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決意

太郎が来て300年目の事です。


龍宮城の西の庭園、桃の木の下で太郎が私に言いました。

「私が都に行くと言うと、乙姫様は悲しんでくださるだろうか」


私は太郎の顔をじっと見ました。

その顔は疲れているように見受けられました。


目の辺りがすこし落ちくぼみ、ぼこぼとし、力がないというか。

そういう様子を感じさせました。


私は少し考え、こう尋ねました。

「なぜ都に行きたいのですか?」


太郎は少し紅くなり黙り込みました。


私は黙ってその顔を見つめておりました。

顎に手をあてたり、頭をかいたりと、忙しない太郎。


その姿は墨を吐き出す前の烏賊のようでございました。


さっさと吐き出したらいいものを……。


「聞かぬこともできますが、吐き出さない言葉は、時として毒にもなりますよ」

私はそう言うと


「……わかった。

実は私は乙姫様を慕っておる」

太郎は早口で言いました。


「……」


太郎は何を言っているのか……。

私にはわかりませんでした。


「……」


「……なにか言わぬか」


太郎は苛立って言いました。


「……いえ。

なにをいまさら」

そう私が言うと、


「なにをいまさらとは?」

太郎はぼんやりとした顔をしておりました。


こういうのを朴念仁というのか……


「いや……。

そんなのは誰が見てもわかりますとも」

というと


「なに?なぜわかった」

と驚いて太郎が申しますので、


「太郎さんは、乙姫様と話す時だけ、だらしのない顔をされる」

そう言いました。


太郎は頭を抱えます。

「そうか……しかし乙姫様にはばれていまいな」

と聞きますので、


「いや……薄々は感じておられるのでは」

と答えておきました。


すると、顔がまた紅くなり、今度はあっちへ行ったり、こっちへ来たり、忙しなく動きだしました。


私呆れてしまい、

「それでなぜ太郎さんは都へ行きたいのですか?」

そう尋ねました。


「いや……。

ここにおったのでは、私は金が稼げぬ。

金を稼げねば、乙姫様への贈り物も買えないではないか」


そう言いました。


呆れて言葉もしばらく出ませんでしたが、

「乙姫様はあなたの贈り物をずいぶん喜ばれておられましたぞ」


そう言いましたら、

「乙姫様はお優しい……。

だからつまらぬ物でも喜んでくれるのだ」


太郎はそう言いました。

それは自信たっぷりに……。


あぁこの男は自信がないゆえに、乙姫様の喜びも、真ではなく、お気遣いだと思ったのだな。


私の見立てに狂いはなかった。

やはり太郎は阿呆じゃ。

そう思ったのです。


私は急に太郎が憎らしゅうなって、足を噛みました。

こんな阿呆のせいで乙姫様は苦しい想いをと思うと、腹がたって仕方がなかったのです。


「痛い、痛い」

と言いましたが、離してやりませんでした。


ただこんな阿呆でも、乙姫様の想い人……。


それを思いだし、私は噛むのをやめました。



私は悩みました。


どうしようかと……。


ただこのままですと、乙姫様が不憫でなりません。

思い切って、乙姫様にお伝えすることを決意したのです。

もしそれで乙姫様を傷つけるなら、私はどんな罰も受けましょう。

そう思い、乙姫様の元に行きました。


乙姫様は、ちょうど南の庭園で鳥たちと戯れておられました。


「乙姫様……。

お伝えしたいことがございます」


「なんじゃ、

言ってみろ」


額に汗が溢れてきます。

やはり怖いのです。

私は意を決して、申しました。

「これから私は乙姫様を傷つけることを申すかもしれません。

もし傷つかれたなら、どうぞ私の首をおはねください」


「なんじゃ、

物騒だな。

まぁよい言ってみろ」

乙姫様は怪訝そうな顔をしてこちらを見られた。


「太郎が『実は私は乙姫様を慕っておる』と申したのです」


「……それは誠か」


「はい。誠にございます」


「そうか……」

微妙に乙姫様の顔が紅らんだ。


「それで……どうしたのだ?続きはないのか」


乙姫様は私の肩を掴む。


「それで……

都に出たい理由が『ここにおったのでは、金が稼げぬ。金を稼げねば、乙姫様への贈り物も買えない』

という事だったのです」


そういうと、乙姫様の顔がぱぁっと明るくなられました。


「太郎は真に阿呆じゃのぅ」

そう言われました。


「本当に阿呆でございます」


「しかし……、

ワシも好いておるから、両想いではないか……」

そう乙姫様は言われました。


着物の袖口をきゅーっと握って、そわそわされておられました。

あちこち見ては、太郎がおらぬか探されていたのだと思います。


「やはり好いておられたのですね」

私がそういうと、照れくさそうに乙姫様は笑われました。


そのお姿は何百年も女王として龍宮城を守ってきた者とは、とうてい思えませんでした。

ただ17、18の少女のようでした。


私は考えた。

太郎と乙姫様は両想い。

これは間違いがない。

しかし……

ここからが悩みどころでございます。


まず太郎と乙姫様が夫婦になるには

・龍宮城を出ないといけない。

・乙姫様は人になる。

・龍宮城の記憶は消される。


という条件が課せられます。


これを乙姫様が納得できるのか、

太郎が納得できるのか……。

そういう問題があるのです。


つまり乙姫様と太郎の結婚ではなく、

人間になり、身分も、記憶もなくなった元乙姫様と、龍宮城の記憶がなくなった太郎との結婚ということになります。


これを伝えた時、それでも太郎が夫婦になりたいと望むのか。

それとも乙姫様という地位も含めて好きだったのか……

そういう問題があったのです。


とても残酷な決断を強いられるのです。


これに関して、まず乙姫様はどうなのだろうか?

私は思い切って聞いてみました。


「乙姫様は龍宮城を出ても……

太郎と夫婦になりたいのですか」


「……そうじゃのぅ。

おかしなことかもしれないが、ワシは龍宮城を出て、普通の人になっても良いと思うのじゃ」


「そうですか……」


「昔はな。

歴代の乙姫は愚かな事をした。

人間なんぞに恋をして……、

そう思っておった。

今はな……、

気持ちがよくわかるのじゃ」


「そうですか」


涼やかな風がふぅーっと吹いて、鳥たちが一斉に飛び立ちました。


乙姫様は、その様子を見て、


「ワシも飛び立たねばならぬのかもな」

そう言われました。

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