。
凛が朝倉の巻物を覗き込んだ。
「何が書いてあるんですか」
朝倉はゆっくりと読み上げた。
「朝倉家の者は、血を提供した後——三日間、意識を失う。目覚めたとき、地下のものの記憶の一部を持ち帰る。その記憶は、永遠に消えない」
沈黙が落ちた。
凛が小さな声で言った。
「地下のものの記憶を、持ち帰る——」
「どういう意味だ」と俺は朝倉に聞いた。
「そのままの意味だと思う」朝倉は静かに言った。「封印の代償として、朝倉家の者は地下のものと——一部、繋がる」
「消えない記憶を持つ、というのは」
「地下のものが見てきたものが、頭に入ってくる。何百年分の記憶が」朝倉は巻物を見た。「それが、祖母が言っていた重いことだ」
俺は朝倉を見た。
「お前がそれをやるのか」
「朝倉家の者が必要だ。私しかいない」
「三日間、意識を失うんだぞ」
「知ってる」朝倉は俺を見た。「怖いよ。でも——やらなければ、地下のものが目を覚ます。そうなったら、もっと大変なことになる」
俺は何も言えなかった。
凛が手を挙げた。
「一つ聞いていいですか」
「何?」と朝倉が言った。
「三日間、意識を失うって——どこで? 病院に運ばれたりしませんか」
朝倉は巻物を読んだ。
「儀式を行った場所に、そのまま横になる。近くにいる者が、水を与え続ける。それだけでいい、と書いてある」
「じゃあ誰かが、ずっとそばにいないといけないですね」凛は俺を見た。「桐島先輩が、いてあげればいいんじゃないですか」
朝倉が俺を見た。
俺は朝倉を見た。
「当たり前だ」と俺は言った。「どこにも行かない」
朝倉は少し目を伏せた。
「……ありがとう」
田村先生に話した。
先生は話を聞き終えてから、しばらく黙っていた。
「三日間、意識を失う」先生は繰り返した。「それは——学校側に何か説明しないといけない」
「どう説明するんですか」と凛が聞いた。
「体調不良で欠席、でいい。私が対応する」先生は三人を見た。「でも一つ条件がある」
「何ですか」
「儀式は週末にやれ。平日は困る」先生は立ち上がった。「それと——儀式の場所を決めておけ。私も立ち会う」
「先生も来てくれるんですか」と俺は言った。
「当たり前だ」先生は少し笑った。「第一シーズンから一緒にやってきた。最後まで一緒にやる」
場所は、すぐに決まった。
瀬戸神社の境内だ。
神社以前の怪異を封じるのに、神社跡を使うのは皮肉だ、と俺は思った。でも朝倉は言った。
「白哉さんたちが守ってきた場所だから。一番、力が集まる」
それは確かにそうだった。
儀式は土曜日の朝に決まった。
金曜日の放課後、三人は最後の確認をした。
巻物を並べて、手順を確かめた。
凛が唱える言葉を、何度も練習した。古い言葉で、発音が難しかった。凛は何度も繰り返して、少しずつ形にしていった。
「すごいな」と俺は言った。「初めて見る文字なのに」
「体が覚えてる感じがします」凛は不思議そうに言った。「水無瀬家の血が、引き出してくれてるのかもしれない」
朝倉は自分の手のひらを見ていた。
「どこで血を出すんだ」と俺は聞いた。
「指先でいい。少量で足りると書いてある」朝倉は手を閉じた。「怖いのは血じゃない」
「記憶か」
「地下のものが、何百年かけて見てきたものが——頭に入ってくる。それがどんなものか、分からない」朝倉は静かに言った。「耐えられるものかどうか」
俺は朝倉の隣に座った。
「目覚めたとき、俺がいる」
「三日間も、ここにいるの?」
「いる」
「学校は」
「先生が何とかすると言ってた」
朝倉は少し笑った。
「桐島くんって、頑固だね」
「お前に言われたくない」
凛が二人を見て、小さく笑った。
「仲いいなあ」
「そんなことない」と朝倉が言った。
「そうですか」凛は笑い続けた。「私には、全然そう見えないですけど」
金曜日の夜、朝倉からメッセージが来た。
明日のこと、少し怖い
俺はすぐに返した。
そうだろうな
地下のものの記憶が入ってきたら、私は変わってしまうかもしれない
変わらない
なんで言い切れるの
俺は少し考えた。
お前はお前だから。記憶が増えても、朝倉詩音はお前だ
しばらく間があった。
桐島くんは、なんでそんなに確信が持てるの
一年間、お前を見てきたから
また間があった。今度は少し長かった。
……ありがとう
明日、頑張れ
うん
それから少しして、もう一行来た。
目覚めたとき、最初に桐島くんの顔が見たい
俺はスマホを持ったまま、しばらく動けなかった。
分かった。絶対にそこにいる
送信した。
窓の外に、春の夜が広がっていた。
明日、全部が動く。




